第160話 才能無しのドール少女⑫

「まあ、とりあえず投げてみて」


美江はバッテリー間と同じくらいの距離を取って、ミットを構えた。


ミレーヌは大きく振りかぶる。大柄な男子投手なら150km/hくらい出してしまいそうな豪快なフォームから繰り出されるのはその半分にも満たない60km/h代前半の球。


そのギャップは受けている方からすれば笑ってしまうくらい可愛らしいが、打者からすれば、中途半端な速球よりも打ちづらいかもしれない。


「次はカーブを投げるわね」


再び豪快に振りかぶるフォームは先程と寸分違わない。どうしてあんなにも豪快なフォームから、異様なくらい遅い超スローカーブを投げられるのかわからなかったが、きっとこれだけのことができるくらいミレーヌがボールを投げ込み続けたのだろう。


「ミレーヌ、良いよ。凄く良い。満点合格」


「やったわ! これでわたしもレギュラーね!」


「レギュラーかどうかは監督が判断することだし、うちには他にもいい投手がいるからわからない。でもわたしが捕った限り、チームの中で一番面白い投手だと思う」


「面白いってfunnyかしらinterestingかしら?」


「どっちも。あんな魔球のようなスローボールを投げられるところはinterestingだし、あんな豪快なフォームからまったく球威のない球が投げられるのはfunnyだし」


美江がそう言うと、なぜかミレーヌは胸を張って誇らしげに笑っていた。


ミレーヌの遅い球が打ちにくいことはチーム内の練習でも実感できた。チーム内で行う紅白戦でミレーヌと美江のバッテリーは県内最強を誇る美観ガールズの打線をほぼ完璧に抑えた。


異様に遅い球がコントロール良く、狙ったところに投げ分けられていく様子にチームメイトたちはまともにタイミングを合わすことができなかった。


ミレーヌのことを見る周りの目も明らかに変わっていた。これまでライバル視どころかまともにチームメイトとすら扱ってもらえなかった彼女だったが、今ではすっかりチームの中心メンバーの一人となっている。


一年で一番大事な夏の大会、美江にとっては中学生最後の大会で、ミレーヌは背番号10を与えられた。今まではベンチ外で背番号なんて貰えなかったミレーヌが背番号を貰えたことは快挙である。そして、チームの伝統として背番号1は3年生が付けることになっているがための背番号10なので、実質この大会で監督はミレーヌを中心に据えて戦うことに決めていた。


ついに努力家菜畑ミレーヌの努力が報われるときがきたのだ。美江はそう信じていた……。

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