第259話 白桃女子のくせ者リードオフマン⑤
「なんだよ、あの伊集院ってやつ。ほぼあいつ一人で点とってんじゃねえか」
富瀬が言ったことは華菜も内心思っていたことだった。正攻法ではない、成功率5%くらいに賭けてくるような伊集院乃愛の動きに、まだ実戦経験の浅い桜風学園内野陣が対応しきれなかった。基本的な守備の動きや連携については合宿や練習試合で鍛えてきたけど、まだ応用力のいる動きには慣れていない。
だからこそ、点は入ってしまったけど、セカンドゴロを冷静にミスなくホームに送球した真希は大したものだと華菜は思っていた。
「とりあえず、伊集院さんが大暴れしちゃったせいで完全に凄美恋が慌ててますね……」
「負けたら意味ねえからいざとなったら湊にリリーフしてもらうけど、できるだけ今日は湊に投げさせたくねえんだよなぁ。あの伊集院ってやつにはできれば回したくねえから本当は四球で無駄にランナー溜めたくねえんだけどな」
ランナーを出していくたびに伊集院乃愛の打順は近づいて行く。白桃女子に勝つためにはとにかく伊集院乃愛に打順を回さないことだ。勝負を避けて歩かせても、きっと塁上でかく乱してくるだろうし。
「とりあえず凄美恋には由里香さんにリリーフさせるかもしれないって脅しかけておきましょうか?」
「そんなことしてもあいつ喜ぶだけじゃねえのか? できればマウンドにはあがりたくねえみたいだし」
「いえ、それは大丈夫だと思います。今日の凄美恋はいつもよりもずっと強い気持ちでマウンドに上がってくれてると思いますので」
昨日ファミレスで話した通り、凄美恋は投手人生を賭けて5回2失点以内に抑えると覚悟を決めてマウンドにあがっているはずなのだ。
「雲ヶ丘が強い気持ちでマウンドに上がってるってことは、雲ヶ丘への説得が成功したってことか?」
「わたしが特別説得したわけじゃないですけど、とりあえず今凄美恋は前向きな気持ちでマウンドに立ってくれてますよ」
「なんだよ、やるじゃねえか!」
そう言って富瀬が華菜の手を両手で握ってから、ぶんぶんと上下に振った。
「ちょ、やめてくださいよ!」
華菜が慌てて富瀬の手を振りほどいた。
「えっと……、それで凄美恋には何を言ったらいいんですか?」
華菜の言葉を聞いて、「そうだな……」と言った後、富瀬がいたずらっぽい笑みを浮かべてから続ける。
「お前めちゃくちゃ褒めろ。雲ヶ丘がドン引きするくらい褒め讃えろ」
「えぇ!? なんて適当な解決方法ですか!? そんな褒めただけでなんとかなるわけないじゃないですか! もっとちゃんとした指示下さいよ!」
「お前は黙って監督の言うこと聞いておけばいいんだよ」
「えぇ……」
華菜が納得できずにマウンドに向かおうとすると、富瀬が一転して真面目な顔で付け加えた。
「あとめちゃくちゃ褒めたらその後に付け加えとけ。伊集院以外のバッターにはヒット打たれるまでずっとストレート以外投げるな、って。1本でもヒットを打たれたら好き勝手投げてもいいけど、それまでは絶対に変化球は投げるなよ。投げたらマウンドから降ろすからな!」
夏の時点で、すでに凄美恋はストレートだけしかストライクゾーンに入らない話は知ってはいたが、結局そこから秋まで凄美恋の弱点は矯正できなかったからの指示なのだろう。
夏に凄美恋が大炎上した皐月女子戦ではヒット性の当たりを華菜と由里香のファインプレーで2アウト取った後に若狭美江に甘く入ったストレートをスタンドに飛ばされてしまった。つまりストレートだけでは厳しいということ。
「ま、雲ヶ丘なりに成長してると思うぞ。そこはあたしが保証すっから、あいつのストレートに賭けてみろ」
ストライクの入らない変化球はもちろん心もとないけれど、かといってストレートのみだと当然狙い球は絞られやすくなる。いくら凄美恋が夏よりも成長していると言っても、不安は残る。
「気持ちはわかりますけど……」
華菜はため息交じりの返事をしてから富瀬の元を離れてみんなの集まるマウンドへと向かっていった。
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