第139話進路先

 

 海に行った日以降は、時々休みながらだが、ほぼ毎日のようにダンジョンに潜ったり訓練をしたりしていた。


 だが、そんな休みとも言えないような休みの日々も、もうすぐ終わる。


「お前ら、夏休みの課題なんかは終わってんのか?」

「終わってるに決まってんでしょ。なんたって夏休みに入る前に終わらせたんだから」

「夏休みの課題ってそういうもんじゃねえだろ」


 それはそれで学生らしいかも知んねえし、俺だって友達と協力して写してたりしてたけど、本来は休みの間も勉強するように、ってやつだ。


 浅田と話し他ことで思い出した自分の学生時代を懐かしんでいると、ふと別のことを思い出した。


「ってか、こんな会話前にもしたような」


 そうだ。去年もこんな感じの会話を夏休みの終わり頃に話をした気がする。


「そういえば去年もしてましたっけ」

「もう、一年経ったんだね」

「ん。早い」


 もう一年経ったんだよなぁ。時間が経つのは早いことだ。


 って、少し前にもこんなこと考えたよな。こう何度も過去を思い出したり同じことを考えるのは、それだけ濃密な日々を過ごしたからなのか、それともれが歳食っただけなのか……。


 できればこの一年に色々あったからだと思いたい。


 まあ、それはともかくとして……


「なんで俺、まだ冒険者やってんだろうな?」

「まーた言ってるー。もういい加減諦めたら?」


 浅田はそう言って笑っているが、笑い事ではない。

 つっても俺もほとんど諦めているが、それでも機会があるのなら冒険者を辞めておきたいのが本音だ。


 まあ一応、肩書きは冒険者じゃなくて教導官だけど、やってることは同じだ。


 正直なことを言うとまだこいつらから目を離すのは不安だが、それはこいつらの技量の問題じゃなくて、ただ俺が自分の目の届かないところで死んだら、って不安なだけだ。


 もうこいつらはプロの中でも中堅以上の力はつけさせたし、宮野は『勇者』の名前に相応しいくらいの最低限の力はつけさせた。


 あとは技術と知識だけではなく経験が必要になるのだが、それは俺がいてもいなくてもやること自体は変わらない。


 いつまで経ってもそばにいるってわけにもいかないし、いつかは離れる時が来る。


 だから、辞める機会があったら辞めておきたいのだ。


 それに、一緒にいたらそれはそれで何か起きた時に巻き込みそうな気がするし。


「つってもなぁ。そのうちなんかすごい騒ぎに巻き込まれそうな、嫌な予感がすんだよな」


 前回の騒ぎが五月だったから、今は八月で、もう三ヶ月も経ってるしそろそろ来てもおかしくない気もする。

 ……なんでこんな季節の行事みたいに考えるようになってんだろうな?


 今までは年一だったってのに。……や、それでも十分おかしいけど。

 普通は一度の以上に遭遇しただけで大抵死んでる。


「ちょっと、あんたが言うと本当に何かありそうからやめてよね」

「というか、伊上さん、色々ともう抜け出せないところまでやってきてませんか?」

「それに、冒険者を辞めても、嫌な予感は変わらないような……」

「諦めて」


 こいつらの言うように、冒険者を辞められそうにないし、辞めたところで何某かの問題に巻き込まれそうなのは目に見えている。

 ニーナだって研究所にいることだし、冒険者関連のあれこれから完全に離れることはできない。


 それはわかっているんだがぁ……。


「まあ、お前らが卒業するまでくらいは仕方ないか」


 俺はため息を吐くと、そう結論を出した。

 元々、今の戦術教導官の話を聞いた時にはそんな感じの話だったし、区切りとしてはちょうどいい。


「卒業かぁ。そういえば、進路どうするかなぁ」

「なんだ、まだ決めてなかったのか?」


 もう高校二年の夏なんだから、進路を決めていてもおかしくはない。

 まあ、俺は三年の夏まで進路なんて決めてなかったけど。

 適当に近くの求人してる場所で就職すればいいかなー、とか考えてた。


 地元から離れるのはめんどくさいって考えがあったのは覚えているが、多分自分が就職するって現実味が湧かなかったんだろうな。


「んー、だってさー、進路って言ってもパッと来ないんだもん」

「選択肢としてはこのままのチームで冒険者をやっていくか、どこかの会社に行くか進学か。大まかに三つよね」


 こいつらは一級以上の覚醒者だし、普通に会社に勤めるんじゃなくて冒険者として活動するもんだと思ってた。

 命の対価としてはどうかわからんけど金は稼げるし、色々と補償がついたり優遇措置があったりするから二級以上は大半が冒険者になっているしな。


「でも、できることならこのままみんなで一緒にいたいかなって、思うな」

「私も。少なくとも、大学には行かない」


 最初にそう行ったのは安倍だった。

 それが意外な感じがして、俺は首を傾げながら問いかけた。


「そうなのか? 安倍の場合は大学に行きそうな感じがしたんだがな」


 就職か進学かって言ったら、進学派な気がしてた。

 なんか研究職につきそうな見た目とか雰囲気してるし。


「家があるから?」


 だが安倍から返って来たのはそんな言葉だった。なぜに疑問系?


「ん? ……ああそうか。いいのか?」

「いい。逃げる」


 安倍の場合は、家が大昔っから続く魔法の名家の類だから、それに関するあれこれで色々あるのだろう。

 そして、多分だからそれがめんどくさく、煩わしく感じて、今の「逃げる」って言葉に繋がるのだろう。


「私の場合は冒険者かな。これでも『勇者』だし」


 安倍に続いて宮野がそう言ったが、それは予想できていた。


 むしろそれ以外の選択は周りが許さないだろう。


『勇者』として期待されているのは、ゲートに潜りモンスターを倒すことだ。

 高校までは力の使い方など学ぶために仕方ないし、そもそもそれまでは『勇者』なんて呼ばれることはなかったんだから、なにも言われない。


 だが、それが大学に進むからとはいえ数年遅れることになれば、文句を言うやつだっている。

 大学に進むか進まないかなんてのは宮野の自由だと思うが、宮野を一人の少女ではなく、力を持っている『勇者』としか見ない輩ってのはいる。


 そう言う奴らは自分のことしか考えずに、自分だけが苦しんでるんだから、と周りに無茶無理を押し付ける。

 馬鹿馬鹿しいと思うが、そういう馬鹿な奴ほど声が大きく、世間に対する影響力がある。


 そして、人は面白いと思う方に進みたがる。

 つまらない真実よりも、面白い嘘の方に引かれるから、馬鹿なやつの馬鹿馬鹿しい声に過剰に反応して、宮野という少女『個人』のことなんて考えずに『勇者』でいることを押し付けるだろう。


 だから、少しでも過ごしやすく生きるなら、宮野は冒険者として活動するしかないのだ。

 宮野もそれをわかっているのだろう。ふざけた話だけどな。


「佳奈は4つ目の選択肢」


 残るは浅田か北原だったのだが、なぜか浅田の進路先を安倍が答えた。

 というか4つ目ってなんだ? 就職、進学、冒険者、の三つ以外にも何かあるのか?


「4つ目?」

「就職先」

「就職先ねぇ……」


 どうやら4つ目の進路といっても、進路そのものの方向性ではなく就職する場合の就職先のことを言っていたようだ。


「ん」


 が、なぜか安倍は頷くと俺を指さした。


「……お前、そのネタずっと引きずるのな」

「言い続けてればいつかその気になるかも。それに、ネタじゃない」


 つまり安倍が言いたいのは、俺と結婚しろと、そういうことだろう。


 以前俺が教導官を辞めた場合の就職先で結婚して永久就職、だなんて言ってたが、今度はそれの男女逆バージョンを勧めてきた。


「はあ……北原はどうなんだ?」

「わ、私は、……みんなと一緒にいられたらなって、思うかな?」


 その答えは、俺ではなく他の三人に向けられたものだった。


「私は良いわよ。今言ったみたいに、元々冒険者を続けるつもりだったもの」

「私もいい」


 北原の言葉に宮野と安倍が答える。

 そうなると残りは浅田一人なわけだが、こいつはどう答えるのか、と三人の視線が、ついでに俺の視線が浅田に集まった。


「んー、じゃああたしも冒険者でいっかなー。どうせなにも決めてなかったし、これをしたいー、とかもないし」


 そんな簡単に決めて良いもんかと思ったが、思い返してみれば俺も流れに任せたような感じだったし、大半の学生はそんなもんなんだろう。


「ってわけで、みんなこれからもよろしくね!」


 そう言いながら浅田は俺の方を見てにんまりと笑ったので、どうやらその『みんな』には俺も入っているようだ。

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