第44話 華菜VS怜④
「春原先輩にはあんなに容赦なく顔の近くにボールを投げたのに、千早には少ししか落ちないフォークボールすらも投げてくれないの?」
「それは……」
「美乃梨先輩にはすぐ野球部に入ってくれないか聞いてたのに、千早が野球部に入りたいって言ってもすぐにはオッケーしてくれなかったし」
「あれは千早が無理して一緒に部を作るために言ってくれてるのかと思ったから……」
「昨日だって千早が春原先輩にちょっときついこと言われただけで、春原先輩のこと勧誘せずに帰ろうとしてたし……」
華菜は何も言わず千早の言葉を聞いていた。
「華菜ちゃんが優しいから、千早に気を使ってくれてるのはわかるんだよ……」
千早が唇を噛んでいた。彼女の中でいろいろな感情が渦巻いているようである。
千早の言葉を聞いて華菜は決断した。
「わかった。フォークにするわ。ど真ん中、絶好球と見せかけて落とす」
「ありがと」
それだけ言うと千早はさっさとポジションに戻っていった。勝負が再開する。
一昨日は生徒会長に、昨日は怜に、そして今日は千早に、3日連続で怒られてしまった。
「もっと千早のこと信用してあげないとなぁ」
華菜は呟き、投球モーションに入る。
狙いはど真ん中。とにかくストライクゾーンにさえ入ってくれれば、甘い球でもいい。ただ千早へフォークボールを投げ込むだけ。
勝負は一瞬で決した。
投じられた球は怜のバットに当たることなく千早が器用にグラブの中に収めた。
華菜が家から持ってきた普通の野手用のグラブだから、捕球の難易度は上がるはず。それでも千早はしっかりと取ってくれていた。
「華菜ちゃんやったね!」
「千早すごいじゃない!」
2人ともほとんど同時に声が出ていた。
お互いに駆けよって抱き合う姿はまるで大会で優勝したみたいになっていたが、初めて一緒に協力して得た勝利はそれだけ価値があった。
ゴールデンレトリバーが飼い主に抱きつくときみたいに、千早が華菜に思いっきり抱きついた。
「ちょ、千早、苦しいってば」
「あ、ごめんね」
「ちゃんと取ってくれてありがとう。千早のこと信用してよかった」
「そうだよ、華菜ちゃんはもっと千早のこと信用してくれないと」
千早がまたもや頬を膨らましていたが、今度は溢れんばかりの笑顔だった。
「わかったわかった。でも、千早もちゃんと私のこと信用してくれていいんだからね」
「はーい」
そう言うと、千早はもう一度華菜の首に手を回して抱きついた。
「まったく……」
華菜も千早のことをそっと抱きしめ返した。
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