第127話二人の教導官

 

「どーしたもんかねー」


 あのお嬢様が歪もうと潰れようと、はっきりと言って俺には関係がない。


 しかし、自分の仲間ではないあいつまで面倒を見る必要も悩む必要も、ないっちゃあないんだが、それでも助けられそうなら助けてやりたいとは思ってる。


 思ってはいるのだが、正直なところどうしようもないってのが本音だ。


 そんなことを考えながら去っていったお嬢様の姿を見ていると、ちょうど休憩をしていた宮野に話しかけた。どうやらあの二人で模擬戦をするらしい。


 今回は前衛用の授業なんで魔法はなしだが……さて、どうなるかな?


 二人が向き合い、なんの合図もなくお嬢様が右足を出して踏み込むと、次の瞬間には宮野の目の前に現れてすでに武器を振り終えた状態で二人が対峙していた。


 ……み、見えねえ。


 多分お嬢様が突っ込んで槍を振るって、宮野はそれを打ち払ったんだと思う。思うが……全く見えなかった。


 ……仕方ない、強化するか。


 そう考えると、俺は装備に魔力を流して自身の思考能力と視力を強化する。

 これが戦場なら自身の運動能力も強化するんだが、今は見てるだけだしそこまでしなくても良いだろう。


 だがそうして宮野とお嬢様の戦いを見ていたのだが、数分ほど見ていると少し気になったことがある。


 ……ヒットアンドアウェイがお嬢様の戦い方か?


 攻撃して逃げて攻撃して逃げてを繰り返す戦い方。

 槍使いってのは基本的に速度に優れているやつが多いし、お嬢様が使う武器と戦法としては間違ってるとは言わないが、それでもなんだか余分に距離を取り過ぎている気がするな。


 もちろん相手の攻撃範囲ギリギリに居続けろってわけではない。

 自分が反応できる分くらいの安全マージンはあったほうがいいが、それでチャンスを潰してちゃ意味がない。お嬢様のあれは離れすぎだ。


 あれだと自分より格下の相手なら通じるだろうが、伯仲した実力以上が相手だと厳しいものがある。


 まあこれがダンジョンであれば仲間と行動するんだから、攻めきれないまでも抑えることができれば十分だろうけど。


「お久しぶりです」

「あ? ああ、あんたも来たのか、白騎士」


 そんなことを考えながら二人の戦いを見ていると、今度は横から白騎士——相変わらずあのお嬢様の教導官をやっている工藤俊が話しかけてきた。


「ええ。……今更ですけど、その呼び方は恥ずかしいものがありますね。いつものように工藤でお願いします」


 工藤は俺が呼んだ『白騎士』って名前に苦笑しているけど、まあそうだろうな。


 こんな世界になってから、昔よりもカッコつける奴ってのは増えた。かっこいい名前をつけたり、かっこいい技名を叫んだりな。


 けど、それも冒険者をやってる間だけだ。しかもそれだって冒険者をやっていても途中でふと我に帰る時がある。


 ——あれ、これなんか恥ずかしいんじゃねえの? と。


 工藤の『白騎士』なんて呼び方はマシだ。中には『邪』とか『王』とか『堕天』とかを名前に入れたり、『絶対零度』で『エターナル・フォース・ブリザード』なんて名前を技につけて叫ぶ奴もいる。


 まあ、俗に言う厨二病だ。ある意味で最強最悪なその病の罹患者が、この時代には結構な数がいる。


 二つ名ってのはそいつを示すのにわかりやすいから自己紹介の時には名乗るが、私生活でまで使いたいとは思えない。俺も普段から『生還者』なんて不本意な名前で呼ばれるのは嫌だしな。


 工藤も目が覚めた側なんだろう。あるいは最初っから常識人側だったのか? 功績を残した冒険者に名前を与えるのは自分じゃないし、勝手に決められて呼ばれるようになったとしてもおかしなことでもない。


 まあ、中には自分で名乗る奴もいるけどな。


「久しぶりって言っても、そんなじゃねえだろ。つーか、待機室で割と頻繁にあってんじゃねえか」


 こいつも教導官として学校に来ている以上、俺と出会う機会ってのはそれなりにある。

 それに、学生達が座学の時は俺たちは待機室で休んでたり訓練場や図書室など、学校の施設を使っていることがあるので、そういった時にも顔を合わせたりしていた。


「そうですが、まあいいじゃないですか。最後に話したのは一週間くらい前ですし、久しぶりでも間違っていないと思いますよ」

「そうか?」


 一週間は久し振りなのだろうか?

 そもそも『久し振り』ってどっからどこまでだ? 


 んー……わからん。わからんが、まあどうでもいいか。


 と言うかこいつ、どっから……ああ、あっちの集団からか。


「あなたはあちらの輪の中に入らないのですか?」


 俺は工藤がどっからきたのか、こいつの背後を確認したのだが、その先には数人の教導官が集まってこっちを見ていた。


 多分あいつらの間では情報交換をしていたり、各生徒達についてはな試合をしたりしているんだろう。

 その中に入って話に混ざれば多少なりとも有益な時間になるだろう。


 俺の視線に気づいたのか、工藤はいつものように軽く微笑みながらあそこに加わることを提案してきた。


 だが俺はそうしないし、これからも混ざるつもりはなかった。


「あちらのって、あいつら全員二十代だろ。そん中に入ったところで輪を乱すだけだろ」


 あそこにいるのはほとんどが先天性覚醒者で、まあつまり——若者だ。


 若者って言ってもだいたいが二十半ばから後半だから微妙だが、少なくとも三十を超えているやつは誰もいない。いても二十九だな。


 それに、あそこにいるのは全員一級。


 というか、戦術教導官なんてのは一級がほとんどで、中には二級もいるみたいだが、その力はほぼ一級といってもいいような才能の持ち主達だ。割合としては八二、あったとしても七三くらいの割合だ。


 だがその中には三級なんていない。


 だってのにここに三級が一人だけいる。まあ俺なんだがな。


 そしてさっき彼らは先天性覚醒者と言ったが、それは言葉の通りの意味の先天性ではなく、十二歳までの成長期を迎える前までに覚醒した奴らのことだ。言うなれば『早期』覚醒者だな。


 それでもあえて『先』天性と『後』天性なんて呼んでるのは、区別するためだと思う。分類を、じゃなくて人の意識を、だ。


 多分それは、『下』を作ることでその技量を伸ばさせようとしたんだろう。

 人は何かにつけてマウントを取ろうとするもんだし、下に見ているやつに負けるのは気に入らないだろう。

 自分の下の奴らに負けないように努力するはずだから、それを狙ったんだと思う。まあ、よくある方法だな。


 そうして努力し、「お前達はすごいんだぞ」なんて言われながらやってきた彼らには、少なからず差別意識というか優越感というか、そう言った類のものがある。


 以上を踏まえて考えよう。


 自分たちよりも一回り年上で? 自分たちとは違って『後』天性覚醒者で? 階級が下?


 そんなやつ、馴染めるわけがない。ここに集められたのは教導官たり得る能力を持った奴らだが、その内面まで立派だとは限らない。

 まあ当然ながら多少は考慮されてるだろうから、よっぽどのやつは功績があっても弾かれてるだろうけど。


 な? 入りづらいことこの上ないだろ?


 それにそもそも、混ざったところで本当に有益かってのは疑問だしな。


 仲良しこよしで助け合い、なんてならないのはわかりきってる。


 だから楽しいもんでもないし、無視してた。


「そうでもないと思いますよ。あなたと話してみたいと思っている方は結構いるみたいですし」

「話ねぇ……」


 工藤の言葉にもう一度視線の奥にいる教導官達をみるが、俺はすぐに結論を出した。


「だめだな。めんどくせえ」

「それは残念」


 残念、だなんて口にしているが、実際のところでは俺がそう言うのをわかっていたんだろう。その口調はとても軽いものだ。


 それに、多分こいつ自身あいつらの話を無駄だとでも思っているんじゃないだろうか? なんとなくだが、そんな感じを受けた。


 まあ、関わらないでいいならそれでいい。

 こいつも話のとっかかりとして話題に出しただけみたいで、本気であそこの集まりに参加させようって気はなかったみたいだしな。


 だからそんなことよりも、今はこいつが来た理由の方が重要だな。

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