第参話 【 追跡者 】

 灰夢は神楽たちと別れ、一人で祠を出ると、

 学校まで、氷麗と言ノ葉を迎えに行っていた。





「お兄ちゃんっ! お待たせしたのですっ!」

「お兄さん。お迎え、ありがとうございます」

「……おう、大丈夫そうか?」

「はい、今のところは問題ないです」

「そうか。なら、雨が酷くならないうちに帰んぞ」

「「 ──はいっ! 」」


 灰夢が傘を広げ、二人が灰夢の腕にしがみつく。


「なぁ、何してんだ? お前ら……」

「何って、今から帰るんですよ?」

「それは分かってる。俺は、『 何故、自分の傘を使わねぇのか 』を聞いてんだ」

「だって、これを使ったら、お兄さんと相合傘が出来ないじゃないですか」

「いや、三人いたら相合じゃねぇだろ」


 しょぼくれる氷麗に、灰夢が冷めた視線を送る。


「お前もだ、言ノ葉……」

「氷麗ちゃんと抜け駆けは無しと話し合った結果、こうなりました」

「出来るなら、別の方向性で考えて欲しかったんだが……」

「まぁ、確かに……。可能であれば、独り占めはしたいですけど……」

「手元にいるのに、力になれない傘の気持ちを考えると、切ねぇなぁ……」


 ため息をつきながら、灰夢が唐傘の謎のボタンを押す。

 すると、バッと言う音と共に、傘が一段階大きく開いた。


「うわっ、傘が大きくなったのです……」

「満月の作った傘だからな。よく分からんが、無駄な機能が色々付いてる」


「これ、目立ちませんか? お兄さん……」

「仕方ねぇだろ。お前らが左右にいたら、雨をカバーしきれねぇんだから……」


 互いにツッコミをしながらも、灰夢がゆっくり歩き出す。


「氷麗は、今日はバイトはねぇんだよな?」

「はい。まぁ、遊びには行きたいですけど……」

「来てもいいが、お前最近、自分の家に帰ってねぇだろ」

「そうですね、部屋の掃除はしないといけないなとは思ってます」

「まぁ、何かありゃ店に電話しろ。すぐ行くから……」

「はい、ありがとうございます。お兄さん……」


 氷麗が小さく微笑みながら、腕から体へと抱きつく位置を変える。


「なぁ、氷麗……。歩きにくいんだが……」

「だって……」


「あっ! ズルいのです、氷麗ちゃん……」

「お前らなぁ……」


 二人にギュッと体に抱きつかれながらも、灰夢は歩き続けていた。


「……あれ? お兄ちゃん、知らない女の人の匂いがするのです……」

「……は?」

「確かに、この匂いは初めてですね」

「お前らは犬か。この雨なのに、なんで匂いが分かるんだよ」


「ということは、やっぱり誰かと会ってたんですね?」

「会ってたっつぅか、うちの店に来たんだよ」

「お兄ちゃんのお客さんですか?」

「言ノ葉は会ったことがある。前に土手で会った、木に登ってた嬢ちゃんだ……」

「──あぁっ! ……え? なんで、あの子が?」

「あれは神楽んとこのチビなんだと、六女のな……」

「なるほど……。だから、あんなに軽々と木を昇ってたんですね」

「あぁ、らしい……」


 納得したように、言ノ葉がコクコクと頷く。


「その子がどうして、お兄さんに逢いに来たんですか?」

「俺が羽織を貸したら、神楽に言われて俺だと知ったんだと……」

「そうですか、世間は狭いですね」

「だな、俺もビックリだ……」


 そんな話を灰夢が氷麗としていると、とあるカフェの前で、

 言ノ葉が何かを見つけたように、店の方を見て立ち止まった。


「……どうした?」

「あっ、いえ……。新しいパフェが出ていたので……」

「……パフェ?」

「はい。ここのパフェ、凄くボリュームがあるんです」


 灰夢と氷麗が共にサンプルを見つめ、新作メニューを確認する。


「確かに、すげぇボリュームだな」

「ここのパフェ、凄く美味しいんですよ。お兄さん……」

「でも、いつも少し高いのです……。このお店……」

「……確かに、学生には高いか」


 千五百円と書かれた値札を見て、灰夢がボソッと言葉を呟く。


「いつもはこっちの、ハーフサイズを頼むのです」

「確かに、こっちなら言ノ葉のお小遣いでも頼める範囲だな」

「いつか、この大きなパフェを食べてみたいのです」

「これを一人で食うのか、お前……」


「お兄さんって、こういうのは作れないんですか?」

「あんみつとかなら出来るが、パフェはあんま食わねぇからなぁ……」


「うちのカフェにも、こういうデザート置いて欲しいのです」

「そういうのは俺じゃなく、梟月に言ってくれ……」


 しょぼんと落ち込む言ノ葉に、灰夢が呆れた顔で答える。


「でもまぁ、しょうがないね。言ノ葉、また今度一緒に来よう」

「……ですね」

「これ、十一月末までの限定って書いてあんぞ?」

「──えっ!? ショックなのですぅ……」

「そっかぁ、季節限定だもんね」

「まぁ、少し雨も強くなってきたから、休憩がてら食っていくか」

「いいんですか? お兄さん……」

「あぁ、別に急ぐ理由もねぇからな」

「やったぁ〜っ! お兄ちゃん、ありがとうなのですぅ〜っ!」

「わかったから、くっつくなって……」


 灰夢はくっつく二人を引き離すと、店の中へと入っていった。


「お兄さん。私、抹茶パフェ頼んでもいいですか?」

「あぁ、好きなもん頼め……」

「お兄ちゃん、わたしもいいですか?」

「これ、デカいんだろ? お前ら、本当に一人で一個食えるのか?」

「もちろんです、デザートは別腹なんですよっ!」

「甘いものなら、いくらでも入るのですっ!」

「あ、そう……。まぁ、食えるならいいか」

「「 やったぁ〜っ! 」」


 二人が嬉しそうな表情で、特大抹茶パフェを店員に頼むと、

 数分後、テーブルに二つの巨大な抹茶パフェが運ばれてきた。


「おぉ〜っ! 凄いサイズなのです……」

「凄い、こんなの生まれて初めて食べる」

「慌てずゆっくり食べろ。俺は少し外の様子を見てっから……」

「いただきますなのですぅ〜っ!」

「いただきます、お兄さん……」

「……おう」


 二人が嬉しそうにパフェを頬張る姿を、灰夢が横目で見つめ微笑む。


「ストーカーの気配ってのは、今のところはねぇのか?」

「そうですね。今は大丈夫そうです」

「気配がしたってのは、なんで分かったんだ?」

「バイト終わりに祠から家に帰っていたら、後ろから足音が付いてきていた気がして……」

「……足音か。可能性は高いが、少し確証に欠けるな」

「一回ならあれですが、数回同じところで気配を感じたので、少し怖くて……」

「なるほど……。確かに、それは説得力があるか」


「わたしは前に、鈴の音がしたのです……」

「……鈴の音?」

「はい。部活のスケットに行った帰りに、鈴の音が付いてきてて……」

「言ノ葉の方は、またなんか特殊だな」

「確証はないですけど、なかなか奇妙だったのです」


「私たちが二人でいる時は、特に何も無いんですけど……」

「別れた後で、お互い気配を感じるのです……」

「なので、どちらを狙っているのか、分からなくて……」

「……そうか」


 別々の証言に、灰夢がじーっと考え込む。


「ちなみに、氷麗はその『 鈴の音 』ってのは聞いたことあるか?」

「私は聞いたことないですね」

「鈴の音はよく聞く音じゃねぇから、少し臭うな」

「遅くなった時くらいしか、わたしも聞かないですけどね」

「まぁ、大沙汰になる前に知れてよかったか」

「お兄さんが、ボディーガードになってくれましたからね」

「お兄ちゃんがいれば、怖いもの無しなのですっ!」

「まぁ、出てこねぇなら、それに超したことはねぇけどな」


 笑顔で語る二人に、灰夢が呆れながらも微笑んでみせる。

 すると、二人がパフェをすくい取り、不意に灰夢に向けた。


「そんなお兄さんに、ご褒美です……」

「お兄ちゃんにも、特別に一口あげるのですっ!」



( いや、それ俺の奢りなんだが…… )



「どっちを食べますか? お兄さん……」

「お兄ちゃん、選んでくださいっ!」

「選択肢にすんな、食いにくいだろ」

「私は特別に、餡子も乗せてあげますね」

「なら、わたしはクリームをつけてあげるのですっ!」

「はぁ、お前らは仲良くパフェも食えないのか」

「仲良しですよ、お兄さんの前以外は……」

「なら、俺は今すぐ帰った方がいいな」

「ダメですよ。ストーカーが来たらどうするんですか?」

「マジでめんどくせぇな、このクソガキ共め……」


「はい、お兄さん……」

「どうぞ、お兄ちゃん……」

「…………」


 二人の嬉しそうな顔を見て、灰夢がスプーンを同時に咥える。


「おぉ、その手がありましたね。さすが、お兄ちゃんです」

「どうですか? お兄さん、美味しいですか?」

「あぁ、うめぇよ。( 無駄な圧力と )愛情を感じる味わいだ……」

「ふふっ、愛情が伝わってよかったです」

「わたしたちの愛は、こんな風にとても甘いのですっ!」

「ほら、早くしねぇと溶けんぞ……」

「あっ、いけない……」


 二人は零れそうなパフェを支えながら、必死に食べ進めていた。

 その隙に、灰夢が偵察をさせていた牙朧武に心話で語りかける。


『牙朧武、どうだ。……何か見つかったか?』

『いや、眷属たちも使わしておるが、特には怪しい人物はおらぬ』

『……そうか』

『この雨では、相手方も諦めたのではないか?』

『なら、いいんだけどな』


 どこか嫌な予感の消えない灰夢が、己の緊張を解すように、

 どんよりとした灰色の曇り空を見つめ、冷静さを取り戻す。


『一応、眷属たちには見張りを続けさせておるから、問題があれば伝えよう』

『悪ぃな、よろしく頼む……』

『うむ、引き受けた……』


 会話を終えた灰夢が、二人の方に視線を向ける。


「氷麗ちゃん、この下にお菓子が隠れてますよっ!」

「ほんとだ。なにこれ、美味しそう。なら、これに餡子を付けて……」

「おぉ、氷麗ちゃん頭いいのですっ!」


 二人で仲良く食べる姿を見て、灰夢は静かに微笑んでいた。



 ☆☆☆



 雨が小降りになった頃、三人は喫茶店を後にすると、

 帰り道を進み、氷麗の住むマンションまで足を運んだ。


「では、私はここで。今日は、ありがとうございました……」

「気にすんな。何かあったら、ちゃんと連絡しろよ」

「はい、ありがとうございます」

「氷麗ちゃん、また明日なのですっ!」

「うん、また明日ね。言ノ葉……」


 氷麗が自分の部屋に入る様子を、灰夢と言ノ葉が静かに見守る。

 そして、部屋に入ったのを確認すると、灰夢はホッと息を吐いた。


「そんじゃ、俺らも帰るか」

「はい、お兄ちゃんっ! えへへっ……」

「なんだよ、ニヤニヤして……」

「なんか、お兄ちゃんと二人で帰るのは、久しぶりだなって思いまして……」

「前に帰った時は、桜夢が出てきたっけな」

「そうでしたね。あの時も凄く怖かったのです……」


「今日は出てこないといいな。面倒くさいのが……」

「面倒くさいレベルじゃないですよ。あれは……」

「ただの人間なら、簡単なんだがなぁ……」

「まぁ、お兄ちゃんが相手にする相手は、大体ヤバい人ですからね」


 言ノ葉を外敵から守るように、灰夢が傘を優しく傾ける。


「お兄ちゃん、手を繋いで帰りましょうっ!」

「おいおい、もうそんな歳じゃないだろ」

「いいんです。言ノ葉は、いつまでもお兄ちゃんの妹なのですっ!」

「ったく、甘えん坊な妹だな」

「お兄ちゃんの前だけは、言ノ葉は甘えん坊なのですっ!」

「ストーカーが見てたら、心が折れて泣いちまうぞ?」

「なんなら、むしろ泣いて逃げるくらい見せつけてやるのです」

「やれやれ……。これだから、俺はすぐに乱闘に巻き込まれるんだ」

「どんな相手でも、お兄ちゃんなら負けないのですっ!」

「そこまで信用されてっと、ますます負けられねぇな」

「えへへっ……。信じてますよ、お兄ちゃんっ!」

「へいへい、せいぜい頑張るさ……」


 そんな話をしながら、二人は手を繋いで帰って行った。



 ☆☆☆



 氷麗が玄関を閉め、そのまま鍵とチェーンも閉める。


「ただいま、私の家……」


 一人で呟きながら玄関を上がり、部屋に荷物を置く。

 そして、浴室へと向かい、脱衣所で制服を脱いでいた。



 その時だった──



























              『 おかえり、遅かったね 』



























                「 ……えっ? 」



























      その声に、氷麗が恐る恐る、後ろを振り向くと、


              氷麗の目に、見ず知らずの男の姿が映り込んだ。



























『 待ってたよ、ボクの氷麗ちゃん…… 』

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