第62話……なんでお前らがいんの?


こんなこと、誰も望んでいないだろう。

俺たちを監視しているはずの研究所の奴らや、その映像を見ているであろうやつら。そして、ニーナ自身でさえも俺がこんなことを言うなんて思っていなかったはずだ。


だがそれでも俺は言葉を止めない。こいつに、『今のままの普通』でいてほしくないから。


「……お前は力を持っているが、それにふさわしい常識と理性がない。正直なところ、人の世界で暮らせるとは思えない。それどころか、この世界そのものからの異物だ。お前はいない方がいい」

「……」


ニーナは俺を攻撃することなく黙っているが、その感情の動きはニーナの魔力が揺らいでいることからわかる。


「だが、それでもお前はここにいたいんだろ? 人とは違うのは理解している。自分が外れた存在であることはわかってる。だがそれでも自分もここにいたい。そう願ったんだろ?」

「……はい」

「なら、俺はその願いを否定しない。お前の境遇は知ってる。お前がそう願っていることも知っている。ただし、人の世界で生きたいと願うのなら……俺のそばにいたいと思ってくれるのなら、人の世界で生きる常識と理性を身につけろ。嫌なことがあったからって簡単に力を使って誰彼構わずに消そうとするやつのそばに、俺は居たくない」


簡単に言えば、こいつは子供なんだ。年齢的なのもそうだが、その内面があまりにも幼過ぎる。


それはこいつが今まで過ごしてきた境遇故なのだろうが、これからはそのままじゃいけない。


「力を使うのなら、誰かの助けになることに使え。誰かを助けるために力を振るうのなら、それは誰に咎められるでもない『良い事』だからな」

「……申し訳、ありませんでした」


俺が話し終えると、ニーナは説教されたことがそれほどまでに悲しかったのか、ポロポロと涙をこぼしながら謝罪の言葉を口にした。


俺を感情のままに攻撃するのではなく、こうして謝ることができるんだからやっぱりこいつは『どうしようもないやつ』ではない。

これまでの環境が悪かっただけなんだ。これからの状況次第でどうとでも変わることができる。


「あー、泣くなって。せっかくこうして遊びに来たんだ。最後まで楽しんでけよ。お前はこういう生活を望んでたんだろ?」


そのためにはまあ、俺も苦労することになるだろうが、こいつを放っておくよりはマシだろう。


「それに、お前は元が綺麗なんだから、笑ってる方がもっと綺麗だぞ」

「あ——」


そう言って俺はハンカチを取り出すとニーナの目元に優しく当てて拭い、それをしまうと今度はニーナへと手を差し出した。


「もう時間になるが、最後になんか甘いもんでも買って帰るとするか。せっかくの思い出の最後かこんなんじゃ、勿体無いだろ?」

「……はい!」


ニーナは俺が差し出した手に自分の手を重ねると、まだ涙は残っているもののパッと笑顔になった。


「ここでいいか」


そして俺たちは迎えの車との待ち合わせ場所に向かって歩き出し、その途中にあった個人の洋菓子店には入りっていった。


「お前は何にする?」

「わ、わたくしは……」


前回の外出の時もそうだったが、何を買えばいいのかわからないのか、ニーナはただ視線を迷わせているだけで何も言わない。


「すみません。これとこれ、それから——」


迷っているニーナに視線を向けると、俺は店員を呼んで適当に頼んだ。


「……さっきも言ったが、お前はもっと理性を大事にしろ。それから、嫌いなものだけじゃなくて好きなものを作れ。あれが食べたい、これをしたい、ってな。そうすれば、世界はもっと楽しくなるぞ」


そうして代金を払って外に出ようとした俺たちだが……


「っ! 嘘だろ!? こんな時に!」

「ゲート?」


その瞬間、ゲートが発生した気配を感じ取った。


反応を感じ取ってはいるものの、自分にとってはなんら危険はないニーナはキョトンとしているが、俺は慌てながら代金を払い「釣りはいらん!」と叫びながらニーナの手を引いて外に出た。


くそっ、「釣りはいらない」なんてセリフはもっと違う時にかっこよく言いたかったよ!


店の外に出るとやっぱりゲートが発生しており、俺は一瞬どうするものかと悩んだが今はニーナがいるのを思い出して佐伯さんに電話をして指示を仰ぐことにした。


「佐伯さん!」

『ああ、状況はわかってる! 君はそっちに注意をしてくれ』

「合流場所は南の3でいいですか?」

『そうだ。すでにそっちに——』


そうして話をしている間にもゲートから魔物が外に出てきた。しかも、よりにもよって飛行型だった。


「わたし達が楽しんでいるこの時を、楽しんだ街を汚そうとするとは……邪魔で——」


このままではまずいと思いながらも電話をしていると、すぐ隣にいたニーナから魔力が高まるのを感じ、また目の前の人や街ごとゲートとモンスターを攻撃するんじゃないだろうか、と思い慌てて手を伸ばすが……


「あの、少々失礼します」

「え? お、あ、ちょおっ!」


俺の手はニーナに触れることなく空振った。


そして、ニーナは空へと跳び上がると、その手から白い炎を空中へと撒き散らし空のモンスターたちを一掃し、そのままゲートの中へと入っていった。


「ニーナ……?」


止める間もなくゲートの中に入っていったニーナだが、俺が驚いたのはそこではない。


あいつは突然現れたゲートとモンスターのせいで苛立っていた。それは俺が止めようとした時の様子を見ても明らかだった。


だと言うのに、あいつは今〝白い炎〟を使ったのだ。それも、わざわざ跳び上がって周囲に被害が出ないように、だ。


ニーナの炎はどう言うわけか感情によって色と性質が変わる。


黒い炎は、炎に触れたものを焼き尽くすか、ニーナ自身が止めない限り消えない。


白い炎は黒のような性質はないが、触れたもの全てを跡形もなく燃やす純粋な超火力。


どちらも凶悪なものだが、その性質、そして炎を使うときの感情は全く違う。

黒は負の感情を込めた時にできる炎だ。今回も突然の邪魔に負の感情を抱いていたから黒でもおかしくなかった。と言うより、黒の方のはずだった。


だがニーナが使ったのは白い炎。


それの意味するところはを考えると、あいつは……


『伊上君!? どうしたんだ!?』

「あ——すみません、状況は!?」


と、その先を考えようとしたところで佐伯さんの声が電話から聞こえ、俺はハッと意識を通話先の佐伯さんへと戻した。


多分向こうでもニーナが飛んで行ったのは確認してるだろうし、今から俺にできることはない。

なので俺は余計な説明なんてせずに佐伯さん達の確認している状況の説明を求めた。


「どう——あ」


どうすればいいのか、そう聞こうとした瞬間にゲートから黒い炎が溢れ、だがそれはこちら側のものを何も燃やすことなくすぐに消えた。


そして、黒い炎が消えた代わりに、ゲートからは飛び込んでいったニーナが入った時と同じように跳んで出てきた。


「……出てきました」

『しゅ、周囲の被害は!?』

「ない、です。多少黒が漏れてきましたけど、こちらへの被害は何もありません」

『……』


ニーナが力を使ったのに周囲に被害がないことが信じられないのだろう。佐伯さんは何も言わず黙り込んでしまった。


俺の言葉だけでは信じられなくても、俺たちを監視しているものたちからの映像もあるはずだから信じるしかないだろう。


「終わりました。もうしばらくすればゲートも閉じるはずです」


それなりに難度の高そうなゲートだったはずだが、それを壊したにも関わらずニーナは何事もなかったかのように俺から少し離れた場所に優雅に着地し、こちらに歩いてきている。


「あ、ああ、お疲れ様」

「いえ、これしきのこと、どうと言うこともありません」


そう言って微笑を浮かべているニーナだが、一瞬のちに僅かに不安そうな表情をして口を開いた。


「……あの」

「ん? どうした?」

「……わ、わたしは、言われたようにできたでしょうか?」


その言葉を聞いた瞬間、俺はわかりやすく目を開いて驚いてしまった。


だが、それは仕方のないことだろう。多分それは俺以外にも、研究所の奴らが聞いても同じように驚くはずだ。


「——ははっ」


そう思ったからこそ、俺はつい笑いをこぼしてしまった。


「だ、だめでしたか!?」

「いや。いいや違うさ。ああ、違う——よくやったな」


否定されたと思ったのか若干涙目になったニーナの言葉に俺は首を振って答えると、今度はその頭の上に手を乗せて親が子にするように優しく撫でた。


……ちゃんと、言葉は届いてたんだな。


「行くぞ——どうした?」


そのことに満足した俺は待ち合わせ場所に行こうとしたのだが、何故かニーナがついてこなかった。


「先ほどからこちらを見ている者がいたものでして」

「見てるやつ? 研究所の職員じゃなくてか?」

「はい。あちらの方々です」


まあ、空から落ちてきたようにも見える感じでニーナが現れたんだから、見ているのはそうおかしなことでもないか。

ゲートのあれこれがあった直後なんだから尚更だな。


そんなことを思いながらニーナが指さした方を見ていると……


「………………おぅ」


その先にはなぜかよく見知った少女の顔が4つ見えた。

つまりは、今のチームメンバーたちだ。

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