幕間1 始まりの瞬間
あの日、ドラフト会場がどよめいた。その指名により、華菜を含め、たくさんの野球少女たちの運命が動き出したのだ。
『第9巡選択希望選手 東京スパローズ
指名を読み上げるアナウンスが終わるまでに、どよめきが起きた。
「湊唯?」
スパローズ以外の球団の指名候補リストには無かった名前が呼びあげられる。
もちろん、湊唯という名前は全国津々浦々の野球情報を知っておかなければならない者として、スカウトたちも存在は知ってはいた。女子高校野球の大会で、5試合中3試合でノーヒットノーラン達成という前人未踏の記録を達成した投手である。
だが、あくまでもその話は女子野球の中での話。NPBのスカウトで実際にその存在を気にする人はほとんどいなかった。
指名から数年が経ち、とあるドラフトの特番で、湊唯の指名の話を、実際の現場にいた人間が語っていた。その時には、すでに湊唯はプロ野球界から去っていて、公の場からは姿を消していた。
当時の編成チームの関係者が、指名のときの話を聞かれて、「半ば自棄になって指名した」と苦笑まじりに答える。
湊唯指名当時のスパローズは、Bクラスの常連で、順位予想をするときも、解説者の多数が最下位予想をするようなチームだった。そんな中で、今までの常識を何でもいいから変えてみよう、と藁にもすがる思いで指名したのが湊唯だったのかもしれない。
だが、その自暴自棄の指名が、スパローズの12年ぶりの優勝と女子野球の新時代をもたらしたのである。
当初、湊唯が戦力になるだなんて本心から思っていたプロ野球関係者はいたのだろうか。
きっと指名したスパローズでさえも、1軍で1試合でも投げてくれたら大成功くらいに考えていたのではないだろうか。ライバルチームたちも、おそらく湊唯という選手はいないものとして、スパローズの対策をしていたことだろう。
しかし、いざシーズンが始まって見ると、大方の予想を覆し、彼女は大活躍した。
高卒1年目の夏ごろから1軍に上がった彼女は、
マウンドでの彼女の華麗な立ち姿は、全国の少女たちに夢を与えた。
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