第弐話 【 剣戟 】

 ミーアが来た次の日、灰夢は家族と夜影を呼び、

 新たな家族として、二人の事を全員に紹介していた。





 言ノ葉たちがクラーラを見上げ、口を開けたまま固まる。


「ほ、ほんとにドラゴンが居るのです……」

「……私、死んで異世界に飛んだのかな?」

「狼さんがいるから、それは無いんじゃない?」



「「 た、確かに…… 」」



「おい。間違ってねぇが、その確認の方法はやめろ」


 冷静な桜夢の発言に、灰夢は不満そうな顔をしていた。


『これからどうぞ、よろしくお願いします』

「こちらこそなのです。よろしくなのです〜っ!」

「よ、よろしくお願いします……」

「よろしくねっ! ドラゴンさんっ!」


 頭を下げるクラーラに、言ノ葉たちが笑顔を返す。


「素敵ね、あなた……。まるで、おとぎ話みたいだわ……」

「わたしも初めて見た時は、そう思ったよ」

「まぁ、もう僕たちの存在自体、元々おとぎ話の域だけどね」


 感動している霊凪を見て、梟月と蒼月が小さく微笑む。


「というか、聖剣どころの騒ぎじゃなかったな」

「あぁ……。俺も、この展開は予想してなかった」

「ましゅたぁ〜っ! どぉらごぉ〜んっ!」

「あぁ、凄いな。これはオレも初めて見たよ」


 白愛がはしゃぎながら、クラーラをペチペチと触る。

 その横では、リリィがミーアを優しく抱きしめていた。


「ふふっ……。凄く、可愛い……」

「きょ、恐縮です……」

「あなたが、灰夢の言ってた、竜のお姫さま……?」

「はい。まぁ、今は元皇女ですが……」


 そんなミーアの元へ、霊凪が静かに歩み寄る。


「ミーアちゃんにも、同じ尻尾があるのよね?」

「はい。クーちゃんと契約した時から、ワタクシも半人半竜ですので……」


 そう答えながら、ミーアは尻尾をフリフリしていた。


「おぉ、凄く……。かっこいい、です……」

「……さ、触ってみてもいい?」

「はい、どうぞ……」


 鈴音と風花は目を輝かせながら、ミーアの尻尾を小さな手で掴み、

 グワングワンと大きく振り回されつつも、楽しそうに遊んでいた。


「灰夢くん。昨日、あの国のニュースに載ってたよ」

「……載ってた?」

「うん。『 怪盗ファントム、国を救う 』って……」

「あぁ……。ティオボルドが何か流したのかもな」


 灰夢がミーアと目を合わせながら、小さく微笑む。


「……怪盗ファントム?」

「言ノ葉、そこは触れないでくれ……」


「ぶっふふ……。怪盗、ファントム……」

「透花……。次に笑ったら、影に沈めるからな?」

「す、すいませんでした……。ふふっ……」

「……おい」

「……あっ」


「まぁまぁ、そう……怒らんで、やって……くれた、まえ……」

「沙耶、てめぇも顔が堪えてんだよっ!」



「「 ──あいったぁああぁぁああぁぁあぁっ!! 」」



 猛烈なチョップと共に、地面にビキッとヒビが入り、

 頭の割れかけた沙耶と透花は、その場で悶えていた。


「ほんまに、凄い冒険やったんやなぁ……」

「わたしも、竜は、初めて見た……」


 苦しむ二人を気にすることなく、神楽とルミアが、

 天高くそびえ立つ竜の姿を見つめながら感心する。


 そんな二人の横では、恋乾三姉妹を肩に乗せた火恋が、

 ミーアと灰夢を交互に見つめ、一人でアワアワしていた。


「は、運び屋……」

「……あ?」

「お前、本当に大丈夫なのか? 国際指名手配とか……」

「別に、されるならされてもいいさ。それなら、国ごと潰すだけだ……」

「罪を重ねることに躊躇がないのか、お前は……」


 迷いのない灰夢の回答に、火恋が冷めた視線を送る。


「お姫さまを……」

「悪党から救った怪盗さん……」

「凄く、ファンタジーです……」


 何故か、『 誘拐 』という現実に疑問も持たず、

 感動している三姉妹に、火恋は言葉を失くしていた。


「幽霊と友達になった次は、お姫さまとドラゴンかぁ……」

「さすがフッシー、フレンドリーのレベルが違う……」

「でも、灰夢さまらしいですね。素敵です……」

「まぁ、ダークマスターは不可能を可能にする男デスからねっ!」


「なんで、ミーちゃんがドヤ顔してるのよ」

「相当楽しかったんでしょ、今回の冒険が……」

「いいですね。なんだか、わたしも羨ましくなりました」

「今度、ダークマスターにお願いするといいデスっ!」


 誇らしげなノーミーに、大精霊たちが笑みを送る。


「まぁ、紹介はこんなもんだ。集まってくれてありがとな」

「これからどうぞ、よろしくお願い致しますね」

『私からも、よろしくお願いします』


 こうして、ミーアとクラーラの新生活が始まった──



 ☆☆☆



 その日の午後、子供たちは灰夢と共に、

 いつもの畳の押し出し修行を再開していた。


「──よし、休憩だっ!」

「ふぅ、結構長持ちしたっすね」

「あの旅の実戦経験も、多少は活きてるんじゃねぇか?」

「そうだな。ボクも前より、敵の動きの予測を立てるのが早い気がする」

「成長を感じてるのはいい事だ。その調子だな」

「子供たちの成長は、わらわの一番の喜びやわ」


 神楽が微笑みながら、夜影衆の成長を見守る。


「火恋も目隠ししたまま、二体相手によく耐えたな」

「少しづつだが、気配を捉えるのに慣れてきている気がする」

「そうか。無意識でも出来てるなら、いい傾向だ……」


「わたしたちも、負けてられないのですぅ〜っ!」

「そうだね、頑張らなきゃっ!」

「もっともっと、やったったるぞぉ〜っ!」

「風花も……。姉さんと、もっと……頑張る、です……」

「うんっ! 風花と一緒なら、どこまでもっ!」


「あ、あのあの……」


「──うわぁ~っ!」

「──うわぁ~っ!」


 風花と鈴音の間から、幽々が背後霊のように小さな声を出す。


「はぁ、びっくりしたぁ……」

「心臓……。止まるかと、思ったです……」

「ご、ごご、ごめんなさい。そんなつもりは、なくて……」


 幽々が頭をぺこぺこ下げながら、必死に二人に謝罪する。


「どうしたんだ? 幽々、霊凪さんの手伝いをしてたんじゃねぇのか?」

「えっとえっと……。霊凪さんが、『 お弁当をみんなに 』と……」


 そういって、幽々が手に持っていた重箱を差し出す。


「そうか。なら、休憩ついでに昼飯だな。再開は三十分後だ……」



「「「 はーいっ! 」」」



 そうして休んでいると、見学していたミーアが歩み寄ってきた。


「あの、お兄さま……」

「……ん? どうした? ミーア……」

「ワタクシも、やってみてはダメでしょうか?」

「……やるって、修行をか?」

「……はい」


 突然の言葉に、灰夢がじーっと考え込む。


「こういうのって、ミーアの国でもあったのか?」

「いえ……。私の国での修行といえば、体術よりは剣戟が多いですね」

「あぁ……。海外では、そういうのをよく聞くな」


「ティオお兄さまにも、以前、少しだけ教えて頂いたことがあるのですが……」

「……ティオボルドに?」

「はい。ただ、『 危ないから…… 』と、止められてしまいまして……」

「そうか。ミーア自身としては、自分でもやりたいんだな」

「……はい」


 申し訳なさそうな表情をしながらも、ミーアがペコリと頷く。


「憧れなのです。ティオお兄さまも、とてもカッコよかったので……」

「あいつって、そんな剣戟が強いのか?」

「昔は、【 並ぶ者なき剣聖 】と呼ばれておりました……」

「……マジかよ、アレで?」

「まぁ、まだ若い頃のお話ですが……」

「し、信じらんねぇ……」


 灰夢は眉間にシワを寄せながら、ミーアの顔を見つめる。

 そして、灰夢は影を広げると、二本の竹刀を取り出した。


「ほら……。練習用はこれしかねぇが、やってみるか?」

「……良いのですか?」

「あぁ……。ただ、無理をしすぎねぇ範囲でな」

「……はいっ!」


 ミーアは嬉しそうに答えると、灰夢との距離をとり、

 受け取った竹刀をギュッと握りしめ、両手で構えた。


「自分なりでいい、俺に一撃入れてみな」

「は、はい。お兄さま……」


 緊迫した空気の中、ミーアが足を引いて狙いを定める。


「お姫さまには、危ないんじゃ……」

「本人が望んだのなら、仕方がないの……」

「お兄ちゃんは誰にでも、平等に接してくれますから……」

「まぁ、お兄さんなら大丈夫ですよ」


 月影と夜影の子供たちが見つめる中、ミーアは目を閉じ、

 ゆっくりと深呼吸をしながら、心をそっと落ち着かせた。



 そして、ミーアが目を開けた。次の瞬間──



























   その場からミーアが一瞬で消え、竹刀の音が響くと、


          道場の壁を突き破って、灰夢は外へと吹き飛んだ。



























「「「 ……え? 」」」


 全員が状況を読み込めないまま、その場にフリーズする。


「運び屋のお兄ちゃん……」

「あそこにいたのに……」

「消えちゃったです……」


「灰夢はん、壁を突破っていったどすえ……」


「……ちょ、何が起こったの?」

「わかりません、全く見えなかったのですぅ……」

「凄く……。びっくり、です……」


 道場の外で、思考の停止した灰夢が目を覚ます。


「痛ってぇ、死ぬかと思った……」

「……お、お兄さまっ!」


 倒れる灰夢に気づくと、ミーアは慌てて駆け寄っていった。



( そうだ、忘れてた……。こいつ、馬鹿力なんだった…… )



 灰夢が地面に倒れたまま、青く澄み渡る空を見上げる。


「お兄さま、大丈夫ですかっ!?」

「あぁ、気にすんな。骨が数本逝っただけだ……」

「申し訳ありません。ワタクシ、加減がわからず……」

「いや、俺が『 やれ 』って言ったんだ。お前は悪くない」

「ど、どうしたら……」

「すぐ治るから、ちょっとまってな」


 そんな話をしている間に、灰夢の体は修復されていった。



























 ( 『 危ない 』ってのは、ミーアじゃなく、ティオボルド自身の事か )



























 灰夢は体が治ると、ミーアと共に道場に戻ってきた。


「お、お兄ちゃん。……大丈夫ですか?」

「あぁ……。お前ら、ミーアと絶対やるなよ。死ぬぞ……」

「死にかけて戻ってきた人間が言うと、説得力が凄いどすなぁ……」


 神楽を始め、子供たちが灰夢に冷めた視線を返す。


「申し訳ありません。ワタクシは、やはり辞めておきます」

「でも、お前もやりたいんだろ?」

「はい。ですが、お兄さまに何度もお怪我をさせるわけには……」

「お前の力量は分かった。なら、あとはそれを超えればいい」


 灰夢が死術を発動させ、再び竹刀を強く握る。


「もう一回やってみろ、全力で……」

「……え?」

「今の俺はリミッターを外してる。だから、大丈夫だ……」

「で、ですが……」

「ミーア……。大丈夫だから、俺を信じろ」

「……お兄さま」


 灰夢の真っ直ぐな瞳に、ミーアがそっと息を飲む。


「わ、分かりました……」

「…………」


 二人が静かに見つめ合い、互いの竹刀を握りしめる。


「……だ、大丈夫でしょうか」

「動く前から、ドキドキが止まらないよ」

「ちょっと、次元の違う戦いですね」

「これは、目が離せないの……」


「……ま、参りますッ!」

「……あぁ、いつでもこい」


 ミーアは足を引くと、その場から再び消えるように走り出す。


「──ッ!!」

「──ッ!!」


 そのスピードを瞬時に見切ると、灰夢は一瞬で竹刀を振り、

 パンッと言う音を響かせながら、ミーアの攻撃を受け流した。


「──おぉっ! カッコイイ、狼さんっ!」

「さすが、お兄ちゃんは凄いのですぅ〜っ!」

「やっぱり、わてにも見えへんなぁ……」


「あのお姫さまも、凄く強いです……」

「あれはもう、強いとか言う次元なのでしょうか?」


 振り向いたミーアが灰夢を確認し、安堵の笑顔が溢れる。


「……お兄さま」

「お前も剣術、覚えてみるか?」

「ワタクシも、ご一緒してよろしいのですか?」

「あぁ……。俺流にはなっちまうが、それで良けりゃな」

「──はいっ! 是非、よろしくお願いしますっ!」


 ミーアは嬉しそうに笑顔を見せながら、灰夢に全力で抱きつく。


「──ぐふっ!!」

「あっ、 お兄さまっ!」





 力加減の分からない、馬鹿力を持った半竜少女の姫が、

 灰夢の弟子の一人として、修行仲間の一員に加わった。

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