第56話 怜が見つけた双子ちゃん④
「単刀直入に申し上げますと、野球部に入って頂きたいのですわ」
「野球部?」
真希が案じ顔で怜の方を見る。
「はい。そうすれば先ほどの休み時間には何も見なかったことに致しますわ」
さすがにこれ以上真希を怖がらせるのはかわいそうなのでこの辺りで手を打つことにした。
「うわーそれはまずいねー。おねーちゃん、退学になるの怖いから入るしかないよー」
元々間延びした棒読み気味だった話し方の棒読み度合いが高まった。当然、表情から恐怖心なんてものは一切感じられない。
「私も嫌だけど、野球ってチームスポーツでしょ? 絶対無理!!」
「でもー、私たち高い学費払ってこの学校に入れてもらってるのにー、退学になったら大変だよー」
「それはそうだけど……」
姉妹の話し合いが進んでいくのを怜は眺めていた。
「大きなせんぱーい、私たち野球部入りますねー」
「ええ……ほんとに入るの?」
姉妹それぞれが別の相手に向けて返答する。咲希は怜に向けて話して、真希は咲希に向かって話している。
怜は大きな先輩と呼ばれて、そう言えばまだ自分の名前を名乗っていないことに気が付いた。おそらくこの“大きな”というのは学年とか年齢が大きいという意味ではなく、身長的な意味なのだろうと苦笑する。
「私には春原怜っていう名前があるのですから大きな先輩呼びは止めてくださいます?」
「じゃあ苗字呼びだと理事長さんと被ってややこしいので怜先輩って呼びまーす」
「理事長の名前なんてよく覚えてますわね?」
「常識ですよー」
常識なのだろうか、と怜は思った。掴みどころのない咲希ならば怜が理事長の娘と知ったうえでここまで話を進めたのではないかと勘繰ってしまう。
もっとも知っていようが知っていまいがそんなことはどうでもいい。とにかくこれで、昨日華菜と約束した野球部設立に必要な条件は満たした。
「これで華菜さんとの約束は果たせましたわね」
怜は微笑んだ。
しかし、咲希から受け取った『籠の外が見てみたい』のメッセージについては結局何もわからないまま。それもそのうち聞かなければならない。
そんなことを考えながらチラリと見た咲希の顔はなんだか少しだけ本心を映した笑みのように感じられたから、一応野球部に入れたのは正解の選択肢だったのだろう、と怜は思うことにした。
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