第67話試験前の日常

 

 ──◆◇◆◇──


 ニーナのところに言ってこいつらを合わせてからすでに何週間も経ち、今は二月の終わり。


 あの後も、宮野達は俺が研究所に行く時に何度かついてきた。


 その際にこいつらのことを紹介したこともあったが、なんというか、反応は芳しくなかった。

 やっぱり、あいつにとっては自分か生き残れるだけの強さがある事が仲良くする条件なんだろう。

 宮野達が話をしても攻撃されないのは、俺の教え子だからってことだと思う。


 宮野達はあいつのことを知ったからか、こいつらは以前よりも訓練をしっかりするようになった。

 いやまあ、以前からしっかりやっていたのだが、なんというか、心構えが変わった感じだ。


「もう試験まで三日かぁ……」

「ん。早い」

「なんだか今回はろくに勉強できた気がしないんだけど……」


 今日もダンジョンでの訓練を終えてゲートから出てくると、いつも通り回収したアイテムの換金をしていたのだが、背後からそんな会話が聞こえた。


 そういやあ、そろそろ期末試験がどうしたとか言ってたっけな。

 テストか……楽しいもんじゃねえが、今になってもう一度受けてみたいとは思うな。

 学生のうちはわからないが、大人になると度々そんなことを思うよな。


 それに、テストそのものは嫌いだったが、テストの前後での友達とのふざけ合いとかは楽しかった記憶がある。


 ……まあ今更そんなことを言っても遅いわけだが。


「しっかりしろよ学生」

「誰のせいだと思ってんの?」

「勉強してない自分のせいだろ?」


 勉強をしてないのを他人のせいにしないでほしいもんだな、まったく。


「あんたのせいだって言ってんの!」


 浅田が若干キレ気味に怒鳴ってきた。

 その理由は……まあ思い当たるけどな。


 授業を邪魔したことはあるし、そう言われても仕方がないだろう。


 だが、俺だってなんの意味もなく勉強の邪魔をしたわけじゃない。しっかりと理由があるのだ。


「でもなんとなくの気配や殺気ってもんが理解できたろ?」

「ええまあ。まだまだ軽い悪意なんかはなんとなくわかりませんけど、明確な殺意はわかるようになりました」


 今日までの間、俺は自身が参加する必要がない授業の日でも学校に共に向かい、そしてこいつらの後ろをついて回った。


 それだけ聞くと完全にストーカーなんだが、違う。俺は決してストーカーなんかじゃないぞ。


 で、まあこいつらの後をつけ回して襲って……違うな。なんか、こうもっと違う言い方……ああ、訓練。訓練に付き合っていたんだ。

 廊下を歩いてるときに頭に小石を投げたり授業中に脇腹に魔法をぶつけたりしてな。


 こいつらが大袈裟な反応をするもんだから途中で少し楽しくなってきたのは秘密だ。誰にも言う気はない。


 ……言って、それがヒロ達に伝わりでもしたらまたそれでいじられるからな。

 というか、女子高生腹を突いて遊んでいたなんて話が広まってみろ、大変っつーかなんつーか……色々とヤバいぞ?


「そこまでわかれば上出来すぎんだろ。才能ないやつなんかだともっと時間かかるぞ」

「……できなきゃ授業中に声を出すことになんじゃない。あれ、すっごく恥ずかしかったんだからね!」


 俺が脇腹に当てた魔法のせいで「ひゃあっ」なんて叫んで立ち上がった時が何度かあったが……どうやらそれが役に立ったらしい。いやーよかったよかった。浅田がこっちを睨んでるが、そんなのは知らない。


「伊上さんは、どれくらいでできるようになったんですか?」

「……さあ? 気づいたらできてた。ま、こういうのは下手に強いより俺みたいな雑魚の方が、弱者の生存本能的に気付きやすいんだろうな」

「ネズミが地震を察知して逃げる、みたいな?」


 宮野の問いに答えた俺だが、それに対する浅田の言葉は悪意のあるものだった。脇腹の件で仕返しか?


「なんか悪意ある喩え方だな。……でもまあ、間違いではないな。お前らやニーナみたいに強いやつは命の危険に晒される時が少ないからな。その分どうしても危険を感じ取りづらい」


 俺なんて基本的にダンジョンは全部命の危険があるから、殺気や悪意を感じ取れなきゃ死んでる。

 これは俺だけじゃなくてヒロ達元チームメンバー達もできることだ。いわば低級には必須の技能だ。


「で? 結局お前らは勉強は平気なのか? 色々と訓練をさせた俺が言うのもなんだが、あまり試験勉強の時間がなかったんじゃないか?」

「大丈夫ですよ。冒険だけではなく、普段から勉強もしてますから」


 宮野はそうだろうな。それから北原と安倍も問題ないだろう。

 だから俺が言っているのは残りの一人についてだ。


「まあ、お前らはそうだろうな。でも浅田はどうなんだ? 勉強は一夜漬けだと山を外すと大変なことになるぞ?」

「はあ? バカにしないでくれる? これでも学年上位なんだから」


 一瞬、俺はこいつが何を言っているのか分からなかった。


「……え?」


 浅田の言葉を聞いてから数度瞬きをしてから、ようやく言葉を発することができたが、発した言葉はたったそれだけだった。


「ちょっと、なによその反応」


 だが、浅田の不機嫌そうなその反応からして事実なんだろう。


「え? まじか?」

「はい。佳奈は平均で言えば三十位程度ですが、たまに一桁に入る時もありますよ」


 俺は浅田を指差しながらも、浅田ではなく宮野に顔を向けて問いかけると、宮野はなんでもないことのように頷いた。まじか……。


「う、うそ、だろ? え? お前が?」

「なに? なんか言いたいことでもあるわけ? 言ってみなさい」


 だが、はっきり言われても納得できなかった俺はついそんな呟きをこぼしてしまったのだが、それを聞いた浅田は一歩こちらに詰め寄って俺を睨みつけてきた。


「いや、お前……頭よかったのか?」

「あんたがあたしのことをどう思ってたか薄々わかってたけど……その反応、ちょっと話し合う必要がありそうだと思うんだけど、あんたはどう思う?」


 確かに俺の言葉は悪かったかもしれないが、ちょっと待ってほしい。


「いやだって、お前自分の普段の態度と戦い方思い出してみろよ。あんな鈍器持って敵に突っ込む奴が、頭いいと思うか? お前の能力的にちょうどいい戦い方だとは思うけど、それでも最初からそう戦ったわけじゃないだろ?」

「……ストレス発散にちょうどよかったのよ」


 俺の言葉を聞いた浅田は不機嫌そうな顔から、どこか拗ねたような表情へと変わり、その視線を俺から逸らした。


 ストレス発散のために鈍器を振り回す、か……。

 まあ、こいつらしいっていやあ、らしいな。


「え、えっと、今回はレポートも問題なくできたから、安心だよね」


 浅田が顔を逸らしたことで微妙な空気になったのを察したのか、北原が俺たちを見ながら話し始めた。

 俺としても話が逸れるのはありがたいので、それに乗ることにした。


「でも、レポートだけじゃ終わんないんだろ? 確か筆記試験の後に戦闘試験もあるとか……。またランキング戦みたいなことをすんのか?」

「いえ、流石にそんな大掛かりなことはしません。教師チームとの対戦ですね。生徒間の戦いだと、上手く強さが測れませんから」


 まあ、トーナメント形式にして強いやつと強い奴が当たったら、単純な順位じゃ決められないか。


「ついでに、その試験はあんたも出ることになってるから」

「は? ……ああ、チーム戦か。いや、でもそれ学生の試験だろ?」


 一瞬俺が個人的にテストを受けるのかと思ったが、すぐにチームでの戦いなんだと理解した。


「協力者の確保と選定眼」


 安倍の言葉は相変わらず短いが、なにを言いたいのかなんとなくは分かる。

 卒業後に冒険者としてやっていくのなら、不足の事態に協力者を集める必要があるときもある。

 その時にしっかりできるかの確認なんだろう。


「あー……まあ、なんとなく言いたいことは分かるが……というか、今までなかったじゃないか」

「一年間のまとめとして、ですね。基本的に教導官の能力は学校の管轄外なので、毎回試験のたびに確認することはないんです」


 今までも何度かテストはあったが、俺は呼ばれたりなんかしなかった。

 でもまあ、学校からしてみれば教導官の成績なんてどうでもいいか。


「そんなわけで、あんた試験の最終日は空けときなさいよ」


 そうして俺の試験参加は決まり、一旦そこで話が途切れると俺たちは今いるゲートの管理所から帰りのバスに乗るべく歩き出した。

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