第玖話 【 鳥籠の姫 】

 灰夢は、ティオボルドとの剣を交える決闘を終えると、

 王宮の中へと導かれ、とある部屋で天井を見上げていた。





「…………」

「…………」


 水の音が滴る中、灰夢が呆れ顔で呟く。


「なぁ……」

「……ん? なんじゃ?」

「なんで俺、お前と風呂に入ってんだ?」

「ここが一番、人に聞かれずに会話ができるからじゃろ」

「おいおい、そのツラで二人だけの秘密とか勘弁してくれよ」

「貴様、遠慮がないにも程があるじゃろ」


「そういうのは、年頃の異性が二人でするもんなんだよ」

「妹と風呂で二人だけの秘密なんてしてみろ。ワシが叩き切ってやる」

「なんで、お前の妹で女キャラが確定なんだよ」

「可愛いからに決まってるじゃろ。ミーアが……」


「はぁ、ゴーストヤバけりゃ、王様も病気か。この国もう終わってんな」

「おい、何か言ったか? 貴様……」

「あぁ、頭の病院に行ってこいっつったんだよ」

「よくも王に向かって、堂々とそんな態度を取れるのぉ……」

「俺はこの国の民じゃねぇ、王になんぞ興味ねぇんだよ」


「もう少し、ワシに敬意を払ってくれてもいいじゃん」

「何が『 いいじゃん 』だよ。舐めてんのか? てめぇ……」

「それはこっちのセリフじゃ、よそ者が人の家に侵入して何を言うか」

「まぁ、今の俺は怪盗だからな。そこは大目に見てくれ」

「それで許されるのなら、警備隊は要らんのじゃよ」

「確かに、違ぇねぇな……」


 他愛もない会話をしながら、二人は大浴場を満喫していた。


「ワシも、寄る年波には勝てぬか」

「老骨が無理するからだろ。意気がってた割に瞬殺だったじゃねぇか」

「もう少しくらい、動けると思ったんじゃよ」

「まぁ、その年にしては腕は立つ方だってのは認めてやるよ」


 灰夢の言葉に、ティオボルドがそっと微笑む。


「お主の剣術も、なかなかのものじゃった」

「そりゃどうも……」

「ワシが褒めてやってるんじゃぞ、もう少し喜んだらどうじゃ?」

「今更、人に認められて喜ぶような歳じゃねぇよ」

「全く、可愛げが無いのぉ……」

「俺に『 可愛い 』なんて言ってみろ。眼科もセットで紹介してやる」


 文句をグダグダ言いながらも、ティオボルドは笑っていた。


「貴様、ファントムと言ったか」

「あぁ……」

「お主は何故、聖剣を求めておるんじゃ?」

「俺もお前の妹と同じ、不老不死の体を持ってるからだ」

「……貴様、正気か?」

「正確には、お前の妹は不老長寿なだけだけだから、俺とは少し違うか」


 警戒心のない灰夢の姿を、ティオボルドが静かに見つめる。


「その力のせいで、俺は死ねない。だから、それを封印する方法を探してる」

「つまり、お主は自らの手で死のうとしておるのか?」

「あぁ、そういう事だ……」

「……何故じゃ?」

「俺には、生きてる実感そのものがない。それに、周りが死んでも俺は死なない」

「…………」

「まぁ、これは不死身にしか分からねぇ問題だろうが、もう孤独は飽きたんだ」

「そうか、ミーアと同じか……」


 そういうと、ティオボルドは再び天井を見上げた。


「…………」

「…………」


 石像から溢れるお湯が、湯船に注がれ心地いい音を立てる。

 そんな水の音を聴きながら、二人は静かに目を瞑っていた。


 そんな折に、ティオボルドがそっと口を開く。


「お主はミーアを見て、どう思った?」

「どうって、ただの子供にしか見えなかったが?」

「ただの子供か、そうじゃな……」


 その言葉に、ティオボルドは俯いていた。

 そんなティオボルドに、灰夢が語りかける。

 

「なぁ、王様よ……」

「……なんじゃ?」

「あの子はなんで、あんなに幼く見えるんだ?」

「それは、竜の力で歳を取らぬから……」

「違ぇよ、中身の話だ……」

「…………」


 灰夢の言葉に、王は言葉を詰まらせると、

 息を整えてから、真剣な顔で灰夢に告げた。


「のぉ、ファントムよ……」

「……あ?」

「お主に一つ、頼みがあるんじゃ……」

「……頼み?」

「……うむ」


 ティオボルドが水面を見つめ、静かに語り出す。





「これは今から、はるか昔の話じゃ──



 この地で一匹の竜が暴れ、ワシらの祖先が命を懸けて封印した。

 そして、その封印した遺跡を隠す為に、この城を立てたんじゃ。



 そして、それから長い月日を経て、今の街が作られた。



 地下に眠る遺跡のことを、今の民に知る者は居ない。

 知っておるのは、ワシら王家の血を継ぐものだけじゃ。


 民の平和を守る為に、こうして、ずっと秘密を守ってきた。


 そして、時代は移り変わり、ワシら兄妹が生まれ、

 この国の王子と姫として、大切に育てられていた。


 そんなミーアが、十四歳の誕生日を迎えた日の事じゃった。

 ミーアが地下の遺跡の入口を見つけ、迷い込んでしまった。


 そこに眠っていた剣には、かつて、国に猛威を奮った、

 【 聖天龍・リンドブルム 】が封印されていたのじゃ。


 その封印は、勇者の血を使わねば解けない封印だったが、

 ミーアは剣に触れた時、誤って刃で指を怪我してしまった。


 その結果、あの子は聖天龍の封印を解き、竜は目を覚まし、

 その力を身に宿してから、体の時が止まったままになった。


 それでもあの子は、その聖天龍と共に笑って話をしていた。

 王宮の誰もが怯えていたにも関わらず、あの子は手を伸ばした。


 そして、今は互いが穏やかに暮らす為に誓いを行い、

 地下にクラーラを住まわせ、静かな日々を送っている。


 じゃが、この国の民たちが呪いの噂を聞きつけてしまったせいで、

 ミーアに対する嫌悪感が大きくなり、暴動が起きかけてしまった。


 その為、長い間ミーアを城の一番上の部屋に隠したまま、

 国民に姿を見せないように、匿うことしか出来なかった。


 それ故に、今もあの子は、世間を知らなすぎるのじゃ。

 この城の外の世界を、ワシはあの子に見せられなかった。


 父と母が死に、ワシが王を受け継いでも、それは変えられんかった。

 そして、そう遠くない時期にワシにも、この世を去る時がやって来る。


 じゃから、ワシは何とかして、死ぬ前に彼女に自由を与えたい。

 このまま一人、あの子を残して死ぬ前に、枷を解いてやりたい。



 そんなことを考えていた時、ゴーストと名乗る男がやってきた。



 奴は十年前に、この城の宝物庫から三つの竜具を盗んで行った。

 あの竜具は、全てクラーラの素材を元にして作られておるらしい。


 それ故に、人間ですら身につければ、強大な力を得ることができる。

 そして、奴は立ち去る前に、十年後にミーアを迎えに来ると言った。


 ワシの求めていたミーアの自由は、奴の手に渡ることではない。

 きっと奴に捕まれば、奴隷のような扱いを受けてしまうだろう。


 じゃが、ずっと鳥籠に閉じ込めていても、とても可哀想に思えてな。


 できることは無いか。何をしたら、あの子に自由をやれるのか。

 ワシがいくら考えても、どうしても答えが導き出せないのじゃよ。


 あの子は笑っているが、たまに、どこか寂しそうな表情を見せる。

 このままミーアが悠久の時を隠れて生きる姿を、ワシは見たくない。


 それに、ゴーストがさらいに来るのも、もう時間の問題じゃろう。

 今の奴を前にしたら、この国の勢力では太刀打ちすることもできん。



 じゃから、ファントム。お主に、頼みたい──」



























         「 ……あの子を、盗んではくれぬか? 」



























 思いもしなかった王の言葉に、灰夢は目を見開いた。


「お前、正気か? 酒の飲み過ぎで酔いが回ったんじゃねぇか?」

「何を言うか、今日は酒の一滴も飲んでおらん」

「なら、耄碌もうろくが過ぎて、頭の病気が進行したんじゃねぇか?」

「それなら、ワシが一生面倒見ておるわぃ……」

「お前、自分が『 シスコン 』と言う病気を患ってる自覚はあるのか」

「まぁ、愛しい妹が可愛い姿のままなんじゃ。そりゃ愛でるじゃろ」

「やっぱ重症か。お迎えの時が来るのも、時間の問題だな」

「そうじゃな。じゃから、その前に託して逝きたい」


「俺、死ぬ為に来たって、今さっきお前に言ったよな?」

「でも、死ねるかどうかは分からんのじゃろ?」

「そりゃそうだが、死んだらどうすんだ?」

「その時はその時じゃ。それでも、ここにいるよりはよいじゃろうしな」

「マジで言ってんのか、お前……」

「いい加減、少しはワシの言葉を信じたらどうじゃ?」

「妹を盗めって……。なんで、それを初対面の俺に言える」

「そんなの、決まっておるじゃろ」

「……?」



























      「 お主がワシと同じ目を、しておったからじゃよ 」



























 迷いのないティオボルドの瞳に、灰夢が返す言葉を失う。


「…………」

「お主はワシと同じ、疎まれる孤独と、誰かを守る覚悟を持っとる」

「お前……」

「ワシもここまで、信用できると思った相手は初めてでな」

「だからって、愛する妹を連れていかれていいのか?」

「このままワシが死ねば、あの子の日々は更に孤独を増してしまう」

「…………」

「それなら、死ぬ前に羽ばたく姿を見届けてやりたい」

「……ティオボルド」

「……ふっ、やっと名前を覚えたか」

「…………」


 灰夢は天井を見上げて、そのまま息を大きく吐いた。


「はぁ……。ったく、面倒な老骨に目をつけられたもんだな」

「年上には、礼儀をわきまえるものじゃよ」

「それなら俺にわきまえろよ、俺は五百を超えてんだぞ……」

「……え?」

「ったりめぇだろ。不老不死なんだから……」

「……嘘じゃろ?」

「嘘じゃねぇよ。見た目はあれだが、これでも中身はとっくにクソ爺だ……」


 ティオボルドが顔に手を当て、どんよりと深く落ち込む。


「いかんな、ワシはとんでもないバケモノに頼み事をしてしまった」

「頼み事した相手に『 バケモノ 』とか言うなよ。聞いてやんねぇぞ……」

「まぁ、無駄に雄の匂いを漂わせる若造よりはいいか」


「てめぇ、それが人に頼む態度か?」

「お主には、こういう頼み方の方が聞きそうじゃろ」

「はぁ……。こういう、なんでも分かりきったような老骨は頂けねぇな」

「何を言うか。ワシの数倍も生きておる老骨が……」

「俺の場合は老骨よりも、狼骨だけどな」

「愚かじゃなぁ。文字で書かねば、違いが分からんじゃろ」


 変わらぬ戯言を抜かしながら、二人は大浴場の天井を見上げた。


「俺の名前は不死月 灰夢。別の国で、運び屋を生業としてる者だ」

「運び屋、そうか……」

「だからまぁ……。その、なんだ……」

「……?」

「運び屋の名に誓って、約束してやるよ──」



























        「 お前の妹は、必ず俺が運び出してやる 」



























 その言葉を聞くと、ティオボルドは静かに目を閉じた。


「……ありがとう。深く、感謝する」

「ただし、その先の未来でどうなるかまでは保証しねぇからな」

「構わんよ。きっと今の鳥籠よりは、マシじゃろうからな」

「はぁ……。揺るがねぇなぁ、ったく……」

「あんな顔を見たら、ワシも時が来たと思うわぃ……」

「……あんな顔?」


「あの子はワシとお主のやり取りを見て、心の底から笑っておった」

「あぁ、そうだな」

「あんなに楽しそうなミーアを見たのは、久しぶりじゃ……」

「……そうか」

「あの笑顔を守れるのなら、何を犠牲にしてもよい」


 そういって、ティオボルドが静かに笑みを浮かべる。


 すると、灰夢が大きく呼吸をして、お湯で顔を洗い、

 獣のような眼差しに変わると、王に向けて問いかけた。


「ゴーストってのは、お前よりも強いのか?」

「あぁ、強いぞ……。今は、竜具を全て持っておるからな」

「その竜具とやら、そんなに恐れるようなもんなのか?」

「あれはワシらの先祖である勇者が、実際に使っておったそうじゃ……」

「……どんな力があるんだ?」

「聞いた話によると、能力はこんなもんじゃな」





 霊宴ノ宝玉れいえんのほうぎょく  …… 封印された霊体を自在に操る力。



 光戦ノ腕輪こうせんのうでわ  …… 装着者に、光の加護を与える。



 聖剣・光ノ皇帝せいけん・リヒトカイザー  …… あらゆる者の魂や、異能の力を封印する聖剣。





「ぶっ飛んでんな。そりゃ、来る前に消えるのが正解か」

「そうじゃな、出来ることならそうして欲しい」

「はぁ、俺は聖剣が欲しかったんだがなぁ……」

「そんなもの、自由になったクラーラに封じてもらえば良いじゃろ」


 その言葉に、灰夢がガッと目を見開く。


「そうかっ! クラーラが自由になれば、力が戻るのかっ!」

「まぁ、それで死ねるのかはワシには分からんがな」

「死ねねぇならそれでいい。何事もチャレンジだっ!」

「死にたがりの老いぼれとは、見ていて悲しくなるのぉ……」

「うるせぇ、余計なお世話だ……」

「こうなる前に、ワシはとっとと逝くとしよう」

「その方がいい。俺みてぇになると、取り返しがつかねぇからな」

「説得力があり過ぎて、何も言えんわぃ……」


 ドヤ顔を見せる灰夢に、ティオボルドが呆れ返る。


「……出発は、いつにする?」

「今日はもう寝てるだろうから、明日伝えるとしよう」

「ミーアは、素直に出ると思うか?」

「どうじゃろうな。じゃが、選択肢なんぞ無いようなもんじゃ……」


「まぁ、どの道ゴーストがお迎えに来るんだからな」

「出来れば早く、明日にでも出て欲しいものじゃな」

「わかった。なら、とりあえず明日の夜に迎えに来るとする」

「あぁ、すまぬな。礼を言う……」


 そういって、二人がそっと笑みを交わす。


「……にしても。こりゃまた、厄介な依頼を受けたもんだな」

「ワシも、初対面の男に妹を預けるとは思わんかった」

「それを言われるミーアが、一番驚くだろうな」

「ははっ、そうじゃな……」


 ティオボルドと灰夢の間には、国も歳も地位も関係なく、

 純粋な二人の心に生まれた、男と男の絆が結ばれていた。



 ☆☆☆



 風呂を上がると、灰夢は隠しルートから城を出ていた。


「すげぇな。あの地下遺跡は、こんな所に繋がってんのか」

「城の隠しルートじゃ。たまにミーアが、外に出るのに使っておる」

「……ミーア、外に出していいのかよ」

「本当は禁じておるが、あの子がこっそり出ておるんじゃよ」

「知ってるのに止めねぇとは、随分と甘い兄さんだな」

「まぁ、それが数少ないあの子の自由じゃからな」

「……そうか」


 ティオボルドは別れ際に、灰夢の目を見て小さく呟く。



























         「 ワシの妹を、どうかよろしく頼む 」



























            「 ……あぁ、引き受けた 」



























      一人、宿に向かって夜の街を歩く灰夢は、


             大きな月に手を伸ばして、苦笑いしていた。



























「やれやれ、怪盗が冗談じゃなくなっちまったな」

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