第145話多少強かったところで所詮は当て馬なわけで……

 ──◆◇◆◇──


「始まったな」


 ゲートを区切り抜けて所定の位置についた俺たちは準備を整えて待っていたのだが、ついに試合開始の合図が鳴った。


「それじゃ、行こっか!」


 浅田の陽気な声に釣られて全員が頷き、俺は北原へと振り返った。


「今回は北原を一人にするが、何かあったらすぐに知らせろよ?」

「は、はい。大丈夫です」


 北原はいつものように少し自信なさげに頷くと、俺たち他の四人に強化魔法をかけていく。


 一応俺も自前で使えるが、専門じゃないし、仮に専門だったとしても三級の魔法じゃ一級の北原の強化率には勝てない。


 今回は敵は拠点防衛型と言うことなので、宝を守る必要はないため、宝を守るための人員を割かなくて済む。

 なので、今回は北原だけがこの場所に残ることになる。


 こんなところに置いていかれるのは暇だろうし寂しいだろうが、無線は繋いでおくのでそれで我慢してくれ。


「一応ついていくが、俺は敵の探索と教導官の相手をするだけだ。他の生徒達は手を出さない。わかってるな?」

「はい」


 そうして宮野、浅田、安倍の三人に俺を加えた四人は敵を探して走り出した。

 とは言っても敵の場所なんて分からないので、走りながら確認するんだけどな。


 だが、多分だけどすぐに見つけることはできると思う。

 俺は自分よりも格上の魔力の反応があれば少し距離が離れていてもわかるし、安倍は普通なら見えないような魔力を見ることができる。


 これまでの他のチームの試合を見ていれば、その初期配置からおおよその当たりはつけられる。


 なのでそれらしいところを適当に走っていれば見つかるだろう。


「やり方のかくにーん。あたしは突っ込めばいいんでしょ?」

「そう。前と同じ」


 敵を探して走っている最中、浅田が緊張感のない声で気楽そうに話しかけてきた。


「そうね。私と晴華で魔法を使って、佳奈が突っ込んでいく。ただ、今回は前回と違って私も魔法に回るわ。結界を張ってるみたいだし、それを破らないといけないもの」

「でも、狙われる」

「ええ。だから敵の斥候が来たら私はその対処に向かう。ようは囮ね」


 確認と言うだけあって、作戦としては最初から決まっている。


 敵としては『勇者』を無視することなんてできないだろうし、最初に排除するだろうと考えていた。

 なので、宮野は剣で切りにいかないで、魔法を使ってあえて隙を作ることになった。


 敵は結界を張って引きこもっているだろうし、それをどうにかするために魔法を使うと見せかければ、敵も囮だとは思わないだろう。


 もし仮に囮なんだと気がついたとしても、結界が壊されては負けになるので、敵は宮野を狙わないわけにはいかない。


 そうして敵の斥候役を宮野に引きつけて、他に結界の外にいる奴がいなくなった状況を作り、安倍と浅田が結界を壊す。

 宮野は斥候役を倒せたらすぐに結界破壊に加わって、結界を壊すし、そのまま全滅まで持っていく。

 それが今回の作戦だった。


 敵にも教導官はいるし、そいつも結界の外で動き回るタイプだが、それは俺が対処する。


「見つけたぞ」


 そうこうしている間に敵の反応を見つけ、一旦停止してから宮野達に伝えて襲撃の準備を始める。


 そして……


「来たぞ!」


 できる限り魔力の反応を抑えて魔法を準備させたが、それでもやっぱりこれだけの距離で好意力の魔法を組まれれば気づけるか。


 敵チームは宮野と安倍の魔法の構築を邪魔するべく魔法を飛ばしてきたが、もう遅い。


「くっ! 結界の維持を!」


 宮野と安倍の発動した魔法は、こっちに向かって飛んできた魔法を飲み込んで、そのまま敵の結界へとぶつかった。


 敵チームの結界は二人の魔法を受けても未だ壊れることなく残っている。

 魔法の反応をギリギリまで隠すために威力は犠牲になっていたものだが、それでも威力はそれなりにあった。

 だと言うのにそれを防ぐと言うことは、敵チームはさすがは三年って言えばいいんだろうか?


「んー、残ってるかー。じゃ、次はあたしの番、っと!」


 残っていた結界を見た浅田は、不敵に笑うとその場から駆け出し、敵の結界へと接近していく。


 その迎撃のために魔法が飛んでくるが、浅田はそれを最小限の動きだけで避け、時には俺がやるように小石を投げて暴発させたりしながら進んでいった。


「うっ、りゃあああああっ!」


 浅田は結界に近づくと持っていた大槌を両手で握りしめ、突っ込んでいった勢いのままに思い切り結界に向けて大槌を叩きつけた。


 が、残念なことに結界にはヒビは入ったものの破壊には至らず、そのヒビもすぐに修復されてしまった。


 ……なかなかやるな。ギリギリとはいえ持ち堪えたか。


 相手の評価を少しだけ上方修正しておこう。

 そう考えてから辺りを辺りを見回すと、俺は結界のある場所とは別の方向を見ながら声をかけた。


「さて、それじゃあ——おーい! そっちの教導官さんよお! こっち来てくんねえか! 教導官どうしで一騎打ちと行こうや!」


 敵の教導官は斥候役らしいが、まだ甘い。

 俺に敵愾心でも持っているのか、マイナスの感情がこもった視線が感じられる。


 モンスター相手や机上の試験だったら問題ないんだろうけど、人間相手だと自分の感情ってのは気をつけないといけないもんだぞ。


 調べた限りではコイツは現在二十二歳だ。

 まだ『お勤め』を終えて活動するようになってから二年経っていないので、仕方がないと言えるかもしれない。

 しかも、その『お勤め』だって学生中の三年間を計算に入れたものだから、実質的にプロとして活動したのは五年経っていない。

 そりゃあ甘くても仕方ないだろう。


 多分敵愾心の元は、エリートとも呼べるかもしれない戦術教導官に三級の俺が選ばれたのが気に食わないんだろう。一応教導官って国の機関だし。それも今では結構重要なやつ。


 他にもそう言う奴らはいたし、コイツがそうでも不思議ではない。二十二歳でエリートに選ばれれば、選民思想を持ってもおかしくはない。


 まあ、どんな考えを持とうが構いやしないが、目を曇らせるんなら、そんなもんは邪魔でしかねえけどな。


「んお? 来たか」


 そうして宮野達から少し離れたところで待っていると、背後から首に一撃受けた。


 だが、それは計算のうちだ。

 斥候役、言い換えれば暗殺者が狙うと言ったら、背後からの首か心臓だろう。

 だから俺はそこだけはしっかりと守っていた。守ると言っても実力ではなく魔法具だけど。


 まあ守れたんならなんだっていいだろ。


「三級程度が調子に乗って……」


 忌々しげに呟いているが、やっぱり俺の階級とかその辺のことがエリート心を刺激したか。


 でも、斥候が攻撃後も姿を見せたままってのは、ちっと舐めすぎじゃね?


 相手の教導官は俺を舐めているんだろう。馬鹿正直に正面から突っ込んで持っていた短剣を突き出すが、んなもんは簡単に避けられる。


 攻撃を避けられたのが想定外だったのか、相手はぴくりと表情を変えたが、すぐに追撃のために短剣を振るう。


 まあ避けるんだけどな?


「くっ! どうして届かないんだ!?」

「悪いが、負けるわけには行かねえんだわ。じゃないと馬鹿にされっからな」


 宮野よりも遅い剣速で当たるわけがない。

 俺はあいつの模擬戦相手やってんだぞ? あいつと戦う時は小細工をしまくってるが、こういう能力だけのやつは、俺と相手に性能に差があっても避けることくらいできる。


 そして、何もしなくても避けられるが、だからと言って何もしないわけではない。

 相手の攻撃の間に魔法を放つし、砂を投げるし、不意に一歩踏み出して距離感を外したり、突然大声を出して驚かせたりなんてことをしている。


 今もそうだ。

 攻撃が当たらないことで段々と雑になってきた相手の顔面むけて唾を吐きかける。

 一応目を狙ったんだが、外してしまい、だが鼻には当たったようで相手は一瞬咽せていた。


 相手の教導官は唾が鼻に当たったと理解するとすぐに攻撃をやめて袖で鼻を拭いた。


 ——でも、その考えは甘くねえか? これは命をかけた殺し合いじゃないが、勝負だってのには変わりないんだぞ?


「ぐああっ!」


 俺は馬鹿みたいに動きを止めた相手の膝を狙って銃をぶっ放した。


 一級って言っても速度重視のやつは銃が効くからいいよな。

 普通の銃で浅田みたいな重戦士系を撃ったんじゃ効果なんてほとんどない。せいぜいがちょっと強めのデコピンを喰らった程度だろう。


 だが、防御力の低い速度型だと、普通に殴ったくらいのダメージは出る。

 膝にパンチを何発も受ければ、膝が壊れてもおかしくない。


 それでも貫通しないどころかめり込みすらしないあたり、化け物してると思うけどな。


「舐めるなああ!」

「苛立ってんのはわかるが、斥候が感情的になって大声出すなよ」


 俺に攻撃を当てることができないにもかかわらず、自分は膝にダメージが出たことで苛立ちが限界に達したのか、叫びながらもう一度突っ込んできた。


「くそっ! 早く……こんなんで足止めくらいわけには行かねえってのに……っ!」

「急いては事を仕損じるって知らないのか? そんなんだから頭上の注意が疎かになるんだよ」

「は? っ! 上か!?」


 俺が話しながら視線を頭上へと向けると、相手は俺が何かしたと思ったのか、つられるようにバッと勢いよく上を見た。


「……何もない?」


 ——が、甘い。


 さっきも思ったが、これは一応勝負なんだ。相手から視線を外してどうするよ。

 もっと勝負の駆け引きってもんを積んでから出直しな。


 俺は馬鹿みたいに上を見上げて呆けている相手の喉に目掛けて魔法具の短剣を突き立てた。


 そこで治癒の結界が発動して相手を癒し始めたので、俺は短剣を抜いて血を拭ってからしまった。


「ひっかかってくれてありがとな。筋は悪くないが、経験が浅い。もうちっと経験を詰むといい」


 組合が認めたってことは教えるに足る能力はあるんだろうが、今のままじゃ少し王道から外れた戦いをする相手にゃ勝てねえよ。


「さて、あっちはどうなったかね?」


と呟きながら視線を向けたところで、ちょうど宮野と安倍が魔法を放つのが見えた。


どうやらあっちを狙ったであろう斥候は排除したらしいな。


「やあああああっ!」


そしてそんな二人の魔法に意識を向けている間に、浅田が相手チームを挟んで宮野達とは対称の位置から思い切り武器を叩きつけた。


「——え」

「なっ!?」


そして、三人からの同時の攻撃を受けた結界は、砕け散るような硬質な音を響かせながら崩れ去り、それと同時に相手チームの間の抜けたような声と驚いたような声が聞こえた。


「セヤッ!」


しかしそれで終わりではなく、魔法を放ち終えた宮野がすぐさま接近し、背後にいた浅田を見ようと振り向いていた相手チームを切りつけた。


宮野と浅田の挟撃を受けた相手チームは、そのまま全滅し、俺たちは手に入れたヒントから宝を探して試合は終了となった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る