第71話瑞樹:公園での話し
——宮野 瑞樹——
浩介が一人でバス停を離れていった後、その場に取り残された瑞樹たち四人は無言のままその場に佇んでいた。
「………………ねえ。あたし、その……ごめん」
それから三分ほど経っただろうか。徐に佳奈が口を開いた。
「なんか、変な空気になっちゃったね」
「ううん。よく考えてなかった私たちにも責任があ——」
「ごめん。このままあたしが一緒だとアレだし……じゃあねっ!」
「あ、佳奈!」
佳奈は瑞樹達の話を聞くことなく言うことだけ言うと走り出し、チームの仲間達から離れていった。
「二人とも、今日は解散して! 私は佳奈を追うわ!」
「瑞樹ちゃん! 私たちも——」
「ダメ!」
柚子が追従しようとした所で瑞樹は怒鳴り、その言葉を遮る。
そして、その時バスが到着し、瑞樹はハッと気を取り直して言葉を続けた。
「ダメなの。お願い、佳奈と話す時、あまり人に聴かれたくない話をするから、だからお願い」
「ん、わかった」
「晴華ちゃん」
文句がありそうな柚子の手を引いて、晴華はバスの中へと進んでいった。
だが、そのままバスの中へと消えることはなく、最後に瑞樹へと振り返り、口を開いた。
「ただし、終わって話せるようになったら報告して」
「ええ、もちろん」
そうして晴華は瑞樹と頷き合うと、今度こそバスの中へと消えていき、瑞樹は冒険者としての力を存分に発揮して佳奈を追いかけるべく走り出した。
「佳奈」
瑞樹がたどり着いたそこは何もない公園だった。
遊具もなく草も生えっぱなしになっているそこは、むしろ空き地と呼ぶべきかもしれないが、ベンチが置かれ自動販売機もあるのできっと公園なのだろう。
「瑞樹……よくここがわかったじゃん」
「わかったっていうか、伊上さんに教えてもらった気配の察知の応用ね。なんとなくこっちにいるんじゃないかーって」
「そっか」
「……」
「……」
沈黙。普段ならもっと話す二人だが、今の二人の会話はたったそれだけだった。
「実は、前々から少し疑問には思ってたのよね」
その沈黙は五分くらいだっただろうか。今までベンチに座っている佳奈の前に立っているだけだった瑞樹は、徐に佳奈の隣に座って話し出した。
「伊上さん、いつも私たちに生き残る方法を重点的に教えてくれるでしょ? それは確かにダンジョンで生き残るには必要なことなのかもしれないけど、なんだか過剰っていうか、誰かが死ぬことを嫌いすぎてる気がしたの」
冒険者がダンジョンで死なないように色々なことを考えて対策をするのはごく当たり前のこと。
だが、浩介のそれは違う。彼の対策は、些か行き過ぎている。
「こう言ったら失礼なことなんだけど……伊上さん、すごく戦い方がうまいし私だって模擬戦をしても勝てないくらいに凄いけど、階級自体は三級なのよ? 魔力の総量も私とはもちろん、晴華や柚子にだって圧倒的に負けてる」
そうだ。その評価は正しい。
浩介は色々と対策をしているし、今まで生き残ってきたが、強者なのかと言われるとそれは違うと誰もが答える。
はっきり言ってしまえば、雑魚。それが数字で見た場合の浩介の評価だ。
だが、佳奈はそんな瑞樹の話を聞いて若干苛立っていた。
今の佳奈は、持ち前のめんどくさい性格からまだはっきりと認められていないながらも、自分の想いをなんとなく自覚していた。
だからこそ、今日浩介に恋人の話を持ち出してしまったのだ。
その結果怒らせてしまった訳だが……だがしかし、そんな状態で好きな人が貶されて黙っていられるか?
——否。
佳奈は、なんで瑞樹はこんなことを言っているんだと不満に思っていた。
それは友達であるとか関係なく、よく考えたわけでもないもの。佳奈のありのままの感情だった。
しかし、浩介に関する評価としては間違ったことを言っていないし、そもそも瑞樹の話はそこで終わらない。
「でも強い。それこそ、特級のモンスターでさえも倒せるくらいにはね。それが普通のことだと思う? どう考えても異常よ」
先ほど浩介を雑魚と評価したが、だというのに彼はもう何度もイレギュラーの中でも最悪と言っていい特級モンスターに遭遇しながらも五体満足で生き残っている。
しかも、その場に居合わせた他の冒険者を救って、だ。
特級の冒険者ですら苦戦するようなモンスターがいつ現れても倒せるようにする。
そんな途方もない常識はずれの対策を、普通はするだろうか?
「現に、口では嫌だ、めんどくさいって言ってるけど、私たちが死なないように手を尽くしてくれるし、他の冒険者だって誰も死なないように助けてるでしょ?」
瑞樹の言葉を聞いて、言われてみれば、と佳奈は思った。
佳奈達がダンジョンに潜っていると、時折他の冒険者に遭遇するが、中には怪我をしているものも多い。
冒険者のゲート内での死はある程度ならば残された者に保険が降りたりするが、ゲートに潜ること自体は自己責任。死んでも事故として処理される。
傷ついている冒険者を助けること。それ自体は認められているし、尊い行ないだ。
——が、推奨はされていない。
何せ、ダンジョンは危険地帯だ。余裕のある場所に潜っていたとしても、足手纏いを抱えたまま行動すれば、助けに入った冒険者も死んでしまうかもしれない。
故にダンジョン内での冒険者同士の助け合いは本当に余裕がある状況でしか行われない。
それ以外だと本当に簡単な、その場でできるようなものだけだ。
だが浩介は毎回と言っていいほど助けている。
文句を言ったりめんどくさがったり、助ければ後で瑞樹達のためになる、などと理由をつけてはいるが、それでもダンジョン内で怪我をしていたり、このままでは出口まで危険かも知れないとなるとその全員を助けているのだ。
しかし、そうなると『なぜ』と言う疑問が出てくる。
なぜ「自分たちさえ生き残れれば良い」などと言っているくせに、毎回危険を冒してまで他の冒険者達を助けているのか。
なぜ伊上浩介という人間は、ダンジョンで誰かが死ぬことを嫌うのか。
「それで……前に話をしたときに、伊上さんの言葉で違和感を覚えたの。伊上さん、『今はもう彼女はいない』って言ってたけど、その言い方なんだかおかしくないかなって。それに、あの時の伊上さんの顔、なんだか別れただけって感じじゃなかった。もっと違う……もっと悲しいことが起こったような、そんな顔」
「冒険中の……ダンジョン内での、事故死……?」
「だと思う。それと、これは私の勝手な考えだけど、伊上さんが誰かの死を嫌うのも、ダンジョンをすごく警戒してるのも、同じ理由なんじゃないかしら。多分だけど、そう大きく外れてることもないと思うわ。だから、それをいまだに引きずってるんじゃないかなって……」
佳奈は瑞樹の話を聞いて愕然とした。
自分はそんな相手に「さっさと忘れろ」なんて言ってしまったのか、と。
だが、言ってしまった言葉はもう元には戻せない。
佳奈は自身の言葉を思い出して力一杯拳を握りしめた。
その手からは血が溢れたが、そんなことは気にしていないでそのまま握り続けている。
「私はそれを分かってたのに、止めなかった。今回のは、私のせいなのよ」
しかし、佳奈だけではなく瑞樹までもが悔いるように唇を噛んでいる。
「違う! あたしがっ! あたしが考えなしに勝手に踏み込んでいったから! だから……あいつにも、晴華にも柚子にも……瑞樹にだっていやな思いをさせて……ほんと、ごめん」
佳奈は大声を出しながらベンチから立ち上がると、力なく肩を落とした後に瑞樹に向かって頭を下げた。
「……私ね、勇者になんてなりたくなかった。それどころか、冒険者にもなりたくなかった。こんな力、目覚めなければよかったって思ったの。それが私の隠していた心の内ってやつよ」
そんな佳奈を見ながら、何を思ったのか瑞樹は浩介に指摘された自身の『知られたくないこと』について口にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます