第22話瑞樹:待ち合わせ
____宮野 瑞樹____
学生である宮野瑞樹は、夏休み期間中である今日は昼まで寝ていようがなにをしようが構わない日だ。
実際にはダンジョンに潜ったり体が衰えないように鍛えたりとする必要があるのだが、それだって今日は予定を入れていない。
だというのに、瑞樹は身支度をしっかりと整えて、まるでこれから戦場に行くかのような装備を身に付けていた。
「よし」
自身の格好を鏡で見て、なんの問題もないことを確認すると水樹は学生寮の与えられた部屋をでた。
「……あ」
そして待ち合わせである多目的ホールへと向かうと、すでにそこには彼女のチームメンバーである浅田佳奈と北原柚子が待っていた。
「ごめん、お待たせ」
「んーん。あたしたちもさっき来たばっかだから」
「え?」
「何よ、柚子」
「え、えっと……」
「言いたいことがあんなら言いなさいって」
「その、ね? 私が来たのは十分前くらいだけど、佳奈ちゃん私より早く来てたよね? それもくつろいでたようだったし、結構前に来たんじゃ……」
「そうだったの?」
「違うし。たまたまだし。ちょっと時計を見間違えて早く来すぎただけだし」
「けど、待ってたこと自体は否定しないのね」
「あ……」
絶句し、言葉の止まってしまった佳奈の様子を見て、瑞樹はクスり小さくと笑った。
「佳奈ったら、そんなに楽しみだったの?」
「……ま、まあね。昨日柚子も言ってたけど、やっぱり自分の使ってる道具がどうやって作られるのかとかもう一度よく知っておくのもこれからの冒険に必要なことかなって。それにみんなを待たせるわけにはいかないから──」
「ねえ……佳奈ちゃんって、伊上さんのことどう思ってるの?」
「はあ!? あ、あいつのこと? なんでそんなこと聞いてくんの? わけわかんない」
女三人集まれば姦しいとはいうが、女性が集まると恋愛話へとなるのは冒険者といえど同じのようだ。
柚子の問いかけに佳奈は慌てた様子で言葉を吐き出すが、瑞樹はそれが本心ではないと察していた。
浅田佳奈という少女にとって、伊上浩介という冒険者の男は、初めは『ただの気に食わないおっさん』というイメージだった。
人数不足だから仕方なくチームに加えたのだが、いちいち態度にも言葉にも不満が込められていたのが分かっていたから。
しかも自身よりも階級が低く、チームに加えた、というよりは、チームに加えてあげた、という意識の方が強かった。
だが、一度話し合いの時間をとって学校内の訓練施設を使っての確認をして以来、佳奈は伊上浩介という男のことを意識し始めた。
そして夏休みの期間中に共にダンジョンに潜っている間に、『ただの気に食わないおっさん』という評価から明確に変わっていった。
そのことは、佳奈自身も気づいていたが、同時に他のメンバー達も気づいていた。
だが、伊上浩介への印象が変わったのはなにも佳奈だけではない。北原柚子も、安倍晴華も、そして、宮野瑞樹も彼と最初にあったときの評価とは変わっていた。
「え、えっと……その、だって、佳奈ちゃん最初は伊上さんにあたりが強かったけど、最近は、なんていうか親しげな感じが……」
「そんなんじゃないって!」
「……本当に?」
「ほんとよほんと。……ってか、あんたこういう話の時は意外と積極的になるよね」
「う……だめ、かな?」
「いや、ダメっていうか…………ただ、まあ、もう少し浩介もなんとかならないかなとは思ってる、かな。私たちはあいつのことを名前で呼んだりしてるのに、あいつはいまだに私たちのことを苗字で呼んでるし」
「それは……そうね。最初の出会いっていうか、私たちの関係を思えばそれも仕方がないのかなって思うけどね。ある意味ではお互いに利用し合う関係なわけだし」
浅田佳奈にとって、伊上浩介とは最初は数合わせでチームに加えただけであったように、宮野瑞樹にとっても彼への考え方は同じだった。
瑞樹は相手が三級だからと見下しはしない。しないが、事実として自分たちにはついてこれないだろうと思っていた。
それは差別だとかではなく純然たる事実であり、そのことは浩介自身も自分は一級のチームにふさわしい実力ではないと認めていた。
だが、それは伊上浩介という冒険者に下すには過小評価もいいところだ。
確かに三級という評価は変わらないのだろう。しかし、それを補って余りある知識と技術が彼にはあった。
本人は死なないためには必要だっただけ、などと言っているが、階級詐欺もいいところだ。
三ヶ月間だけのチームという約束だったが、彼女はそれ以上に一緒に活動して色々と教えて欲しいと思っているほどに、瑞樹は浩介のことを評価していた。
「でも、やっぱり壁があるのはなんかムカつく」
「そうだね……ねえ、やっぱり伊上さんってもうすぐやめちゃうのかな?」
「え?」
「だって、元々は伊上さんが冒険者を辞めるまでの三ヶ月間だけって約束だったでしょ? それってちょうどランキング戦が終わるころだから、それが終わるまではいてくれると思うけど、終わったらどうするのかな?」
「辞める、んでしょうね、きっと」
「……なんでよ、あいつ、まだまだ戦えるじゃない。冒険者を辞める必要なんてないじゃない。まだまだここにいればいいのよ」
まだまだチームとして一緒にいてほしい。そこに気持ちの大小はあれど、それが彼女達の共通の想いだった。
「そうね。ランキング戦が終わったら、一度話をしてみましょうか」
瑞樹の言葉に佳奈と柚子が頷き、その話はひと段落したのだが、その結果話は元の話題へと戻った。
「──それにしても、最初はあれだけ反発してた佳奈がそんなことを言うなんてね」
「そ、それは、その……うー」
言葉に詰まった佳奈は、唸り声を上げた後勢いよく椅子から立ち上がった。
「やめやめ! こんなところで話してないで早く行こう!」
「あ、待って。まだ晴華が来てないわ」
「晴華? あの子はまた……」
「多分、晴華ちゃんは部屋で寝てるんじゃないかな? 私、起こしてくるね」
「あ、待ちなさいよ。なら私も行くわ。あんただけだと時間かかりそうだし」
佳奈と柚子はそう言うと、最後のメンバーである安部晴華の部屋へと走っていった。
「本当に、だいぶ変わったものね」
騒ぎながら走り去っていった二人……特に佳奈のことを見ながら瑞樹は呟いた。
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