第73話試験の日

 

 ──◆◇◆◇──


「はぁ……気が重い」


 浅田たちと別れてから大体一週間経った今日、俺は学校に来ていた。


 正直行きたくないが、教導官としていかないのはまずいし、試験の日には行くって言っちまったし仕方がない。


 ……仕方ないのだが、俺は学校の敷地内に入ることはなく、その門の前で立ち往生している。


 今だって割と時間ギリギリに来てるんだから、早く行かねえとなんだがな……。


「なんであんなこと言っちまったんだろうなぁ……」


 思い出すのはいつらと別れた時のこと。

 今更あいつらみたいな子供に言われた程度だってのに、大人気なく突っかかってあいつらのチームにヒビを入れるようなことを言っちまった。


 そのことが情けなくて仕方がない。


「謝るしかない、か」


 その後ヒロと小春さんに相談に乗ってもらったとはいえ、まだ俺の中で過去に対する決別はできていない。


 まあそれでも幾分かは前に進もうって気にはなれたし、改めてしっかりと考えることができたから全くの無意味ではないと思うんだが……


「……はぁ。ガキじゃあるまいし、なにビビってんだよ」


 そう呟いてから自分の情けなさに対して軽く舌打ちをして、俺は校門を潜って浅田達がいるであろう場所へと向かった。


 ——のだが……


「ん、来た」

「え? あ、伊上さん、おはようございます」


 いつも何かを話すときに集まる場所にしていた食堂の一角に向かうと、安倍が俺の接近に気がつき、宮野が振り返って挨拶をしてきた。


 そして宮野に続いて安倍と北原も挨拶をしてきたのだが、浅田だけは俺を見ないで視線を逸らしている。


 が、それだけだ。浅田が視線を逸らしている以外には何も言われないし、何も変わらない。いつも通りの状態だった。


 ……もっと何か言われると思ったんだがな。


「ん……あ、あー……おはよう」

「今日はよろしくお願いしますね」

「ああ……」


 俺を待っていたのか、宮野達は俺に挨拶をすると、少し会話をしてから席を立って歩き出した。


「なあお前ら……」


 その背を見た俺は謝らないといけねえと思って浅田達に声をかけた。


 その声に反応して宮野達は俺の方を振り返ったんだが、俺の声はなぜかそこで止まってしまった。


 だが、言わなければ、と無理やり口を動かして俺は宮野達に謝罪をする。


「この間は悪かったな。あんなことで空気悪くして」


 チッ……ああくそ。

 年下の女の子に謝るってだけなのに、こんなに怖いなんて思うなんてよ……全く、情けねえな。


「それはあたしも同じ。この間はごめん。勝手に踏み込んであんたに嫌な思いさせた」


 そんな俺の情けない謝罪に答えたのは、リーダーである宮野ではなく、今まで俺とは視線を合わせようともしなかった浅田だった。


 その声には後悔が滲んでおり、同時になんらかの覚悟を感じさせるものに思えた。


「そのことについては深く追及しないし、あたしはあんたに何があったのか聞かない。でも——」


 浅田はそう言いながら俺へと近寄ってきて、俺の胸ぐらを掴んで軽く引き寄せた。


「覚悟しときなさい! 今は試験があるから何にも言わないであげるけど、終わったらあんたには言いたいことがあるんだから!」


 その宣言を終えると、浅田は俺の服から手を離し、プイッと背を向けて歩き出した。


「そういうわけですから、〝よろしくお願いします〟ね?」


 そんな、どこか風格というか自信を感じさせる背を見せながら、宮野達は歩き出し、俺はなんだかよく分からず僅かに混乱しながらもその後をついていった。





 そしてこれから試験を行なうために、俺たちはそれなりに広さのある訓練場へとやってきた。

 この訓練場は前に浅田に勝負をふっかけられた時に使ったのとは違って何もない。

 が、広さだけはある建物だ。


 そこにはすでに何組ものチームが集まっていて、他のチームは試験前に打ち合わせなのか教導官と話をしているのだが、俺はチームから少し離れた場所で立っているだけだった。


「ねえ、佳奈」

「ん? なーに?」

「あんたんところの教導官、本当に大丈夫なの? この間のモンスターとの戦いの時だって、戦ってはいたけどしょぼい攻撃ばっかだったし、ほとんど指示出してるだけだったじゃん」


 そんな俺のことが気になったのか、浅田の友人であろう他のチームの女子が軽く俺へと視線を向けながら浅田に話しかけている。


「へーきへーき。あれでも、やるときはやるんだから」

「ふーん? ……でも、なんか不満そうってか、不機嫌そうな感じなんだけど、ダンジョン内での仲違いはやばいよ?」


 確かに難しい顔をしているかもしれないが、これは不機嫌そうってか、悩んでるだけだ。


「それもへーき。……そんなことよりさぁ、あんたんとこはどうなの?」

「うち? んー、まあ正直微妙かなあ……一級だし弱くないんだけどぉ……ああほら、あれよ。いい選手がいいコーチであるとは限らない、ってやつ」

「あー。ま、どこもそれぞれ大変ってことか」

「みたいね」


 そんなふうに話を聞いているうちに試験が始まり、教師陣と生徒達がどんどん戦っていく。

 そして、ついには俺たちの番となった。


「さ、次は私たちの番よ。私たちの『今』、しっかりと見せつけましょ」


 そう言って宮野は俺の方を見たが、その「見せつける」というのは俺にも力を示せと言っているのか、それとも俺に力を示すと言っているのかは分からなかった。


 だがまあ、どちらであったとしても、今は戦うだけだな。


「それでは、これより試験を始めます」


 そして俺たちはつい今し方まで戦っていたチームと交代して教師チームの前に立ち、試合が始まる——その瞬間、異変が起きた。


「……っ! 宮野!」

「——ッ!?」


 審判を勤めている教師の合図が行われる〝前〟に、周りで見学兼万が一の保険として待機していた一年のクラスを担当している教師達の一人から殺意が発せられたのだ。


「——始め!」


 だが、俺の叫びを聞いても事情がわかっていない審判はなんの対処をすることもなく、また、目の前にいる教師陣も気づいていない。


 そして、攻撃は行われた。

 敵意を放ったであろう教師の一人が、不可視の攻撃——おそらくは空気を圧縮した風系統の魔法を宮野へと放ったのだ。

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