第103話双極の大地

 

 そして一週間ほどの休みを経て、今回は温チョコの回収へとやってきた。


 ここでも浅田に保存容器を背負ってもらうのだが、前回のような普通の奴らが使うような一般的なサイズではなく、大型のものを持ってもらう予定だ。


 正直ここは危険なことはほとんどないし、採取方法さえ知ってれば練習なんてしなくても一発で終わると思う。


 まあ、温チョコはそれ単体でも売り物になるくらい人気があるものだし、万が一に備えて量を用意するためにこの場所は今日と明日両方行くつもりだけど。


「ダンジョン名は『双極の大地』。凍土と、そこにある火山のなかの灼熱でできてる世界。凍土には沼みたいに溶けたチョコがあって、火山内では石みたいにチョコが生まれてる。今日はそれを回収しに行くぞ」


 温チョコは普通のチョコとは逆に、あったかいと固まり、冷たいと溶けるという性質を持っている。

 そのため採取するときはあったかいところ——と言うか熱いところに行かないといけない。


 冷たいところでも溶けたものならチョコはあるんだが、その場合は靴の泥やモンスターの血なんかが混じったものになってしまうので、商品として使うには適さない。


 火山内に入るよりも簡単に手軽に採取できるので、それを狙う悪質な店もあるけど、バレたら捕まる。

 だって食品衛生法に喧嘩売ってるような行動だし、なんでかは知らんが最初っから溶けた状態のやつって品質が低いんだよな。だからそれを普通のやつだと言って売ろうとすると詐欺も当てはまることになる。


 ダンジョン産の素材を用いた場合の犯罪は通常よりも重い罰を受けることになるので、基本的に誰もやらない。

 まあ、よほどバカか金に困ってるやつならやるけど。


「う〜〜〜〜……さむぅ」


 一度どんな場所かわかってもらうためにゲートの中には言った俺たちだが、その時はなんの対策もしていなかったのですぐに撤退した。


 しかし、ゲートから戻ってくれば寒さはないはずなのだが、戻ってきてもまだ先ほどまで感じていた寒さが残っているようで宮野達は腕をさすっている。


 ほんとに一瞬だけのことだったけど、普段着で北極行ったらそうなるだろうな。


「あんな感じだから、ここでは安倍に周囲を暖めてもらって進むことになる」

「ん。任せて」


 安倍は炎系の魔法を使うから、それで周囲をあっためて貰えば問題なく進めるだろう。


 モンスターは吹雪に紛れて近寄ってくる蛇だとか熊がいるが、それ自体はそう強いものでもない。

 それでもここが一級のダンジョンとして設定されているのは、吹雪という環境と、その後にある火山という環境の変化によるところが大きい。


 だがそれだったら、その環境の変化に対策をしてしまえば格段に難易度が低くなる。


「問題は火山内に入ってからだな。暑いを通り越した熱さだから、気をつけろ」


 そう言いながら俺は宮野達に対策としてあるアイテムを渡していく。


 こいつらはこのダンジョンについても調べてるだろうし、多分持っているとは思うが重複しても嵩張るようなもんでもないし持っておいて損はないだろう。


「冷氷石だ。多分持ってると思うが一応渡しておく。……持ってるよな?」


 念のために尋ねてみたのだが、しっかりと全員が頷いたので安心する。

 これで持ってないって言われたら準備をしっかりしろって説教が始まるところだった。


「効果や使い方は知ってるか?」

「とりあえず調べて用意したわけですし、知識だけなら。実際に使ったことはありませんけど」


 知識だけなら、と言っているが、それは今渡した冷氷石が珍しかったり価値がある触れることができなかったわけじゃない。むしろ逆だ。


 日本においては、と前置きがつくけど、冷氷石ってのは一般には需要がない。


 理由としては、その石の質にもよるが衝撃を加えられると周囲を冷やすという、ただそれだけの効果だからだ。


 一見便利そうな石だが、あまり一般には普及していない。


 何せ、わざわざダンジョンから取らないといけないそんなものを使わなくても、冷蔵庫や冷凍庫なんてものがあるのだ。

 部屋が暑ければクーラーを使えばいいし、使うものといったら業務用がもっぱらで、一般人はまず使わない。


「火山内に入ったら各自で使え。一個で一時間くらいは持つはずだから、チョコの採取中は平気なはずだ」


 そうして俺たちは細かい話をした後、安倍に耐冷用の結界を張ってもらってからゲートを潜り、火山を目指して進んでいった。


「で、ここまで来たわけだけれど……どうやって探すんですか?」


 途中で何度かモンスターの襲撃を受けたものの、特に言うこともないくらい余裕で火山まで到着することができた。


 雪原に火山はいくつかあるのだが、俺たちは他の冒険者がいないところを探して、何個目かでようやくこの火山にたどり着いた。


 他の冒険者達がいるところと被ると採取量が減るし、他の冒険者の奴らもみんなそれを分かっている。

 場所が被らないように行動するのはここに挑む冒険者の間で暗黙の了解ってやつだ。


 だがまあ、たどり着いてしまえばこれで雪原エリアの出番は終わりだ。

 一応帰りに雪原エリアの出番はあるんだけど、それ自体は大したことじゃない。


 で、問題はここからだ。

 このダンジョン——というか温チョコの採取で一番大変なのはここからなのだ。


「まさか、これをちまちま拾ってくの?」


 浅田はいやそうな顔をして火山内を見回しているが、それこそが問題だ。


 温チョコは高級品だが、それは何も見つからないからという訳ではない。むしろ見つけるだけならば簡単だ。


 何せ目の前にそこら辺にある小石の如く落ちているのだから。


 そう。文字通り『小石の如く』だ。

 小石サイズのチョコがばら撒かれたかのように地面に落ちており、温チョコの採取とはそれらを拾い集めることを言う。


 しかもただ拾うだけではない。

 周囲がマグマという環境のせいで、視界の色彩調整がバグってて一個一個ちゃんと見ないとチョコだか本物の小石だかわからないので、余計に手間がかかる。


 更に更に、その地味に集中力を使う作業をマグマから出てくるモンスターの襲撃に警戒、対処しながらやらなければならないのだ。

 加えて言うならこのモンスター、チョコが好物なのかまとめてあるとその場所を優先して襲ってくるからタチが悪い。


 ぶっちゃけ、クソめんどくさいのに気を抜けないのですごく疲れる。


「普通はそうだな。一個一個拾って回収だ」

「それは、なんというか……」

「うへぇ……」

「これじゃあ、高くなるわけだね」

「めんどう……」


 四人はその大変な、というかめんどくさい作業を想像したのか嫌そうな顔をしている。

 実際に作業が始まれば、ここの熱さも相まってやる気を削がれること間違いなしだ。


 だがそれが普通だ。他の冒険者達はそうやって採取している。場所が被らないようにするのもそのためだな。

 拾う〝小石〟がなくなったら、ただでさえめんどくさい作業が余計にめんどくさくなるから。


 まあ俺たちはそんなことをしないわけだが。


「だが、それでもいいが、今回はこれを使う」

「それ、冷氷石ですか?」

「ああそうだ」

「なんでそんなのを使うの? てかどーやって使うの?」


 俺が取り出した冷氷石を見て怪訝そうな顔をする宮野達だが、無理もない。現在すでに一つ使っている状態であり、余計に使ったところで意味はないのだから。


 だがこれには自分たちを周囲の温度から守る以外にも使い方がある。


「温チョコは熱されると固くなるが、逆に冷やされると柔らかくなる。だからこれを投げて柔らかくなった場所がチョコだ」


 熱いから固まる性質を持つチョコは小石と見た目の区別がつきづらい。

 だったら冷やせば小石としての形が崩れるからそれがチョコだ。

 これが普通の場所で冷氷石の冷気に当てれば外にあった沼のようにドロッドロに溶けるが、ここは火山内であり、冷氷石を使ったとしても完全に冷えることはないのでそんな形をなくすほどは溶けない。


「じゃあこれをばら撒けばいいわけね」

「ところがそうじゃない」


 が、ここまでは前置きだ。そう話は簡単にはいかない。


「冷氷石。一般には珍しい石だが、ここではそう珍しいもんじゃない。外の環境みたろ? 探せばそこら辺にあるただの石だ。ここの温度をどうにかしようとして探して持ってくるやつだっているだろう。だってのに、冷氷石を使ってチョコの塊を探す方法が知られてないのはなんでだと思う?」


 俺が問いかけたことで宮野達は顔を見合わせて相談しているが、答えは出ないようだ。


「答えは簡単だ。冷氷石を使ったところで効率が変わらないからだよ」


 冷氷石を使えば温チョコの場所はわかる。

 だが、地面に落ちているチョコがわかったところで、大した成果にはならない。

 何せ、地面にあるのはただの小石サイズのチョコなんだから。


 そりゃあ小石かチョコかの見分けはつきやすくなるかもしれないが、そんなのは誤差の範囲として切り捨てられる程度。

 慣れたやつならそんなことをしなくてもさっさと回収できるだろう。


 それに何より、冷えて見分けがつく程度に溶けるまでの時間が勿体無いので、ベテランは使わない。

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