第97話ランダムシロップの採取
「それじゃあとりあえず手本を見せるが、よく見とけよ」
ダンジョンに入って目に入った光景は、平原だった。
だが、当然ながらただの平原ではない。
『楽園』というとこいつらと最初期に入ったダンジョンに『兎の楽園』なんてあったが、それと同じようなもんだ。
ただ違うのは、そこにいるモンスターだな。
ここには『兎』はおらず、代わりに水溜りになるような量の蜜と、それを生み出す『樹』がいる。
そして俺たちは、実際に良さげな蜜を探して採取をする前に、どうやってやるのか手本を見せることになった。なった、というか、見せることにした。
「……その、本当に大丈夫ですか?」
——のだが、宮野は俺たちが……というかヒロ達が歳で引退したのを理解しているからか、どこか不安そうに尋ねてきた。
「おー、おー、なんだ宮野ちゃん。おっさん達のことを心配してくれんのか?」
「こんな若い子に心配してもらえるなんて、まだまだ俺たちも捨てたもんじゃねえなぁ」
「ま、確かに俺たちは歳くって全盛より衰えちゃいるが、まあ大丈夫だよ」
ヒロだけでなくヤスとケイも焦った様子も不安そうな様子もなく答えているが、俺も大丈夫だと思う。
「俺もあっちに参加するが、お前らは周囲の警戒をしとけよ?」
俺が抜けたことでヒロ達は元々のチームが崩れてしまっているので、今だけは一時的に宮野達から外れてヒロ達のチームに参加する。
まあ、外れるって言ってもゲームみたいに特別何か手続きが必要ってわけでもないけど。
「——さってと……作戦はどれだ?」
「一番オーソドックスなやつでいいだろ。見せる目的があるんだし」
「だな。じゃあ俺が囮で、ヤスが火力。ケイは阻害でコウは遊撃な」
「まあいつも通りだな」
簡単に作戦会議を終わらせると、それぞれが配置について準備を整える。
「おっし。——じゃあ、やるぞ」
ヒロはそう言うと、一度空に向かって武器を掲げ、走り出した。
「おら、でくのぼう! こっちだこっち!」
ヒロが両手に二本の剣を持って走李、目の前にいる樹木型モンスター『ハニーガードナー』近寄っていく。
すると、一定ラインを超えたあたりでハニーガードナー——ガードナーは近づいてくるヒロを捉えようとしているのか、蔓を伸ばした。
「そうだ。よーし、こっちにこい! んで、これでもくらっとけ!」
近寄ったヒロにガードナーが蔓を伸ばすが、ヒロは粉状の除草剤を撒き散らし、ガードナーの蔓がそこに突っ込んでいった。
除草剤をまともに浴びた蔓はのたうち回り、その蔓を伸ばしている本体も悶えるようにうねっている。
除草剤なんてもんを本体の近くで使うと蜜にも影響が出るんだが、これだけ距離が離れてれば問題ない。
蔓の大元である樹も悶えているが、実の所本体には影響は出ていない。ただ蔓に出た影響で苦しんでるだけ。
人間が怪我して苦しむのと一緒だ。指先を怪我したところで心臓に問題があるかっていうと、そんなことはない。それと同じ。
「ヤス!」
「おうよ!」
その隙にヤスが近寄っていき、身の丈ほどとまではいかないが、それなりに大きさのある両手剣を振り下ろして蔓を切り落とした。
除草剤で苦しみながらも、ガードナーは抵抗するためにヤスを攻撃しようと蔓を伸ばした。
が、そこでケイの攻撃が突き刺さる。
ケイは治癒師だが、三級相応の魔力量の低さからそう何度も回復させることはできない。
だが、数回程度の回復しかできないと足手纏いになるので、弓を使って援護を行う戦い方をしている。
今のもそれだ。
魔法の込められた矢を使って、ガードナーの本体に攻撃を喰らわせた。
そして隙のできているうちにヒロとヤスが伸びている蔓を切り落とし、ガードナーの意識がそっちに向かったらケイが動きを止め、それでも止まらなかったらヒロが囮になってヤスがのびた蔓を切り落とす。
で、というと、俺はヒロがいったように遊撃だ。
蔓の量が多かったらその切断を手伝いに行って、ケイの攻撃を無視してヤスを狙うようなら本体の攻撃に参加したりヒロの代わりに囮を務めたり、そんな感じだ。
これを何度も繰り返す。
すると、蔓を切り落とされても再生していたガードナーだが、次第に再生の速度が遅くなっていった。
そしてついにはガードナーの操る蔓の数が残り二本まで減他にもかかわらず蔓が再生されることはなくなり、動きに精彩さがなくなってきた。
最初はパアンッといい感じの音を出す鞭みたいに鋭い動きをしてたんだが、今はヘロヘロ、ペシンって感じの動きだ。
「よーし、あとは回収作業入るぞ。準備しとけー」
「「「うーい」」」
そんな気の抜けた返事だが、油断をしているわけではない。
後方に控えていた俺とケイが前衛に上がる。
本来光栄であるはずのケイがこんなに前に出ることなんてほとんどないんだが、こいつの場合は別だ。
何せ回収するべき蜜はあの蔓の根本にあるんだから。
だから誰かが引きつけて、その間に別の誰かが蜜を採取に行く。
それがランダムシロップの採取の仕方だ。
そして今回攻撃を引きつける役は、元から囮をやっていたヒロと俺。
俺たち二人で、もう二本しか残っていないガードナーの蔓を引きつけ、その間にヤスとケイが池のように溜まった樹液——ランダムシロップを回収していく。
「終わったぞ!」
「おし、ラスト!」
その言葉を受けて、俺とヒロはそれぞれが担当していた蔓を攻撃し、切り落とした。
残っていた最後の蔓が切り落とされると、ハニーガードナーは何かを絞り出すように体を振るわせてから蔓を再生させていく。
が、樹は再生の途中で急激に萎れていき、最後には自らの生み出した樹液の池へと倒れた。
「ふい〜。疲れた〜」
「やっぱ久しぶりだとズレがあんな」
「それ、歳の影響もあんだろ。もう四十になるんだぜ、俺ら」
「つか俺、もう四十超えてっけどな」
ランダムシロップを採取してからガードナーを倒した俺たちは、採取した小さな容器を手にして少し離れた場所で待っていた宮野達の元へと軽く言葉を交わしながら戻っていった。
「ざっとこんなもんだ。あれがガードナーの倒し方——てか、シロップの回収の仕方だ。蔓を切り落として弱らせて、それから回収する」
「す、すごいですね」
ケイの持っている蜜を指差しながら説明したのだが、宮野達四人は驚いたようにヒロ達を見ていた。
「そうかい? まあそう言ってもらえたなら頑張った甲斐があるってもんだな」
自分の娘ほどの女の子に褒められたからか、ヒロ達は少し照れたように笑っている。
「蔓を全部切り落とさなかったの、なんで?」
「あいつな、蔓を全部落とされると、自滅するんだ」
「自滅?」
「ああ。無理に蔓を再生させようとして力を使い果たして、枯れる」
「あれ?」
安倍は倒れたガードナーを指を刺しながら問うてきたが、それだ。
「ああ、あれだ。で、枯れるとああやって池に倒れ込んで、そこを中心としてなぜか急激に味が落ちる。だから蔓が再生しなくなったあたりで何本か残して回収するんだ」
「そうなんですか……」
宮野達は、ふむふむ、とでも言いそうな様子で頷いているが、敵のことを調べたのに俺たちの行動の理由がわからないのは、情報に書いてないからだろう。
冒険者の公式の情報サイトには、あの樹は蔓で攻撃し、切り落としても再生する能力があることは書かれている。
が、そこまでだ。それ以上のことは書かれていない。
なんでかって言ったら、それ以上は倒すのには必要ない情報だからだ。
別に全部蔓を切った結果採取できる蜜の味が落ちたところで、冒険者の命には関係ないからな。倒すのに必要な情報は載せてあるんだから、それで冒険者が死んだ場合は対策か訓練が足りなかっただけのことだ。
もっとも、組合としては安全第一を考えて全ての情報を公開したいのだろうが、そんなことをしたらその場所で稼いでいる冒険者の飯の種を奪うことになってしまう。
そんなことになったら、誰も真剣に新しいゲートの開拓をしようとしない。
だって、自分たちが命をかけて必死こいて集めた情報も、後続は楽々手に入れて自分たちの稼ぎ場を荒らしてしまうんだから。
それなら頑張って冒険者をやらずとも、『お勤め』が終わったら普通に仕事をしたほうが安全だし、冒険者よりも稼げる場合がある。
だがそれで冒険者が減ってしまっては困る。
なので、妥協点として敵を倒すのに必要な情報だけを載せ、他の小ネタや裏技の類は記載しないことになっているのだ。
一応人に聞いたり、会員制の情報サイトを使えば調べられるんだが、こいつらはそこまではやっていないで表面的な情報だけのようだ。
「参考になったかな?」
「はい!」
「じゃあ次はお前らの番だ。適当に作戦考えろ。今回は練習だから小瓶に四杯分回収したらそれでおしまいだが、実際にお前達だけで蜜を採取しに来たと思って行動してみろ」
今回は護衛役としてヒロ達もいるし、俺も教導官としてここにいるが、学生でなくなればこいつらだけでこなくてはならない。
その時のことを考えると、自分たちだけの状況で戦いながらの採取ってのを体験しておいたほうがいいだろう。
ヒロの言葉に元気に頷いた宮野にそう言って俺は後ろに下がろうと歩き出した。
「ちょっと、やれっていっても、あたし武器ないんだけど?」
が、そこで浅田に腕を掴まれて止められた。
「あ……」
そういや、こいつに武器置いてこさせたんだった。
基本的に浅田には荷物持ちとして行動してもらうから、大きくて邪魔なだけの武器なんて必要ない。
武器がなくても大丈夫なように護衛としてヒロ達を呼んだわけだしな。
だが、一応最初の一回くらいは流れの確認って意味を込めて戦ってもらったほうがいいだろうと思ったんだけど……しくったな。
どうする、俺が浅田の代わりに入って戦うか?
でもそれだとなぁ。できないことはないだろうけど意味ないっていうか……うーん。
……いや、こいつなら武器がなくてもなんとかなるだろ。多分。何せただの拳で鉄塊を歪ませることができるくらいだし。死ぬことはないはずだ。
「あー、あれだ。それも含めて考えろ。……走り回って石投げるでも、近寄ってきた蔓を殴りつけるとか引っ張るとか、なんか色々あるから好きなようにやれ」
「ねえ、今の「あ……」って何? もしかして忘れてたとか言わないでしょうね? ねえちょっと? こっち見なさいよ」
弁明しながら視線を逸らしたんだが、まあ当然ながら誤魔化し切ることはできなかった。
浅田は俺のことを掴んでいる腕に力を込めて自分の方を向かせると、その顔を下から覗き込むようにして睨んできた。
……なんか、チンピラに絡まれてる感じがするなぁ。
チンピラってか不良か? どっちも変わんないような気もするし、そもそもどっちにも実際に絡まれたことないけど。
だがそれでも話していても状況は変わらないと判断したのだろう、不満げな顔をしながらも浅田は宮野達のところへと戻っていき、ハニーガードナーに挑むための作戦会議をし始めた。
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