第161話主役にはなれない
──◆◇◆◇──
宮野から電話をもらって訓練することになった二日後。
学校の授業が終わり放課となったので、俺は宮野達との待ち合わせ場所である食堂に向かったのだが、そこには浅田1人しかいなかった。
「んあ? なんだ、お前1人か」
「え? ……ああ、うん。晴華と柚子は六限目は別授業だったから。ちょっと遅れるみたい」
この学校は普通の授業もしているが、冒険者を育てているので同じクラスであっても前衛と後衛で授業が分かれることがある。
それでも基本的にはこいつらはクラスで合流してからこっちにきていたのだが、どうやら今日は安倍達の方は授業時間が超過でもしたのか、浅田達だけ先にきたようだ。
〝達〟って言っても、今ここにいるのは浅田だけだが。宮野はどうしたんだろう?
「宮野は?」
「瑞樹はちょっと図書室に行ってくるって」
図書室ね……なんとも真面目ちゃんだこと。
まあこれまでも割と図書室に行ってたっぽいし、そうおかしなことでもないな。
しかしまあ、だからこいつは1人でここにいるのか。
「ほーん。お前は行かないのか」
あたしには似合わないとでも言うの? みたいな感じで返ってくると思って話のとっかかりとして言ってみたんだが……
「……うん」
「あ?」
目の前に座った俺に対して顔を向けることすらしない浅田は、軽く俯き力無い頷きをするだけだった。
その様子は明らかに普段とは違い、何かに悩んでいるような迷っているような、そんな様子だった。
「……ねえ、あたしって、どうやったらもっと強くなれるかな?」
話を聞くべきか聞かざるべきか……いや、やっぱり聞いた方がいいよな。
そう思ったところで、浅田は俺を見ないまま話し始めた。
「あんたはさ、前に言ったじゃん。あたしが主役になれるって。でもさ、違った。やっぱりあたしは主役にはなれないんだって、分かっちゃったの」
主役? んー……ああ、確かに言ったような気がするな。結構前の話……だいたい一年位前か?
まあそれくらいの時に、俺はこいつらに戦いを教えるときに、乱戦では味方を巻き込むような魔法は使えないから最大火力はお前で、一番目立つのもお前だ、みたいなことを言った気がする。
俺がそう言ったことでそれからこいつは張り切って頑張ってきたんだが……
「随分と卑屈なんだな。らしくもない」
本当に〝らしく〟ないな。何があった?
「だって、仕方ないでしょ? そんなの、この間の戦いを見れば誰だってわかるじゃん」
この間のってのは、ランキング戦だよな?
確かにあの時の戦いはすごかったな。辺りが地面ごと吹っ飛ぶくらいだし。
「天智さんはすごかった。それに対抗する瑞樹もすごかった。で? あたしは何? 見てるだけじゃん」
見てるだけとは言ったが、あの時は俺が宮野とお嬢様を戦わせてやりたくて、割と強引にこいつを戦わせなかっただけだ。
「そりゃあ俺が見てろって言ったから——」
「違う。あんたが言わなくても、あたしは何もできなかった。だって……あたし自身が何もできないって思っちゃったんだから」
そう聞いた俺の指は、俺の意思に反してぴくりと動いてしまった。
……こいつがそんなふうに思っているなんて聞いていなかったし、気づきもしなかった。
まだあの戦いが終わってから一週間もたっていないからある意味では仕方がないと言えるかもしれないが、そんな言葉にはなんの意味もない。
「それに聞くけどさ、あんた、瑞樹となんか話したんでしょ?」
なんか、ってのは例の訓練のことだろうな。あの電話を受けた俺は翌日——つまりは昨日だが、普段の訓練とは別に、宮野に魔法の新しい使い方ってのを教えていたし。
「でさ、聞くけど……瑞樹、誰を『敵』として見てた? あたしのこと、見てくれてた? ……違うんでしょ?」
そう言われて思い出すのは宮野との会話。
宮野は強くなりたいと願ったが、それは成長する仲間に——浅田に負けたくないと願ったからではない。
ただ単に、自分と同等以上に戦った相手であるお嬢様に負けたからだ。
そのうちあいつの考えにある問題に気づかせないと拗れると思ってたが、もう表面化してんのかよ。
歯噛みしたい気持ちになったが、そんなことをすればすぐに気づかれるだろうと考え、注意しながらなんと答えたものか必死に頭を巡らせる。
「……やっぱり、だよね。うん。分かってた」
だが、どう答えていいか分からず何も言えないでいると、俺が黙ったことで宮野は浅田のことを競う相手として意識していなかったことがバレてしまった。
競うはずの相手が、ライバルと思っていたはずの相手が自分のことを見ていなかったと理解した浅田は、悔しげな顔をすると俯いて拳を握りしめ、持っていた空き缶を握りつぶした。
「……お前、このあと時間あるか?」
これは、放っておけないよな。
こんな状態になったのはある意味で俺のミスだ。
教導官として仕事を受けたのなら、教え導く者としてしっかりとこいつらのことを見てやらないといけなかった。
だってのにこいつらのケアを怠ってこんなめんどくさい状態になってる。
ならなんとかしないとだろ。
「……なによ急に? 訓練があるでしょ」
「それ以外だよ」
「ないけど……なに?」
俺の問いかけに疑問を持ちながらも浅田は素直に答えてくれた。
訝しげに尋ねてくる浅田の言葉を無視して、俺はケータイを取り出すと宮野達三人に今日の訓練の中止を伝えた。
「ねえ、何してんの? なんなの?」
「今日の訓練の中止を伝えた」
「え? なんでそんなこと……」
「んな状態で訓練なんてしても意味ねえだろうが。怪我するのがオチだ」
こんな迷いだらけの状態で訓練なんてしてもなんの成果もないどころか、自分だけじゃなくて周りにも悪影響を出す結果になる。
それに訓練の成果云々の話以外にも、今のこいつの感情を宮野に見せたら、よけいに2人の仲が拗れるだろう。
拗れるって言っても宮野も浅田も怒ったりするわけじゃないと思うが、お互いがお互いを嫌な意味で意識して『溝』を作ると思う。
そしてその溝は、チーム全体に広がる。
だったら、突然でも不自然でも、今日の訓練は中止したほうがいい。
今まで十分に鍛えてきたんだ。多少訓練の時間が減ったとしても構わない。そんなことよりもまずは、こいつが宮野に『守る対象』として見られている今の状態を受け入れ、それに立ち向かわせるのが先だ。
「でも、あたしはもっと強くならないと……」
少しでも宮野にライバルとして、仲間として認識してもらうために訓練をしたいんだろうが、焦りすぎだ。
だが、俺は自分の考え違いに気づいた。
こいつは心が強いと思っていたが、それでもこいつらはまだ子供だったんだ。
もっと丁寧に接してやるべきだった。
「はあ。おい、バカ娘。ちょっと付き合え」
「バカ娘ってなによ。ってか付き合え? 今まで突き放してきたのに、急にどこに行こうっての? 女子高生と二人っきりになりたいの?」
言葉だけはいつも通りだが、語気にいつもの調子がでてないぞ。
「そうだよ。今はお前と二人っきりになりたいから、ついてこい」
「え……あ、うん?」
まさかはっきりと肯定されるとは思っていなかったのか、浅田はキョトンとした表情になると呆然と頷いた。
了承が得られたので、俺は椅子を立ち上がったのだが、浅田は何故か俺を見ているだけで立とうとしない。
なので、仕方なしに座ったままの浅田の手を取ると、そのまま引っ張って無理矢理立たせ、目的の場所へと向かって歩き出した。
「二人っきりって……ここ訓練場じゃん。まーそんなことだろうなって思ってたけどさー」
やってきたのは魔法使いが個人で練習するための訓練室で、広さとしては長方形で三十畳と、個人で使うにしては結構な広さがある場所だ。
設備自体も、魔法による影響をかなりの割合で軽減させるという対魔法素材で作られているので、かなり金がかかってる。
とはいえ、流石にデートで来るような場所ではないが。
付き合えと言われてこんな場所に連れてこられた浅田は不満を口にしているが、そこにもいつもの調子はなく、なんだかそのせいで俺は顔を顰めてしまった。
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