第158話次の約束
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そんなこんなで俺たちの今年のランキング戦は終わり、次こそは勝つんだと早速訓練に取り掛かっていたある日、いつものように訓練場で宮野達といると訓練場のドアが開いて誰かが入ってきた。
入ってきたそいつに顔を向けると……まじか。来てほしくないやつがそこにはいた。
「やあやあ、お疲れさまー」
「なにしにきた」
「うわー、ひどいなぁー。なにしにって、お疲れの挨拶だよ。頑張ってたみたいだし、ちょっとお話にきただけだよ」
話ねぇ……。まあ宮野達の訓練に付き合ってもらったんだし、普通に話すくらいなら良いやつだってのは事実だ。少しくらい話をしてやっても良いだろう。
「——あ、そうだ。戦いの前に教えると集中できないから伝えなかったんだけど、伝言があるんだ。……聞きたい?」
そう思って話をしていたのだが、ジークは唐突に何かを思い出したかのようにそんなふうに聞いてきた。
「聞きたくない。そのまま帰れ」
が、んなもんはノーセンキューだ。もう最低限の会話はしたわけだし、なにも言わず、黙ってそのまま帰れ。
「そう? じゃあ教えてあげるけど……」
「聞きたくねえって言ってんだろうが!」
しかし俺の言葉は虚しくスルーされ、ジークは話を続けていく。
「君たちはそのうちにこっちに来るだろうけど、君と話したいって人が首を長―くして待ってるよ」
「……話したいやつ?」
「そそ。心当たりあるでしょ?」
「……誰だ?」
「忘れちゃったの? 君が向こうでやらかしたあれこれ」
向こうでやらかしたあれこれ……?
向こうってのは、こいつの故郷であるイギリスだろ?
確かに前に行ったことがあるが、正直なところ、俺は向こうに行った時に何かをしたって記憶は特にない。
いやまあ、一応突発的なゲートの処理に参加して多少は貢献したかもしれないが、わざわざ話したいってほどのことをしたってわけでもないと思う。
強いて言うのなら、最後に呼び止められた時にちょっとばかし強引に逃げたくらいか。
なんか全身鎧を着たヤバそうな奴らに呼び止められて怖かった記憶がある。
——あ。……待って。もしかして、あいつらか?
「伊上さん、何かしたんですか?」
「なに? なにやらかしたのよ?」
「犯罪、ではないよね?」
「……未成年淫行?」
犯罪、はしていない、はず。と言うか安倍。お前は俺をどう言う目で見てるんだ? お前のは冗談か本気かわからないんだよ。もし本気で言ってんなら、一度よく話し合った方がいいのか?
「誰だかわかんねえが………………すっごく行きたくねえ」
「でもそのうち行くでしょ?」
「は? なんでだ? 行く用事なんてないぞ?」
「あれ? でもこっちに来るって聞いてたんだけど? 本当に違うの?」
ジークは首を傾げているが、首を傾げたいのはこっちだ。
「俺たちがそっちに行く理由は?」
「修学旅行って聞いてるよ」
「は?」
「「「「あっ」」」」
修学旅行なんてもんがあるなんて聞いてないぞ、と言おうと思ったのだが、その前に宮野達学生組四人は揃って声を上げた。
「そういえばあったわね」
「だね。こっちにかかりっきりですっかり忘れてたけど」
「じゃあ、修学旅行の行き先が、イギリスってことなのかな?」
「多分そう?」
どうやらその様子からして修学旅行があるってのは本当みたいだ。
だがそうなると一つ疑問がある。
「一応修学旅行があるってのは理解したが……なんでお前らそんな曖昧なんだ? 普通、もっと前から話題になるもんだろ? 俺何にも聞いてないんだけど?」
「一応夏休み前には行き先とかは告げられていたんですけど、ランキング戦の前にそう言う話をすると浮かれてしまうので、終わった後に確認しようってことになったんです」
なるほど。だからその話が一切話題に上がらなかったのか。
だが、それでも学校から俺にも教えられても良い話じゃないか? これでも学校側の人間なわけだし。
「でも教導官の方にも連絡してると思いますよ?」
「あんたが聞き逃しただけじゃないの?」
……その可能性は否定できないな。
朝は一日の予定を確認したら、あとは適当にその日の訓練の準備だとかしてたし、話を聞き流してた日にちょうどそんな説明があった可能性は否めない。
「あと、今回はいつもより大人しい」
いつも通りといえばいつも通りなんだが、今回ばかりはそんな言葉だけじゃ意味が通じないぞ。
「大人しいってのは、なにがだ?」
「あ、えっと、去年は、その、色々あったじゃないですか。だから今年は、あまり目立たないようにって話が出たみたいで……」
「あー……なんとなく理解した」
去年襲撃があって何人もの生徒が死んだってのに浮かれた騒ぎをしてりゃあ、それを騒ぎ立てる奴が出てくるかもしれない。
死んだ生徒がどうしたとか、安全管理がどうしたとか、そういうことを言う奴ってのはどこにでも一定数いるもんだからな。
だから今年は大々的にやるのは自粛しようみたいな話なんだろう。
それを言ったらランキング戦も割と大々的にやってるが、そっちは実戦に近い訓練を積んでもう一度襲撃が起こっても生き残れるように、みたいな感じで言い訳ができなくもない。
まあその辺の詳しい事情はわからないが、とにかく大事なことは一つだ。
修学旅行があるにもかかわらず、俺はそれを聞き逃してたってこと。
「まあいいや。違ったら違ったでそれはそれとして、多分どうにかしてこっちに来ることになってたはずだし、その時はよろしくー」
ジークはそれだけ言い残すと訓練室から出ていった。
「……なあ宮野。相談があるんだが、ちょっといいか?」
なんであいつが俺も知らなかった修学旅行先を知ってんだってことは置いておくとして、あいつのあの様子からして、俺たちがイギリスに行くのは確実なんだろう。
だが、なぜだかすっごい嫌な予感がして俺は宮野へと声をかけたのだが……
「いやです」
何かを言うことすらできずに断られた。
「なんでだよ! 話くらい——」
「どうせまた、辞めさせてくれとかいうんですよね?」
……まあそうだが。
だが分かってるなら話が早い。
「じゃあ——」
「ダメよ」
「行く時は……って、なあ。せめて聞くだけ最後まで聞いてくんね?」
「聞く前からわかってんだもん。解雇してくれればチームメンバーじゃないからロンドンまで一緒に行く必要がない、とか考えてんでしょ?」
今度は宮野ではなく浅田に断られたが、俺の言おうとしていた内容としては完全に一致している。
ああそうだ。まさしくその通りだよ。
俺を教導官から解雇してくれれば、俺はこいつらが何某かの理由で外国に……というかイギリスに行く時もついていかなくて済む。
正直、今更教えるのを辞めるってのは無理だろうってのは分かってる。
だからそう、解雇って言っても一時的なもので構わない。
こいつらが向こうへ行く修学旅行の時だけ、その時だけ俺を解雇してくれればそれで構わないんだ。
だがまあ、修学旅行なんて長くても一週間くらいなもんだろ? 常識的に考えてそんな短期間だけ解雇するってのが難しいってのは俺もわかる。なら休みでいいじゃん、と思うことだろう。
だからもうそれでいい。解雇してもらうのは諦めるから、一週間ばっかし休みをくれないだろうか?
そうすれば俺はもう一度あの国に行かなくて済む。
そう願ったのだが……
「向こうが求めてるのに一緒にいなかったら、困る」
「そ、そうだね。多分だけど、なんだか怒られそう……」
「ぐっ……い、いや、流石にそれくらいで怒られたりなんてしないから。せいぜい会った時に睨まれるだけで終わるって……多分」
一応これだろうなってのは思い付いているが、それでも俺自身がなにをしたのかはっきりしていないんだから、こいつらにはっきりと大丈夫だ、とは言えない。
「相手の不興を買ってることには変わりないですよね?」
「それは……まあ、そうとも言えなくもないかもな」
「じゃあ却下で」
「ほら、もう諦めなさいって。どーせ一緒に行くことになるんだから、さっさと覚悟決めたほうが楽でしょ」
「いやいや、マジで行きたくねえんだって! お前ら、俺が向こうで何したか知らないからそんなこと言ってられるんだよ!」
「……そこまで言われると、ものすごく気になるんですけど」
「あんた、ほんとに何したってのよ」
宮野達四人はなんだか困ったような興味深そうな顔でこっちを見ているが……絶対に話さん。
だって……なあ?
俺が何か言われるとして、その理由を思いついたのは一つだけだが、その一つが割と問題なんだよ。
「そ、それは……いや。それを教えてやるから解——」
「はい、みんなかいさーん。今日は色々あったけどお疲れ様でした。これからも頑張りましょう。解散!」
「はーい!」
「うん」
「了解」
教える代わりに解雇にしてくれ、と頼もうとしたのだがその前に宮野達は俺に背を向けてしまった。
「聞けよ!」
「それじゃあ伊上さん。これからもよろしくお願いしますね」
いつも通りの笑顔で、いつも通りそう言った。
ま、待ってくれ! まじで行きたくねえんだよ!
教えるのは続けてやるからさあっ! 一時的。一時的でいいんだ!
だから頼む! 解雇は諦めるから休暇をくれっ!
To be continued……
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