第23話瑞樹:遭遇と勝負

 

「宮野さん、おはようございます」


 だが、そんなふうに呟いた瑞樹に話しかける者がいたために、そんな思考はハッと切り替わり、瑞樹は話しかけてきた者へと意識を向けた。


「……天智さん? どうしてここに?」

「生徒会の活動の一環として見回りをしているのですが、廊下で大きな声が聞こえたものですから。あまりはしゃぎすぎないように、と。夏休みといえど、全員が帰省しているわけではないのですから」

「……そうね。少々気が緩んでいたようです。ごめんなさい」


 普段ならもう少し愛想のいい瑞樹だが、それ以上の話はなく、二人の会話はそこで途切れてしまった。


「……ところで、以前にもしたお話、もう一度考えてもらえたかしら?」

「あの話は受けるつもりはないと、そう伝えたはずだったと思いますが?」

「ええ。ですがあなたの特級の才能はもっと上手く使うべきです。ですからもう一度考えて、と申し上げたのです。良い環境で鍛え、良い装備を纏い、良い仲間と共にダンジョンを攻略する。それがこの国のため。そして、あなた自身のためになるとは思いませんか?」


 それがこの少女、天智飛鳥の持ちかけた話だ。つまるところ、チームを移籍しろと、そういうことだった。


 瑞樹はそれを断っているのだが、それでも今に至るまで何度も誘われていた。


 確かにその考え方自体は瑞樹にも分かっている。単独でゲートを破壊できるような実力者になりうる特級がチームを組んで活動したのなら、それはより安全に、より速く、より多くのダンジョンを潰すことができるのだと。


「……確かにそうかもしれませんね。私たちでは良い装備なんて揃えられないもの」

「そうでしょう? ですから……」

「けれど、良い仲間と共にダンジョンを攻略するというのなら、私は今のメンバーたちのままでいいと……いえ、今のメンバーたちが最高だと思っているわ。だから、ごめんなさい。何度言われたとしても、私はこのチームを抜けてあなたのところへ行く気はないわ」


 だがそれでも瑞樹はそれを『良し』とはしない。

 天智飛鳥の考えを否定するつもりはないが、自分は今のチームこそが自分が最高のパフォーマンスを発揮できるチームだと思っているから。


「……最高? 今のチームが、ですか?」

「ええ」

「……安倍さんはいいとしましょう。彼女は少々やる気がかけるものの、その力は一級の中でも抜けています。上手く使っていけるのなら、力だけなら特級にも引けを取りませんもの」


 飛鳥はそこで言葉を止めると、軽くためいい気を吐き出してから緩く首を振って話を続けた。


「ですが、粗暴で突っ込むだけしか知らない前衛と、敵に怯えて後ろで誰を治すべきか迷っているだけの治癒師は、最高とは言わないでしょう? 正直なところ彼女たちは足手纏いとなっているのではありませんか?」

「そんなことは──」

「加えて、最近は三級の外部協力者をメンバーに入れたようですし、それが最高のチームだと、本気で言っているのですか?」


 飛鳥はもう一度息を吐き出すと、仕方のない子供を見るような目で瑞樹を見た。


「わかりました。では、夏休みが明けるとランキング戦が行われますが、そこで勝負をしませんか?」

「……勝負?」

「ええそうです。私のチームがあなた方に勝てたのならば、あなたはこちらのチームに入ってください」

「……そんな誘い、のったところでメリットがないじゃない。むしろ、負けたら罰則がある分デメリットしかないでしょ?」

「あら、最高のチーム、と言った割に自信がありませんの?」

「自信がどうこうじゃなくて、メリットがないって言っているのよ。無駄なリスクは避けるのは冒険者の基本でしょ?」

「……ならば、あなた方が勝ったのであれば、私の考え方が間違っていたとしてその後はあなたを誘うことはしないと約束しましょう」

「そんな誘いなんて、これからも断り続ければいいだけでしょ」

「……はぁ。受けてもらえませんか。でしたら、それに加えてなんでも一つ、あなたの言うことを事を聞きましょう」


 飛鳥は譲歩していると思っているが、瑞樹からすれば頼みを聞いてもらいたいなんて思っていないし、正直なところ彼女のチームと争えば負けると思っていた。なので何があっても断ろうと考えていたのだが……


「これでも受けていただけないようでしたら、不本意ながらお父様にお願いしなければなりませんね。あなたのチームメンバーの方々がどうなるか、どう思うかはわかりませんが、それでもよろしいのでしたら、どうぞご自由に」

「……っ」

「何も言わないと言うことは、了承した、と受け取ってよろしいのですね?」


 よくはない。だが、飛鳥の父親が誰だか分かっているだけに、ここで下手に逆らえば自分だけではなくみんなに迷惑がかかってしまう可能性がある。

 故に、瑞樹は反論することができずに黙り込んでしまった。


「本当は私とて、このような手は使いたくはないのです。ですが、これも仕方のないこと。……ランキング戦、楽しみにしております」


 瑞樹はその場を去っていく飛鳥の背を見ていることしかできなかった。

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