第77話 その日美乃梨は野球をやめた①
「ねえ、美乃梨ちゃんは中学で何の部活するの?」
「もちろん野球部に決まってるじゃん!
「私ももちろん美乃梨ちゃんと一緒の野球部!」
葵が美乃梨の元に返球した球は、綺麗な音を立ててグラブの中に収まった。美乃梨と葵は中学に入学してからも、一緒に大好きな野球ができることに胸を弾ませていた。
「一緒にクリーンナップ打って、いっぱい勝とうね!」
「うん!」
美乃梨と葵は小学校に入学したばかりの頃からの友達だった。2人とも、内向的なタイプで、友達を作るのは苦手なタイプだったが、同じ野球が好きという共通点から仲良くなったのだ。
美乃梨も葵も気が弱い方で、クラスの端っこの方に2人だけで一緒にいるようなタイプだったけど、好きで頑張っていた野球は決して下手ではなかった。
そのおかげで、美乃梨と葵は2人とも、1年生ながらさっそくレギュラーになることができ、幸先の良いスタートを切ることができた。美乃梨はこのまま、葵と共に順調に野球部員としての道を歩めるものだと思っていた。
中学1年生の夏休みの少し前くらいのことである。その日の放課後も、いつも通り美乃梨は野球部の部室へと向かっていた。
毎日学校で野球ができるということが楽しくて仕方なかったので、休むとかサボるとか、そういう考えは美乃梨にはまったくない。
前日の日曜日には市の大会があり、美乃梨たちの通う学校は、残念ながら初戦で負けてしまった。だけど、美乃梨はヒットを打ったし、決して悪い活躍ではなかった。顧問の先生にもまた次の大会も頼むぞ、と褒めてもらえた。
負けたけど、気持ちをすぐに切り替えることができたし、次の大会に向けてまた頑張ろうと思っていたところだった。
だけど、それは美乃梨たちの入学により、控えになってしまった上級生の子たちにとっては面白いことではなかったらしい。
部室の前に来ると、部室内から話声が聞こえてくる。話し声自体は別に日常的に聞こえてきているので、特筆すべきことではないのかもしれないが、今日は話の内容が美乃梨にとってスルーするわけにはいかない話だった。
「てかさ、昨日負けたのって木川のせいだよね?」
2年の先輩の声がして、一瞬耳を疑った。突然出て来た自分への悪口に、美乃梨の心臓の鼓動は速くなっていく。
「あいついたらチームワークも悪くなるよね」
「わかる。なんかあいつ暗いし」
「3年の先輩たちこれで終わりとかほんと可哀そう」
「先輩たちも今年は手応えありそうって言ってたのに、初戦で負けたの絶対木川のせいですよ」
2年生の中でも控えだった子を中心に、美乃梨の悪口で盛り上がっていた。1年生たちも、それに追随するように悪口を言う。そしてそれらの中に、時折混ざる気持ちの悪い、人を馬鹿にするような笑い声。
美乃梨は部室の扉を開けようとしていた手が震えていたのを感じた。足も震えて、それ以上1歩も前に進めそうになかった。
結局、美乃梨はその日は部室に行かず、入学してから初めて部活を休んでしまった。
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