第126話浩介と飛鳥の話し
「あ〜、だりぃ」
頭上を見上げれば、そこにはなんの憂いもない澄み渡る空があった。
……こんな日にどっかで昼寝でもすれば、気持ちよく眠れるんだろうなぁ。
周囲にはなんの建造物もない広い場所で、俺は魔法使い用の大きな杖に体を預けてぼんやりと空を見ながらそんなことを考えていた。
だがそう言うわけには行かない。杖に体を預けていることからわかるだろうが、俺は今武装している。
普段は遊撃として動き回るんだからこんな杖なんてあまり使わないが、今は別だ。
動き回る必要はなく、持っているのを隠す必要もない。
普段ダンジョンに持ってくような杖は持ち運びできるように作ってある代わりに脆いからな。近接武器として使おうとするとすぐに壊れる
その点こう言う丈夫なのはある程度乱暴に使ってもなんともないし、使い勝手はいい。
そもそもポジションは遊撃だけど、俺って魔法使いだし杖持っててもおかしくないだろ。
何より、学校の備品使ってるだけだから、壊れても金がかからないのがいい。
学校の備品はただ丈夫なだけで魔法の補助具としての役割はそれほど高くないから、他の生徒や教導官は自前の道具を使っているが、まともに戦う気はそんなにないし、どうでもいいことだな。
まあ、本当に壊したら報告書を書かないといけないからできることなら壊したくないけど。
で、そんな武装した俺が何をしているのかと言ったら、まあ仕事だ。半ばいやいやだけどな。
戦術教導官なんてもんになった、と言うかさせられた俺は、今日もその仕事をこなすべく宮野達の後をついて学校の授業に参加しているわけだ。
とは言っても、今この場に宮野達がいるわけじゃない。
正確には全員いるわけじゃない、かな?
少し離れた場所では宮野や浅田、それから他の生徒達が武器を振るって戦っているが、安倍と北原はいない。
理由としては、いくつかのチームの前衛と後衛で分かれて、それぞれ合同で訓練しているからだ。
俺たちのいるこっちは前衛班なので、魔法使いの二人はいないのだ。
まあ、宮野の場合はどっちにでも行けるけどな。前衛で登録してても魔法も使えるんだし。
さすが勇者。すごいなー。いいなー。うらやまー。
……てか今更だけど、なんで俺こっちにいるんだろう?
戦術教導官として、ただの教導官だった時には参加しなくて良かった訓練に参加するのは、まあいいとしよう。
だが、俺は見るからに魔法使い装備だ。なんで前衛班の訓練に参加してんの?
「ちょっとあなた。まともに授業をしていただけませんか?」
そんなことをダラダラと考えていると、なぜかお嬢様——天智飛鳥がこっちに向かって歩いてきて、眉間に皺を寄せながらきつい口調で話しかけてきた。
「よう、お嬢様。……授業って言ってもなぁ」
軽く視線を巡らせて広い訓練場で訓練をしている生徒達を見回してみるが、わざわざ俺が出張って何かを言うほど悪くはない。
それに、俺みたいな三級に何か言われたとしても、素直に聞き入れてもらえるかはわからない。
もし自分よりも下位のやつに何か言われたことで反発し、意固地になってしまってはその後の成長にはならない。
だったら最初から何も言わず、聞かれたら答える方がいいと思ったのだ。自分から聞きにきたやつならちゃんと受け入れてくれるだろうからな。
……まあ、宮野達以外で質問なんてされたことないけど。
「あなたのようにサボっている方がいると、他の方々にも影響が出ますので」
そうは言っても、もう一度周囲を軽く見回すと、俺の他にも特に誰かに指導することもなく教導官仲間でだべってる奴もいる。
サボってる、って言ったらあいつらもだろう。
「サボってるっつっても、他のやつも似たようなのがいんじゃねえか」
戦術教導官は通常は生徒達の訓練を見ているだけだが、質問されたら答えるし、気になったことがあったら自分たちから指導をすることもある。ついでに、稽古相手になってくれって言われたらなる必要がある。
まあそんな前衛達の稽古相手に選ばれる状況で俺は魔法使いなわけだが……ほんと、なんでここにいるんだろう。
「あちらの方々は皆さん真面目に指導してくださいます。わたくしは、あなたが宮野さん達以外に何かを教えたのを見たことがないのですが?」
「誰も聞いてこねえからな」
「なら、ご自分から何か伝えてはいかがですの? 気になったことや気づいたことの一つや二つ、ございますでしょう?」
「俺、シャイなんだ。自分から話しかけるなんてできねえわ」
「よくそんなわかりやすい嘘を……」
このお嬢様は俺が嘘をついていると思っているみたいだが、シャイってのは割と本当だ。
人見知りってほどまでは行かないと思うが、それでも初めてのやつに話しかけるのは緊張するし、できることならやりたくない。
覚醒する前は普通に社会人だったから、その仕事をこなしてるうちに普通に話すくらいならできるようになったが、俺は元々の性格が陰キャなんだよ。もしくは内弁慶か?
まあどっちでもいいが、自分から話しかけるのを好まないってのは嘘じゃない。
ある程度話せばそれなりに対応できんだけどな。例えば、このお嬢様みたいに。
「嘘じゃねえさ。ほんとほんと」
冗談めかして言った俺の言葉に、お嬢様は胡乱げな目で俺を見ている。
あの目は絶対に信用してないな。
しっかしまあ、このお嬢様、なんか少し気になるな。
ああ、異性として気になるって意味じゃないぞ。間違ってもそんなことはならない。
気になるってのは、その態度だ。前に俺がこいつと話したのは昨年度の学校襲撃事件の時だった。
あれ以来こいつが宮野と話しているのを見たことはあったが、俺はこいつと直接話したことはなかったから特に疑問には思わなかったが、こうして面と向かって一対一で話してみると、なんだかあの時の素直さが綺麗に消えている。
まあ、最初に会った時のような刺々し感じも消えてるんだけどな。
襲撃の時は緊急事態だったから反発してこなかった、って理由もあるのかもしれないが、なんとなく違うような気がするんだよなぁ。
長く接したわけじゃないからそこまで詳しくわかるわけでもないけど。
でも、気になったしとりあえず聞いてみるか。
「つか、ちっと聞きたいんだけど、前ん時と態度が変わりすぎじゃねえの?」
ほとんど関係のない俺が踏み込みすぎことを聞いたかもとも思ったし、答えてくれないかもと思った。
でも、それならそれで構わない。どうせ聞いたのだって単なる気まぐれだしな。
「普段からあの時のように『本当の実力』で動いてくださるのでしたら、わたくしもそれなりに尊敬の念を込めて対応いたしますわ」
そんな俺の考えに反してお嬢様は一瞬だけぴくりと反応すると、僅かに顔を俯かせながらそう言った。
だが、その様子は明らかにおかしなところがあるように思える。
何か悩みがあるような、だが悩み程度では済まないほどの大きな感情や迷いがあるような、そんな感じだ。
だが、そんなおかしさに気づきながらも、俺は何も言わないで気づかなかったふりをしてそのまま話を続ける。
「じゃあ諦めるしかねえか。んな幻想追い求めてる相手の期待に応えられるわけねえからな」
実際、このお嬢様は俺のことを過大評価していると思う。
『本当の実力』で、なんて言葉は、そうじゃないと出てこないはずだからな。
にしても……はっ、このお嬢様は何を言っていらっしゃるのやら。
あれが本当の俺の姿だとでも思ってんのかね。で、力があるのに今は真面目にやらず怠けてるとでも?
馬鹿馬鹿しい。あの時も今も、俺は俺で、俺以外の何者でもないし、『本当の実力』もクソもない。
怠けてるのは間違っちゃいないし、真面目にもやっていないのは確かだ。
が、本来俺は凡庸な才能しか持たなかった単なる雑魚だ。そこに期待されても困るってもんだ。
それが英雄やらなんやらに見えたってんだったら、それは危機的状況だから気になった、みたいな……ああ、あれだ。吊橋効果的なやつだ。ちょっと違うかも知んねえけど、概ねそんな感じだろうよ。
「あなたは……っ」
だから俺はお嬢様の考えている『本当の俺』の妄想をくだらないものとして切り捨てる。
だってそれは、実在なんてしない、本当にくだらないものだから。
理想を追い求めるのは構わねえが、そんな妄想を追い求めて進むようじゃ、いつか死ぬ。だからここでバッサリと捨てさせてやったほうがこいつのためだろう。
だがそんな俺の答えが気に入らなかったのか、お嬢様は僅かに俯かせていた顔をあげると、キッと俺を睨みつけた。
「どうした?」
「っ! なんでもありませんわ!」
お嬢様は唇を噛んで顔を歪めると、悔しげに言い残して乱暴な足取りで離れていった。
……あいつ、歪まなきゃいいんだけどな。
思い込みが激しいタイプみたいだし、ああいうのは理想を追い求めすぎて歪むこともあるし、その先で自滅することもある。
それが分かってんならどうにか手を入れるべきなんだろうが、あのお嬢様にとっての『理想の俺』じゃない俺があいつに話しかけてもまともに聞き入れられない気がする。
それにそもそも、俺はあいつの期待に応えられるとは思えない。
あいつがどう思っていようが、俺は三級なんて才能しかなかった凡人だ。
小細工ありの戦いならともかくとして、純粋な力比べをしたらあいつに負ける俺に、あいつの期待に応えられるはずがない。
変に期待に応えるようなそぶりを見せて、後で期待はずれだった、裏切られたなんて言われても困るし……
そんなわけで俺に期待しないようにと思っていたのだが、『俺』への期待は消えないみたいだ。
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