第11話 メガネの協力者と旧第2校舎③

美乃梨が入り口から一番近い部屋の中に入っていくので、2人もついていく。部屋は普段使ってる教室の半分くらいの大きさで、部屋の1/3くらいはロッカーが占めていた。


「もしかしてこの旧第2校舎って部室棟ですか……?」


ようやく千早が美乃梨に口を開いた。かなりおそるおそる話しかけている。声が震えているが、もしかすると本気で美乃梨のことを悪い人だと疑っているのかもしれない。


「正解。元々学校創設当初は少人数学級用に作ったんだけど、今使ってる新校舎ができた時に部室棟にしちゃったらしいんだよ。まあ厳密には部室棟として使っていた、だけどね。去年新しい部室棟を作ってからここはもう誰も使って無くて来年取り壊すんだ」


「部室棟っていうのはわかりましたけど、こんなところに連れて来て何を話すつもりですか?」


ついでに華菜も先ほどから回答を貰えていない質問を投げかける。


「本当は小峰さんを捕まえた場所でそのまま聞いても良かったけど、あそこで湊さん関連のこと聞かれたら小峰さんとしても不都合じゃないかなと思って」


確かに華菜としてはできるだけあんな場所に長居したくないし、そもそも千早に半ば無理やり”湊先輩こっち向け作戦”を敢行させられていたので、場所を変えてくれるならその方がありがたい。


「ここに連れてきた理由はわかりました。でも私に湊由里香の何を聞きたいんですか? 湊由里香に存在を無視されてた人に聞いても仕方ないと思いますが?」


由里香の事を聞かれると聞いて華菜は少し顔を背けた。


「まあまあ、そんなに機嫌悪くしないでよ。別に湊さんの個人情報を聞きだそうとしてるわけじゃないからさ。まあ、単刀直入に聞くと小峰さんはなんで湊さんを追っかけてるのかってことを聞きたくて。湊さんはあんな態度取ってたけど、多分2人とも知り合いなんだよね? ボクはみんなが言ってるみたいに、小峰さんが入学してから偶然見かけた湊さんに一目ぼれした痛いストーカーとは思えないんだよね」


「私2年生の間で湊由里香を追っかけてる痛いストーカーみたいな扱いされてるんですか?!」


華菜は目を見開いた。自分の知らないところで上級生からとんでもない目で見られていたようだ。


「あ、あれ……直接は耳にしてなかったのか。い、今のは忘れて。ほんとに湊さんのファンの中でも一部の女の子が言ってるだけだから」


華菜はため息をついた。2年3組殴り込み作戦がさらに憂鬱になって来た。もうあの作戦はこのごたごたに乗じて中止にしようと心に決めた。とにかく2年生の教室には近づきたくない。


「湊由里香ってそんなモテるんですね……」


「そりゃまあ、高身長で端正な顔立ちだからね。女の子たちからすごいモテてるよ。一部の間でファンクラブもあるとかいう噂もあるくらい」


「ファンクラブって……あなたも湊由里香ファンクラブの一員なんですか?」


なぜこんなところに連れてこられて、由里香のモテ自慢を聞かされなければならないのか、とだんだんバカバカしくなってくる。


華菜は頬杖をついて顔を背けた。美乃梨から背けた視界の中では千早が古くなったロッカーを開けたり閉めたりしていた。


「ファンクラブに入ってはいないけど、ボクも湊さんのファンではあるかな」


美乃梨の答えを聞いて、華菜は誕生日ケーキの蝋燭も一気に消してしまえそうなくらい大きなため息をつく。ファンということは、本当にただ由里香がどれほど素晴らしいかを聞かせるためにここまで連れてきたのかもしれない。


きっと、先日突然上級生の教室に突撃したことについてのお説教の為にこんなところに呼ばれたのだろう。突然由里香に無礼な態度をとった不届きな下級生へのお説教だ、と華菜が考えていたところに美乃梨は言葉を続けた。


「もっとも……」


よそ見をしている華菜をよそに美乃梨は言葉を続けた。


「ボクは湊さんのファンと言ってもマウンドで華麗に打者を抑える湊由里香投手のファンなんだけどね」


「湊由里香投手……」


華菜は表情を変えた。先程までの自分が知らないアイドルについて熱く語っているのを聞くときのような態度を止めた。今はただこの人が何者なのかが気になった。


「倉敷ベアーズの時の……中学のシニアチームにいた頃の湊由里香を知ってるんですか?」


「うん」


美乃梨は微笑み、頷いた。

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