第147話飛鳥:今度こそ

 ——天智飛鳥——


 飛鳥は仲間達と共にゲートを潜り、自分たちの宝を置く地点へと向かっていた。


 そして所定の位置へたどり着くと、飛鳥は自身の手の中にある『宝』へと視線を落とし、その手にグッと力を入れた。


「今度こそ……っ!」


 訓練はした。チームの連携も鍛えた。相手が何をしても良いように対策もしてきた。

 飛鳥に、いや飛鳥達には、油断などと言うものは微塵もなかった。


 実際この場所に来る前に、余分なものをつけられていた場合を考えて一度風を体にも纏って余分なものを払っていた。これは以前の彼女にはなかった行動で、成長の証だ。


 だが……


「お嬢様。あまり気を張りすぎない方が良いですよ」


 飛鳥の様子が些か力が入りすぎているように思え、飛鳥たちの教導官であり、飛鳥の実家から彼女を守るように言われている元特級冒険者の工藤俊がそのことを指摘した。


「そんなこと、わかっていますっ!」


 しかし、飛鳥はそんな俊の言葉を聞いても落ち着くどころか、俊へと振り返りながら大声を出した。


 自分が叫んだことにハッと気がつくと、飛鳥は顔をしかめてバツが悪そうに視線を逸らした。


「……いえ、ごめんなさい。少々気が立っているようですわ」

「いえ、因縁の相手と言って差し支えないのですから、無理もないかと」


 俊とて飛鳥の事情はわかっている。何せ、飛鳥がこんな状態になっている一因は自分にもあるのだから。


 前回の勝負の時に、俊は飛鳥の成長のためだと思って助言をせずにいた。

 そのだけが負けた要因ではないが、それでも負けた要因の一つであることには変わりない。


 加えて、助言をしなくとも、自分が動けば最終的には勝てると思っていた。

 にも関わらず、俊は相手の教導官である浩介に負けてしまった。


 あの時の戦いは、確かに飛鳥の成長にはつながっただろうし、飛鳥だけではなくその仲間の成長にもなっただろう。

 今までは自身の周りにはいなかった特級——宮野瑞樹という対等な存在ができたことも喜ばしい。


 だが、代わりに飛鳥は時折思い詰めるようになってしまった。


 負けたから、ではない。

 負けそのものは受け入れていた。悔しくはある。だが、次に勝てば良いじゃないか、と。


 だから飛鳥が思い詰めているのはそこではなく、ライバルが足掻いている状況で、自分が立ち上がれなかったこと。


 瑞樹は活躍しているのに、自分はなんで足踏みしているんだ、と。


 ライバルができたからこその弊害だ。


 それがわかっているからこそ、表には出さないものの、俊の心の中は苦々しい気持ちで溢れていた。


 あの時勝てていたのなら、もしかしたら何かが変わっていたかもしれない。飛鳥をこんなに追い詰めることはなかったかもしれない、と。


 あの時の試合で勝っていたからといって、何かが変わるとははっきりと言えない。

 だがそれでも、こんな思いをさせてしまっているのはあの時負けたからだ、という思いがあった。


 故に俊は、相手のことを知っていたのに、舐めて良いような相手ではないことはわかっていたのに、それでも浩介のことを侮り、結果として負けさせてしまった自分を悔いていた。


 しかしそんな自身の心のうちなど全く見せることなく、俊は飛鳥へと話かける。


「ですが、今回のためにお嬢様は努力されました。考え、鍛え、備えてきた。今度こそ、完璧に勝つことができますよ」

「——ふっ、当然ですわ。今更そんなことを言われずとも、わたくしは最初から勝てると思って——いえ、勝てると分かっているわ」


 勝てると思っている、という言葉から言い直したのは、無意識のうちに負けてしまうと思っていたからだろう。だからこそ、自分を叱咤するためにあえて勝利を疑っていないかのような言葉へと変えたのだ。


 俊にはそんな飛鳥の様子をわかっていたが、それでも何も言わない。

 勝てると言いつつも、本当に勝てるかどうかを疑っているのは、俊も同じだったから。


「俊。今回は途中で退場するような無様は認めませんわよ?」

「ええ。今回こそは」


 飛鳥は、俊に対して前回浩介に負けたことを揶揄しているがそれは言葉通りの意味ではなく、『退場しないでほしい』という無意識の現れだった。


「あなた達も……」


 俊が頷いたのを見た飛鳥は少しだけほっとしたように体から力を抜くと、後ろについてきていた自身のチームメンバーたちを見回して、だが言葉をかけようとしたところで口を閉じてしまった。


 以前の飛鳥は、自分のチームメンバーたちを本当の意味で『仲間』だとは思っていなかった。

 だからこそ、瑞樹を引き抜く、なんてことを言っていたのだ。


 冒険者のチームというのは、通常四人から六人での編成だ。だが、飛鳥の班はすでに六人全員が揃っている。

 もし仮に、前の勝負の時に瑞樹を引き抜いたのだとしたら、それは瑞樹が入る枠を開けるために自分のチームから誰かを追い出さなければならないということに他ならない。


 あの時の飛鳥は、チームから外されるのは力がないのだから仕方がない、と考えていたが、それは本来冒険者が持ってはいけない考えだ。


 いつ辞めさせられるのかわからないなんてチームでは、本当に危険な状況になった時に助け合うことなんてできるはずがないのだから。


 しかし、今の飛鳥は一年前のあの時とは違う。

 瑞樹たちのチームを見て、自分の考えは間違っていたのかもしれないと認識を改め、以後は『優秀な冒険者の集まり』ではなく、『チーム』として活動してきた。


 今の飛鳥のチームメンバーたちは、飛鳥にとって立派な仲間だった。


 だがそうなると、同時に怖くもある。

 自分は以前と変わったとはいえ、以前の自分はチームの長に相応しくなかったのは事実だ。

 それでもなお、自分についてきてくれた仲間達。ここで負けてしまえば、そんな仲間達の努力や期待を無駄にしてしまうことになるのだから。


 だから、はっきりと向き合うことが怖くて、言葉にするのが怖くて、口を閉じてしまった。


 だがそれでも、飛鳥は逃げなかった。

 一度閉じた口をもう一度開き、はっきりと仲間達を見据えて言った。


「前回、わたくしは情けない姿を見せましたが、今回はそのような姿を見せません。ですから、あなた達も共に勝利を掴みましょう」

「「「「はい!」」」」


 飛鳥の言葉に答えたメンバーたちの顔に憂いはなく、ただひたすら真っ直ぐな思いを込めて返事をした。


 飛鳥は仲間についてあれこれと心配していたようだが、そんなものは意味がなかった。悩むだけ無駄というものだ。

 何せ、ここに集まっているメンバーたちは皆、飛鳥がそういう人だとわかって、だがそれでもついていこうと願ったのだから。


 単に、彼女の放つ輝きに魅せられたから。


 融通の効かないところがあるのはわかっていた。

 真っ直ぐすぎて気難しいところがあるのもわかっていた。

 力がなければすぐに放り出されるだろうということもわかっていた。


 だがそれでも、彼らは飛鳥の元にいることを選んだ。


 融通が効かないのなら自分たちが補えばいい。

 真っ直ぐすぎるのが問題なら、自分たちが飛鳥の進む道以外を拓けばいい。

 力がなければ放り出されるのなら、居続けることができるだけの力をつければいい。


 だって、天智飛鳥という少女は、自分たちにとってはとても眩しい英雄のような人だから。


 だから彼ら彼女らはここにいる。


「では、最後に確認をいたします。まずは予め話した通り、敵の拠点を探ります。見つけるまでの間はこの場所の守りは薄くなりますが……」

「必ず宝は守ってみせます!」


 戦士の生徒と俊が残り、探査に必要な魔法使いの二人は飛鳥と一緒に行動。そしてその護衛のために戦士を一人。


「ええ、任せますわ」


 自分たちの英雄に『任せる』と言われた戦士の少年は覚悟を宿した瞳で宣言し、飛鳥はそれに対して小さく微笑んで頷いた。


「わたくし達はできる限り迅速に敵の拠点を探し当て、見つけた時点で一度この場所へ戻ってくる。そして状況に応じて防衛と襲撃に分かれて行動いたします」


 このゲームはお互いの位置がわからないで開始するので、まずは相手のチームの陣地を探すことからしないといけない。

 なので最初は敵を探すことに重きをおいた編成をし、場所が判明次第一旦この場所へと戻り、改めて襲撃する、という手筈になっていた。


「ですが、その際に探索班、もしくは防衛班のどちらかが襲撃を受けるかもしれません。探索班が襲撃を受けたのなら都度わたくしが指示を出しますが、基本的には迎撃と探索の続行を。防衛班が襲撃を受けた際には、合流致しますのですぐさま合図をしてください。相手の拠点を見つけるまでは、こちらの脱落は防がなくてはなりませんので」


 飛鳥たちのチームは六人で、瑞樹たちのチームは五人でのスタートだが、時間切れで終了の場合、同数であったのなら開始時点での人数が多い方が負けとなる。


 なので、一人やられてしまえば、その時点で負けにグッと近づいてしまうことになるのだ。


「始まりましたわね」


 飛鳥たちが作戦の確認をしていると開始を告げるサイレンが鳴り響き、ついに勝負が始まった。


「それでは、これより敵、宮野さんのチームを倒すべく行動を開始いたしますが……」


 勝負が始まったからと言って慌てて探索に出ることはなく、飛鳥は改めて仲間達を見回した。


「今度こそ、勝ちましょう」

「「「「「はい!」」」」」


 そして飛鳥たち探索班はその場から離れ、どこにいるか分からない瑞樹たちのチームを探し始めた。

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