第捌話 【 聖天龍 】
登場時の威嚇で、盛大に失敗してしまったクラーラは、
どんよりと落ち込みながら、地面に落書きをしていた。
「……おい、何で落ち込んでんだよ」
『だって……。結構、上手く決まったと思ったのに……』
「なんだ、『 上手く決まった 』って、喧嘩売ってんのか?」
『…………』
落ち込んだままの竜を見て、灰夢が呆れたまま言葉を失う。
『あなた、どうやってここに来たんですか?』
「聖剣のことはお前が詳しいって、案内されたんだよ」
『……誰に?』
「誰って、あいつに……」
竜が灰夢の後ろを見ると、入口にミーアが立っていた。
『……あっ』
「も〜っ! クーちゃんっ! 人を脅かしちゃダメって言ってるでしょっ!」
『いや、だって……。私は竜だから、人間に対しては威厳と言うものが……』
「それでもっ! お話はちゃんと聞かなきゃダメですっ!」
『……は、はい』
「すぐそうやっていじけるんだから、クーちゃんのバカっ!」
『だって……』
「『 だって 』じゃありませんっ! 口答え禁止ですっ!」
『あっ、はい……』
「むぅ……」
さっきまでお淑やかな国のお姫さまが、大きく頬を膨らませ、
その怒りを受ける巨大な体格をした白竜が、小さくなっていく。
( なんだ、このイカれた状況は…… )
『ミーア……。何故、この方を連れてきたんですか?』
「この方が、あなたの聖剣に触れてみたいとおっしゃっていて……」
『……私の聖剣に?』
「……はい」
『……そう』
クラーラは説明を聞くと、じーっと灰夢のことを見つめていた。
「あなた、お名前は……?」
「……ん? 俺は、しなづk……」
「この方は、ファントム様ですっ!」
( あぁ、でしたね。今の俺、怪盗ファントムだったわ )
ミーアの言葉に遮られるように、灰夢が口を閉じる。
『……ファントム? ゴーストではないのですか?』
「そのようですね。ワタクシには、どうも悪い方とは思えません」
『ん〜。ミーアはお人好しな所があるので、少し心配ですね』
「むぅ〜っ! クーちゃんのバカっ!」
「──バカっ!? 私は、あなたのことを思って……」
「ふんっ……。信じてくれないクーちゃんなんて嫌いっ!」
「き、嫌い……。ミーアに、嫌われた……もう、私なんて……」
「もぉ〜っ! また、そうやっていじけるっ!」
くだらないやり取りをするミーアとクラーラを、
灰夢は後ろから、呆れた顔のまま見つめていた。
「あんたら、随分と仲がいいな」
「はい。クーちゃんは、ワタクシの大切なお友達ですので……」
「そうか、なるほどな」
灰夢が何かに納得したように、竜の顔を見上げる。
「悪ぃな、急に邪魔しちまって……」
「いえ、こちらこそ……。ミーアのご客人とは知らず、失礼いたしました」
「改めて、俺は怪盗ファントムだ……」
『私は、【 聖天龍クラーラ・リントブルム 】という者です』
「クラーラか、それでクーちゃんね」
落ち着いた様子の竜を見て、灰夢が小さく微笑む。
「絵本にあった【 リントブルム 】は、彼女のことなのです」
「リンドブルム……。つまり、伝承の竜は、既に起きてたって訳か」
「はい、その通りです」
ミーアの説明に、灰夢が納得しながら頷く。
「竜にも、ちゃんとした名前があるんだな」
『……ちゃんとした名前?』
「世間じゃ、リントブルムとしか聞いてなかったからよ」
『クラーラの名は、ミーアが友の証として付けてくれたものなのです」
「そうなのか。そりゃ、いい名を貰ったな」
『……はい』
灰夢とクラーラの会話を聞いて、ミーアは嬉しそうに微笑んでいた。
『あなたは、どうして聖剣をお求めに?』
「ちょっと試したいことがあってだな」
『……?』
灰夢がミーアに話した内容と同じことを、そのままクラーラに伝える。
☆☆☆
話を聞くと、クラーラはミーアに手を伸ばして、そっと告げた。
『なるほど、あなたも同じ悩みをお持ちなんですね』
「……同じ悩み?」
『はい。私たちと同じ、長い時を生きる力です』
「『 私たち 』ってことは、ミーアもなのか?」
「はい。ワタクシも、もう長い間この姿のままなのです」
その言葉を聞いて、灰夢が酒場で出会った男の言葉を思い出す。
「待て。まさか、竜の尻尾みたいなのが生えてたりってするか?」
「よくご存知ですね。ありますよ、ほら……」
ミーアは少しだけスカートをめくり、中から竜の尻尾を見せた。
( ……みたいなのっつぅか、まんまじゃねぇか )
そんなミーアの姿を見たことで、灰夢の頭の中の話が繋がる。
「これは竜の契約によって、力の一部を共有している証なのです」
「その尻尾は、契約した時からずっと生えてるのか?」
「先代は自在に消したりできたそうですが、まだワタクシには難しく……」
「そうか。あの『 呪いの皇女 』ってのは、ミーアの事だったんだな」
「…………」
灰夢の言葉を聞いたミーアが、悲しげな表情で小さく俯く。
『ミーアは、呪いの皇女などではありませんっ!』
「……クーちゃん」
すると、灰夢の言葉に反応するように、クラーラは大きな声を上げた。
『この子は私を竜の姿を見ても、笑って受け入れてくれたのです。
ただ歩くだけでも、街や建物を破壊し、人々が恐れるこの私に、
ミーアは笑って肌に触れ、『 友達になろう 』と言ってくれた。
例え世間が、世の全ての人間が、この子を卑下しようとも、
私は必ずこの子を守ると、あの時、自分の心に誓ったのです。
ですから、この子を侮辱することは、この私が許しませんっ!』
真っ直ぐな瞳で灰夢を見つめるクラーラを見て、
灰夢は静かに笑顔を作ると、小さく口を開いた。
「そうか、良い友達を持ったな。ミーア……」
「……はい」
そんな灰夢の言葉に、クラーラが言葉を詰まらせる。
『牙朧武、でてきてくれるか?』
『……ん?』
灰夢の呼び掛けに応えると、牙朧武が影から姿を見せた。
『──な、なんですかっ!?』
「ファントム様、その方は……」
「俺の家族だ、敵じゃない。警戒しないでくれ……」
「御家族の方、ですか……?」
影から這い出た牙朧武が、物珍しそうにクラーラを見上げる。
「おぉ、今度は竜か。これまた凄い珍しい者がおるのぉ……」
『あなたは、一体……』
「吾輩は牙朧武、呪いから生まれた呪霊じゃ……」
『呪霊……? 何か、魔力とは違う強い力を感じますね』
「まぁ、呪力は呪いそのものじゃからのぉ……」
「ファントム様も、その方と共に過ごしていらっしゃるのですか?」
「あぁ、そうだ。牙朧武は俺の大事な友達で、かけがえない家族だ……」
「そうですか。やはり、悪い方ではありませんでしたね」
「信じてくれたんなら、よかったよ……」
そういうと、ミーアと灰夢は小さく笑顔を交わした。
「のぉ、灰夢よ……」
「なんだ? 牙朧武……」
「その、ファントム様ってなんじゃ?」
「そういう設定になっちまったんだ。出来れば触れないでくれ」
「……そ、そうか」
牙朧武が呆れた表情で、いつもの事のように頷く。
すると、灰夢は再び、驚くクラーラの顔を見上げた。
「まぁ、呪いってのも色々あるからな。全てを悪いものとは思っていない」
『あなたは人の身で、どうしてその力を恐れないのですか?』
「恐れる必要なんてないだろ。俺は不死身だ、どうせ死にもしない」
『…………』
「呪いを纏う人間は、時と共に理性を失うが、俺の体にはそれもない」
『あなたの不死の力は、肉体だけでは無いのですね』
「あぁ……」
牙朧武の姿をもう一度確認し、クラーラが灰夢に視線を向ける。
『ファントムさん、一つ質問です』
「……何だ?」
『あなたは何故、その力を解こうとしているのですか?』
「……どういうことだ?」
『あなたの不死の力の強さは、よく理解致しました……』
「…………」
『ですが、そこまでして死を求める理由は、何なのでしょうか?』
そんなクラーラの言葉を聞いて、ミーアも灰夢に視線を向けた。
「…………」
『…………』
灰夢はクラーラと見つめ合うと、どこか悲しげな表情で、
作られたような笑顔を見せながら、静かに質問に答えた。
「残される者の孤独を知ってるから。……で、いいか?」
『…………』
その言葉に、クラーラが大きく目を見開く。
『はい、大丈夫です。つかぬ事をお聞きしました、お許しください』
「別にいい、気にしないでくれ……」
互いの思いを悟るように、灰夢とクラーラが微笑み合う。
「クラーラ。あなたなら、この方の不死の呪いを解けますか?」
『…………』
「…………」
クラーラは灰夢をじーっと見つめると、目を瞑り首を横に振った。
『申し訳ありません。今の私では、恐らく難しいでしょう』
「……今の私? 何か、力の制限でも掛けられてんのか?」
『私は聖天龍。太陽の光を源として、力を発揮するのです』
「なるほど……。洞窟じゃ、そりゃ難しいな」
『……はい』
灰夢とクラーラが、洞窟の天井を見上げる。
「クラーラ、聖剣ではどうなのでしょうか?」
『そうですね。あの聖剣ならば、もしかすれば可能かもしれません』
「──ほんとかっ!?」
『……はい』
『聖剣リヒトカイザーは、私の素材を使って作られた聖剣です。
あれは私の力すらも封印出来るように、封印の力を清めた聖剣。
あの聖剣は、ただ掲げるだけで、あらゆる異能の力を封印します。
その刃は貫くことで、この私をも封印することが出来るので、
もしかしたら、不死の力を封印することも可能かもしれません』
「マジかよ。というか、リヒトカイザーっていうのか」
『はい。まぁ、その名前を知るものは少ないですが……』
「確かに、文字の並びだけはエクスカリバーっぽいな」
『……え?』
灰夢が顎に手を当てて、じーっと考え込む。
「いや、なんでもねぇ……。それなら、俺の力も封印できるのか?」
『試してみないと分かりませんが、可能性は高いと思います』
「そうか。なら、直接見てみるしかねぇな」
『ただ、ごめんなさい。私は今、その剣を持っていないのです』
「……なら、どこにあるんだ?」
「以前は、この国の宝物庫に飾られておりました」
「……以前は?」
『十年前のゴーストの奇襲で、三つの
「はぁ、マジかよ。……てか、三つ?」
すると、ミーアが小さくしゃがみ、地面に指で絵を描き始めた。
一つ …… 【
二つ …… 【
三つ …… 【
「この三つが、クラーラの竜の素材を元に作られた竜具です」
「おうおう。またなんか、強そうな名前がゾロゾロと……」
「ですが、この三つ全て、十年前に盗まれてしまいました」
「そうなのか。というか、クラーラの素材ってなんだ? 尻尾でも切ったのか?」
『ファントムさん、私をトカゲと一緒にしないでください』
「……えっ、違ぇの?」
『…………』
不思議そうな顔をする灰夢に、クラーラが冷めた視線を送る。
「脱皮殻や爪、周辺の鉱石なんかも、クラーラの力が宿りますので……」
「なるほど……。それをかき集めて、作られたってことか」
「はい。あれらの力は、素人には使いこなすのはとても難しいのですが……」
「十年前ってことは、もう取られて結構経ってるよな」
「そうですね。それに、ゴーストは城を去る前に、ある言葉を残したのです」
「……ある言葉?」
『 十年後、再びこの地にミーア姫を頂きに来る。
国ごと滅びたくなければ、潔く姫を差し出せ 』
「──と、ワタクシたちに告げ、ゴースト様は姿をくらましました」
「その十年後って、ちょうど今年ってことか?」
「はい、そうなります」
ミーアの不安そうな表情を見て、灰夢が再び考え込む。
「前は、いつ頃に攻めてきたんだ?」
「以前は、クリスマスの星夜でした」
「……クリスマス?」
「はい。祭りで警備兵が出払っていたところを侵入されたそうです」
「クリスマスって、今月じゃねぇか」
「今は竜具をお持ちなので、いつ来られてもおかしくないですけどね」
「はぁ……。なんかまた、めんどくせぇ時に来たなぁ……」
「……いや、それはいつもの事じゃろ」
「運が無さすぎるだろ。ここまで来ると、さすがに自分でも呆れる」
灰夢が天井を見上げながら、面倒くさそうに呟き、
そんな灰夢の姿を、憐れむように牙朧武が見つめる。
「ワタクシはファントム様が来られた時、初めゴースト様かと思いました」
「あぁ……。それで『 さらいに来たのか? 』なんて、俺に聞いてきたのか」
「……はい」
「そもそも、そいつはなんで、ミーアのことを狙ってるんだ?」
灰夢の質問を聞いたミーアが、気まずそうに目を逸らす。
「…………」
「……?」
『……恋です』
「……は?」
背後で呟かれたクラーラの言葉に、灰夢の口がパカッと開いた。
『一度目の襲撃で目をつけたらく、よくラブレターが送られてきます』
「おいおい。ただの片想いの延長戦で、国ごと滅ぼす気なのか?」
『はい、そのようです……』
「はぁ……、欲求不満にも程があんだろ。青春してんなぁ……」
頭を押え、ため息をつきながら、灰夢が呆れ返る。
『ラブレターには、『 聖なる夜は共に過ごそう 』と書いてあったそうです』
「……ちょっと待て、ミーアっていくつで止まってんだ?」
「一応、十四歳ですね。クラーラに出会った時からなので……」
「中学二年生だぞ、色々と頭が病気すぎんだろ。そいつ……」
灰夢の中のゴーストの印象が、ロリコンとして認定された。
『今の奴は強い。それ故に、私も警戒を強めてはいるのですが……』
「まぁ、クラーラが街に出てきたら、それこそ大問題だろうな」
『……はい』
「ワタクシも、どうしたらよいか分からなくて……」
「いつ来るか分からぬ以上、出来ることにも限りがあるのぉ……」
「力量も分からねぇとなると、対策のしようもねぇしなぁ……」
『……そうですね』
四人が何とかしようと、唸るように考え込む。
すると、祠の入口が、突然、ガバッと開いた。
「──何者じゃっ!」
「……あ?」
いかにも王様っぽい格好の老人が、祠の中に足を踏み入れる。
「おいおい、迷い人か? この場所でコスプレはやめた方がいいぞ?」
「何を言うかっ! ワシは、この国の真の国王じゃぞっ!」
「……国王?」
「ティオお兄さま……」
「あぁ、ミーアのお兄さまね。──お兄さまっ!?」
灰夢は老人とミーアを、五回交互に見返した。
「ふっ……。このワシこそが、国王ティオボルド・アルフォンスであるっ!」
「そのディノバルドが、ここに何しに来たんだ?」
「ティオボルドと言っとるじゃろっ! ──聞けよっ!」
「錬金術でも使えそうな名前してるじゃん。こいつが戦えば勝てんじゃね?」
「使えんわっ! ワシをなんだと思っとるんじゃっ!!」
「できねぇのかよ。無駄に強そうな名前してんのに、使えねぇなぁ……」
「王に向かって無礼な、もう少し態度を弁えんかっ!!」
「上下関係は苦手なんだ、勘弁してくれ……」
「…………」
微塵も気を使わない灰夢のストレートな言葉に、
ティオボルドは心底不満そうな表情を見せていた。
「お兄さま、どうしてここに?」
「いや、さっき地震のようなものを感じたんで、もしやと思ってな」
「あぁ、クラーラが天井から落ちてきたからか」
『も、申し訳ない……』
「まぁ、何ともないなら良い。それで、こやつとそこの……」
「……ん? なんじゃ?」
呪力を纏う牙朧武の姿を見て、ティオボルドが思わず言葉を失う。
「お兄さま……。この方は怪盗ファントム様と、その御家族の牙朧武様です」
「ミーア、この場で『 怪盗 』って言っちゃダメじゃね?」
「貴様、まさかゴーストの手先のっ!?」
「あのなぁ……。そんなやつが、こんな堂々といるわけねぇだろ」
ティオボルドが腰の剣に手をかけながら、
警戒するように、灰夢をじーっと見つめる。
そんなティオボルドの心を落ち着かせるように、
剣を掴むティオボルドの手を、ミーアが握った。
「お兄さま……。この方はただ、聖剣を見てみたいとのことでして……」
「……聖剣を見たい? 盗みたいでないのか?」
「あぁ……。俺の呪いを封印できるかどうかだけ、一度、試してみたくてな」
「何か、訳があるということか」
「まぁな、お前らに害を与える気はねぇよ」
「ん〜。にわかには信じ難いが、ミーアが言うのなら……」
ティオボルドは、灰夢の狼面をじーっと見つめると、
何かを思いついたかのように、小さく笑みを浮かべた。
「お主、剣は持っておるか?」
「……は?」
「剣じゃよ、持っておらんのか?」
「まぁ、あるにはあるが……」
「ならば、ワシと剣を交えて見せよ」
ティオボルドが距離を取り、腰の刀を抜いて差し向ける。
「──お、お兄さまっ!?」
「何、ただの模擬戦じゃよ。どうじゃ、怖いか?」
「…………」
「…………」
灰夢とティオボルドが数秒間、静かに見つめ合う。
「…………」
「まだゴーストと疑ってるから、って訳じゃなさそうだな」
灰夢はティオボルドの考えを悟ると、警戒を解き、
目の前に手を伸ばしながら、死術式を展開し始めた。
【
『
【
血で作られた刀を握り、灰夢がティオボルドに向ける。
「……ほぅ? 面白い力を使うのぉ、お主……」
「高血圧でぶっ倒れる前に、ちゃんと止めろよ?」
「ふっ、若造が。意気がるでないわぃ……」
「そのセリフ、そっくりそのまま返してやらァ……」
二人は己の
一切の合図もないままに、同時に駆け出し刃を交えた。
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