第114話 由里香と桜子③

「でもこれで気持ちは落ち着きました。モヤモヤした気分も全部落としてすっきりしましたよ」


由里香の方は見ず、正面を見ながらこたえた。誰もいない静かな公園が視界にはある。本当はまだまだ全然落ち着いていないけど、次に進むために気持ちを切り替えていかなければならない。


「ほんとに?」


「ほんとです」


桜子が無理にそう答えたら、由里香に肩を掴まれ、由里香のほうに強引に体を向けさせられる。


そのまま至近距離で目を合わせようとしてくるから、由里香と視線が合わないように限界まで黒目を右に逸らす。視界の先には、ポツンと佇むシロクマになってしまったパンダのオブジェがあった。


明らかに挙動不審だろうけど、今真正面から由里香と見つめ合うとまた涙が出てきてしまいそうになるから、それよりもはずっと良かった。


「分かりやすすぎる嘘ね……」


由里香にすぐバレた。自分はこんなにも感情を隠すのが苦手だっただろうかと、桜子は思ってしまう。そんな桜子を見て、由里香がため息をついた。


「全部吐き出してよ。私だって今日華菜に全部吐き出したんだから今度は桜子の番――」


由里香が言い切る前に桜子が静かなトーンで、だけどこれまでとは違って、鋭い口調で話し出した。


「またですか? また、小峰華菜ですか?……」


桜子は気付けば両手を強く握っていた。思わず力が入ってしまう。


「え?」


「あなたの心を動かすのはいっつも小峰華菜なのですね」


だんだんと桜子の感情が昂り、声が大きくなっていく。


「桜子……?」


由里香が困惑しているけど、桜子はそれでも続けてしまった。もう出てくる言葉は止まらなかった。


「ずっと前からあなたの横にいるのは私なのに、野球をやめるのも、再開するのも、あなたが大事な選択をするときに心を動かしてくれるのは常に小峰華菜なんですね!」


こんな夜に大きな声で話したら近所迷惑かもしれないけど、感情は抑えられなかった。また心が震え出し、一度止まったはずの涙が再びあふれ出してくる。


由里香は一旦話すのやめた。桜子の言葉には何も答えず、ただじっと、桜子が泣き止むのを待っていた。シロクマ公園内には桜子の嗚咽だけが、鳴り響いていた。

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