第72話『勇者』の過去

 

「みんなが笑ってくれるから、喜んでくれるから私は特級として振る舞ってたけど、本当はこんな力欲しくなかったの」


 高校に入ってからの付き合いしかなかったが、それでも瑞樹がそんなことを思っていたなんて佳奈は今まで考えすらしなかった。

 だって、瑞樹は今まで笑っていたから。


「私は生まれた時から特級として生まれたけど、両親の反応も親戚の態度も、なんだかおかしかったの。それがわかったのはそれなりに大きくなってからだけど、なんだか、私の両親は私に対する態度が変だなって、周りの友達の家族を見てて思ったんだ。そして、友達と遊んでて一度だけ怪我をさせちゃったことがあるんだけど、それで気がついたの」


 そこまで言うと、瑞樹はわずかに躊躇い口を閉じる。


 が、すぐに再び口を開いて話し始めた。


「両親は……ううん、両親だけじゃなくて、親戚も友達だと思ってた子達もその親も、小学校の先生だって、私の周りの人は誰一人として私のことを同じ人間だとは思ってなかったんだって」


 ゲートが地球に現れて覚醒者と言う存在が知られたとはいえ、それでも大半は力のない一般人だ。


 その中で、ライオンすら片手で殺せるような者がいたら、どう思う?

 極端に感情が爆発すると雷を撒き散らす子供がいたら、どう思う?


 実際には瑞樹は子供だったこともありそのようなことはできなかったが、それに近しいことはできた。


 そして、一度その力が振るわれてしまえばもう終わりだ。周りの人間からの認識など、危険人物として固定されてしまう。


 危険人物。だがそれは優しく包んだ言い方だ。周囲の者たちの感情を正しく表すのなら——


「この間ニーナさんにあったでしょ? あそこの人たちはニーナさんを化け物って呼んでたけど、私もそうだったの。私も化け物だった」


 ——化け物。その一言に尽きる。


「違う! あんたは化け物なんかじゃない!」

「ありがとう。私も、そう思ってるわ。でもね、周りはそうは思ってくれない。覚醒者以外からしたら、覚醒者なんてモンスターと変わりないのよ。そして……」


 瑞樹はそこまで言うとそれまで伏せていた顔を持ち上げて、悲しげに佳奈を見つめて言った。


「……それは特級とそれ以外でも同じこと。一級以下の冒険者からすれば、特級なんて化け物と変わらない」

「違うっ!」


 佳奈の力強い否定に、瑞樹は笑うが、その笑みはいつもよりも力ないものになっている。


「それでも、みんなに嫌われないように頑張ろうって思ってたんだけど……その『力み』か何かが伊上さんにはわかったみたいね」


 そう言うと瑞樹はベンチの背もたれに体を預け、空へと視線を向けた。


「佳奈」


 そして、瑞樹は何度か深呼吸をしてから震える手をぎゅっと握りしめ、覚悟を決めたような表情で佳奈のことを正面から見つめ、口を開いた。


「ねえ——」


 だがその言葉は最後まで紡がれることはなかった。

 佳奈によって遮られたからだ。


「瑞樹がなにを言おうとしてるのか、なんとなく予想はつくけど……あたしはあんたがなにを言ったとしても、あんたが周りから化け物だって言われても、あんたがあたし達から離れていったとしても、あたしの態度は変わんない。変えてやんない。だから、つまんないことは言わないでよね。あたし達、友達じゃないの?」


 佳奈は先ほどまでの自分の不甲斐なさに対する悔しさや情けなさとも、友人に対する焦りとも違い、明確に怒っている声と表情で瑞樹を見つめている。


「……ふふ、おかしいの。なんで慰めにきたのに慰められてるのかしら?」


 そんな佳奈の様子を目を丸くしながらパチパチと数度ほど瞬きをすると、泣きそうな様子を混ぜて笑った。

 だが、泣きそうとは言っても、それは悲しいからではない。むしろ逆。嬉しかったからだ。


 ——怖かった。


 今仲間達が自分と仲良くしてくれているのは、『特級』という存在の異常について理解していないからであって、自分が話してそのことに気づかれてしまえば、仲間達は自分のことを拒絶するんじゃないか。


 離れて行かなかったとしても、その態度を変えるんじゃないか——過去にいた友人だと思っていた人たちのように。


 瑞樹はそう考えていた。


 もちろんそうであってほしくないとは思っていたが、すでに一度起こっているのだ。もう一度そうならないとはどうしても信じきれなかった。


 だからこそ、瑞樹は『良い子』でいた。みんなのまとめ役として、苦しくても辛くても立ち上がり、前に進み続ける。そんな『勇者』が出来上がった。


 そんな瑞樹の迷いを、目の前にいる少女が……友人が否定してくれた。


 本人は深く考えたわけではない。

 明確な証拠や根拠などないただの言葉。ただ思ったことを口にしただけの、ともすればその場しのぎとも取れるもの。


 故に、もしかしたらもう一度瑞樹の想いは裏切られるかもしれない。


 だが、瑞樹は自分の想いが裏切られるなどかけらも考えることなく、それはありえないと、その言葉に込められた想いは真実なのだと、頭ではなく心で理解することができた。


「あーもうっ、馬鹿らしい! 確かに今回はあたしが悪かった。それは認める! けど、そんなので悩んでるなんて、らしくないじゃん。あたしの特技はなに? ぶつかって全部ぶっ壊すことでしょ! あいつの過去なんて知ったことか!」


 それは考えないから故。ありのままでぶつかるからこその結果。


 本人が聞けば憤慨するだろうが、浩介の言った「能天気で考えなしに過ごしている」と言う言葉は、まさしく浅田佳奈という少女に相応しい言葉だ。


 能天気だからこそ、相手の事情なんて知ったことかと、ありのままでぶつかっていける。

 考えなしだからこそ、ぶつかった相手の手を迷うことなく全力で引いていける。


 覚醒者としての強さの判定は変わらないが、その本質、在り方としては、もしかしたら宮野瑞樹よりも浅田佳奈の方が『勇者』に近いのかもしれない。


 最後には誰も彼もを強引に笑顔にしてしまう、そんな勇者に——。


「聞かれたくないってんなら聞かないけど、それとこれとは別。聞かない。けど、その上であいつの道を塞いでる壁をぶっ壊してやるんだから!」

「そうね。なら、私もやるわ。一緒に壊しましょうか」


 佳奈の意気込みを聞いた瑞樹はベンチから立ち上がると、佳奈へと手を差し出した。


「でも、やり過ぎには注意してね? 大胆に、かつ慎重に、よ」


 そう言って笑った瑞樹と笑みを返した佳奈の手が重なり、固く握りしめられた。


 ──◆◇◆◇──


 翌日。瑞樹と佳奈はいつも通りに学校に来ており、柚子と晴華も集まっていたが、そこには浩介の姿はなかった。


 今までならたとえ授業がない日であっても訓練と称した悪戯のために一緒にいたのだが、今日はその姿がない。


 五人いたその輪の中で、一箇所だけ空いたそこがやけに寂しいと感じた四人だが、そのことには誰も触れずに話をしていた。


「事情は把握した」

「うん。私も、協力するよ」


 昨夜の、落ち着いて思い返してみれば恥ずかしくなってくるような青春真っ只中な言動をした佳奈は、瑞樹と話した結論を二人にも話した。


「それと、これからもよろしく」

「私も、よろしくね」


 そして、瑞樹は自身の抱えていた不安を二人にも打ち明けたのだが、佳奈の時と同じように、晴華も柚子も迷うことなく手を差し出した。


「ありがと、晴華、柚子」


 そうして話はまとまり、四人は浩介を説得して今学年までという約束の日を過ぎてもチームに残ってもらおうと決意した。


「ただ、まずは明後日からの試験を頑張らないとね。和解できても、成績が下がってたら伊上さんの負担になるかもしれないもの」


 瑞樹の言葉に他の三人は目標を定めると、しっかりと頷いた。


「絶対にこのまま終わらせてなんてやらない! そんで、あいつをこのチームに残してやるんだから!」


 現在佳奈達がいるのは学校の敷地内であるために、当然ながらその声は周囲にも聞こえていたのだが、佳奈はそんなことを気にすることなく……というよりも気づくことなく覚悟を決めていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る