第128話白騎士からの『お願い』
「——で、なんのようだ?」
「純粋な世間話はしていただけませんか?」
工藤は少し困ったように表情を歪めて言ったが、世間話ねぇ……。
「……まあ今は暇だし、しても構わねえよ。けど、そっちにはなんか話してえことがあんじゃねえのか?」
俺としては世間話でも教導官としての指導でも、話しかけてきたんだったら別に誰がどんな話をしても乗ってやった。ぶっちゃけ暇だしな。
だがこいつはそうじゃない。世間話でも指導でもなく、なんらかの目的を持って俺に話しかけていた。
「相変わらず、お見通しですか」
「モンスターを相手するときは観察が基本だ。特にイレギュラーなんて奴らはな。挙動の全てが貴重な情報だ。それに比べれば、表情のねえモンスターよりも、人間の方がわかりやすいからな」
ダンジョンで生き残るときに大事なのは情報だ。
相手がどんな行動をするか、どんな性質を持っているか、どんな判断基準で動いているか、思考能力はあるのか、あるのなら何を考えているのか。
そんなことを考えながら戦ってきた俺としては、人間なんてのはしっかりとした思考能力と感情と表情がある分モンスターよりもわかりやすい。
「お前もそんなわかりやすい顔してるよ」
「そうですか」
俺がそういうと、工藤は一旦持ち直した表情を再び困った様子のものへと変えた。
そして、一旦視線を俺から外して学生達が訓練している様子へと移す。
俺もそれに釣られて視線を移すと、工藤の視線の先ではお嬢様が自分の仲間を相手に二対一で戦っていた。
……いや、あれは戦ってるってより、稽古をつけてやっている、って感じだな。二体一でやってるってのに、全く相手になっていない。それほどまでに技量に差がありすぎる。
「……実は、飛鳥お嬢様のことでお話が……いえ、お話よりも相談でしょうか」
「お嬢様のことねぇ」
俺は工藤の言葉に先ほどまで話していて、今は訓練として槍を振り回している天智飛鳥の姿を注視する。
おそらくだが、工藤は俺が感じたようなことを感じ、それをどうにかするために話しかけてきたんだと思う。
「ええ。あなたから見て、お嬢様はどうですか?」
どう、って言われてもなぁ。
「槍捌きも体捌きも問題ない。戦いの運び方も上手い。まあ基本に忠実な、お手本通りの戦い方だな。プロとしてやってくだけなら十分じゃないのか? 名前を与えられるくらいには成功するだろ」
勇者の称号までもらえるようになるかはわからないがそれでも素質だけは十分だ。
その上、本人に向上心がありしっかりと学んでいる。
あいつは文字通り、生まれついての先天性覚醒者だけあって、その力の扱いには慣れているようだし、小さい頃から訓練していたんだろう。槍の扱いも体の動かし方も綺麗なもんだ。
それらしい衣装と装飾の施された槍を使って戦えば、舞のように見えるんじゃないだろうか?
しかもしれは魔法を使わない状態での戦いだ。あいつは本来宮野と同じように魔法を併用しての戦いをするはずだ。
まあ宮野とは扱う魔法の属性が雷と風って違いはあるが、基本は同じ。
見たところ魔力の澱みも感じられないし、魔法の方も練習はしているんだろう。
訓練を疎かにしたりしてあまり魔力を動かさないやつだと、魔力がスムーズに動かなくなるんだが、あいつの魔力の流れは本職の魔法使いに引けをとらないくらいに綺麗なもんだ。
「本当にそう思っていますか?」
「ああ。思ってるさ。あのお嬢様なら、家の名前を傷つける事もないだろうよ。それに、そのうちあんたも追い抜くと思うぞ」
まあ、あくまでも『普通に大成する程度』ならいける、ってだけだがな。
イレギュラーでも問題なく倒せるような……それこそニーナみたいな超人にこのまま鍛えていってなれるかって言ったら、多分無理だ。
無理だって思ったのは、あのお嬢様はニーナに比べて才能の格が落ちるってのは確かにあるが、それ以前の問題だな。
「では、イレギュラーに遭遇した場合は?」
「……」
一瞬前までイレギュラーに遭遇した時のことを考えていただけに、工藤の言葉でぴくりと指先を動かして、黙り込んでしまった。
「一級のダンジョンの中でも上位に位置する難度のダンジョンでイレギュラーが発生した場合、お嬢様は勝てると……いえ、生き残れると思いますか?」
「……逃げに専念すれば十分に生き残れるだろ」
俺の見立てでは、今の宮野は特級相手でも一人で生き残れる程度には強いし、あのお嬢様もそれくらいにはできると思う。
勝てるか、倒せるかって話になるとまた違ってくるが、少なくとも逃げ切ることはできるはずだ。
「つまり勝つことはできず、何か守るものがあれば逃げ切ることすらできない」
工藤はぴくりとも表情を動かすことなく、重々しい口調で言い切った。
だが、それは事実だ。お嬢様一人なら逃げ切ることはできるだろう。しかしながら、他の者を守ろうとしたのなら逃げ切ることはできないだろうというのが俺の予想だ。
もちろんそれは俺たちの予想でしかない。予想を裏切って特級のイレギュラーに勝つかもしれない。
だが例えば、そうだな……以前にあのお嬢様達と戦った時に出てきた多腕の巨猿を相手とした場合、誰かを逃そう、守ろうとしながらお嬢様が戦った場合、九割方死ぬ。
あの猿が相手でさえそれだ。あいつは特級の中でも厄介な方だったが、最強ってわけじゃない。
あの巨猿の上にはまだまだ上がいて、そんな敵と遭遇でもしようものなら、確実と言っていいほどの確率で負ける。
そして、ダンジョンでの負けは、すなわち『死』に他ならない。
工藤もそれがわかっている。だからだろう。こいつは真剣な表情で俺を見つめると、ゆっくりと口を開いた。
「お願いがあります」
お願い。この話の流れで出てきたその言葉に、俺はこれから工藤が何を言おうとしているのかなんとなく予想がついた。
多分あのお嬢様にも宮野達のように教えろって言うんだろう、ってな。
「お嬢様を鍛えろってんなら、お断りだぞ。俺には宮野達を鍛えるだけで精一杯だ」
だが俺はそんなことを言われるよりも先に断った。
確かにあのお嬢様は元々の能力はあるんだし、俺みたいな戦い方をしろとは言わないが、あとはあの基本に忠実だが真っ直ぐすぎる戦い方を少しだけ変えることができるようになれば文句はない。
だが、それには工藤では教えることはできないだろう。
だってこいつは怪我をして引退したと言っても、その力は特級。力がない故の戦い方なんて知らないだろう。
だから、『生き残るための戦い方』を教えるんだったら俺の方が適任で、俺に頼むってのは理解できる。
だが、それでは宮野達を鍛えるのが疎かになってしまう。
ただでさえ人を完璧に育てるのは大変だってのに、宮野達以外にも育てろってなったら無理だ。
それも、あのお嬢様を鍛えるとなったらその仲間までも鍛えないといけない。ダンジョンに入る以上、個人だけが強くても意味はないからな。
あのお嬢様の性格を考えると尚更だ。誰かが死にかけると助けに入るだろうから、そういう状況にならないようにお嬢様の仲間全員を鍛えないといけない。
だが先ほども言ったが、それだと多すぎる。
教える人数が多ければそれだけ教えは半端なものになり、ある程度までは育てられたとしても、多分どこかで綻びが出て……死ぬことになる。
俺が教えるのが半端だったせいで誰かが死ぬなんて、そんなのはいやだ。
だったら最初から俺が手を入れないで、今のまま育った方がいいと思う。
だが、そんな俺の考えを感じ取ったのか、それとも元からそうだったのか、工藤は首を振って否定した。
「いえそこまでは」
違うのか? そうなると、なんだか俺が自意識過剰みたいで少し恥ずかしいな。
でも、そこまでは、ってことはだ。『そこまで』行かないことは頼むつもりか?
「助言をお願いしたく」
鍛えるんじゃなくて、助言か。それくらいならば、まあ負担にはならない。
だが、さっきまでのお嬢様の態度と俺への感じ方を見るに、下手に何か言おうものならなんだか拗れそうな気もするんだよな。
しかし、俺が何も答えることなく黙ったまま悩んでいると、工藤が徐に口を開いた。
「……先ほどあなたは『そのうち私のことも追い抜く』と言いましたが、ええ。私もそう思います。ですが、それは『そのうち』であって、『すぐに』ではない」
まあ、そうだな。総合的な能力を単純な数字に置き換えたのなら、工藤よりもあのお嬢様の方が上だろう。
だが直接戦えば、たとえ魔法有りだったとしても工藤が勝つはずだ。
「お嬢様の素質から言って、すでに私程度なら抜いていてもおかしくない。だと言うのに、未だ私に勝てていない」
だがそれは、持っている力の差でも技量の差でもなく、経験の差。
お嬢様は槍も、そしておそらくは魔法も基本は完璧にこなしているが、基本以外の駆け引きや騙し合い化かし合いなんてのは、まだまだ甘いのだ。
フェイントを三つ四つ重ねれば、多分釣れる。
俺の場合は道具ありでいいなら、おそらく無傷で勝つことができるだろう。
「私は特級と言っても完全戦士型なので、魔法についてはわかりません。もちろん知識はありますが、それは所詮表層だけのものです。本格的な指導はできません」
こいつは戦士系の覚醒者だからな。特級であっても魔法が使えないんだったら、魔法の使い方なんて指導できるはずがない。
まあその点はお嬢様のことだ。こいつ以外にも魔法の指導要員はいるんだと思うけど、それだって工藤みたいに一緒に行動するわけじゃないんだから完璧に教えることなんてできないだろうな。
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