第肆話 【 体育祭 】

 その日、灰夢は言ノ葉と氷麗の体育祭に足を運び、

 桜夢、霊凪、梟月、恋白、白愛と共に観戦していた。





「なんか俺が呼ばれるの、当たり前になってねぇか?」

「うふふっ……。灰夢くんに応援されると、頑張れるんだそうよ」

「俺は一応、裏社会の運び屋なんだが……」


「主さまの存在は、わたくしたちには、とても大きな存在ですからね」

「恋白まで言うか、こりゃ逃げ場がねぇな」

「あるじぃ〜、負けた〜っ!」


 困った顔の灰夢を見て、白愛が嬉しそうに微笑む。


「でも、たまにはこういうのもいいんじゃないかい?」

「梟月はこういう時、ちゃんと店を出てくるよな」

「まぁ、わたしも娘の晴れ姿ぐらいは、ちゃんと見たいからね」


 そんな家族を他所に、桜夢が辺りを興味津々に見渡す。


「狼さん、学校ってお祭りが多いんだねっ!」

「……今の時期だけな」

「ワタシ、学校行くのワクワクしてきたっ!」


「はぁ……。見に来るのはいいんだが、あれがなぁ……」

「……あれって、何かしら?」


 霊凪たちが後ろを見ると、狼ファンクラブが見つめていた。


「狼さまが、また応援に来ていらっしゃるわっ!」

「私のことも、応援して下さらないかしらっ!」

「やだぁ〜、借り物競争でウチ、声掛けちゃおうかなぁ〜っ!」

「ちょ、白雪姫さまに怒られるわよっ!」


 その少女たちの集団を見て、霊凪たちが目を丸くする。


「そういえば、文化祭にも居たわよね。あの子たち……」

「灰夢くんのファンクラブだそうだ。若い子は素直でいいね」

「さすが、言ノ葉さまたちの高校です。良い目を持った生徒がおられますね」


「俺からしたら、眼科を勧めたいくらいなんだが……」

「そうですか? わたくしは素直でいい子たちだと思いますよ?」

「お前もアイツらも、俺が何に見えてんだよ」

「主さまは、わたくしたち家族を照らす暖かな太陽でございます」

「月影なのに、太陽になっちまったのか。俺は……」


 そんなことを言いながら、灰夢は言ノ葉たちを探していた。


「恋白、次の種目ってなんだ?」

「えっと、一年生の障害物競走というものですね」

「障害物競走か。そいつは、氷麗が苦手そうだな」

「なんでも、二人一組で走ると書かれております」

「二人一組。……ってことは、言ノ葉は氷麗とペアかもな」

「そうね。あの子たちなら、きっと一緒だわ」


 霊凪や恋白も一緒になって、障害物競走の待機列を探す。


「……あいつら、いるか?」

「あっ、おられましたよっ! 今、並んでいる列に……」

「あらあら、氷麗ちゃんも一緒にいるわよ」

「あのギャル共もいるじゃねぇか、仲良くやってんだな」

「子供たちの青春というのは、本当に眩しいね」

「やめろよ、梟月。自分が老いぼれに感じるだろ」

「月影の中で最年長の君が、今更、何を言ってるんだい」


 そんな灰夢たちの事を、言ノ葉と氷麗も見つめていた。


「あわわ、お兄さんが見てるぅ……」

「氷麗ちゃん、緊張しすぎなのです」

「……だってぇ〜っ!」


 青ざめた顔でうずくまる氷麗に、言ノ葉が冷たい視線を向ける。


「おいおい、そんなんじゃ最後まで持たねぇぞ?」

「灯里ちゃんは、いつも通りですね」

「まぁ、アタシはスポーツは得意だかんねっ!」

「こいつ、むしろスポーツしか出来ないから……」

「ちょ、香織っ! そういうこと言うなって……」

「だって事実でしょ、テスト赤点だったし……」


「教えてもらったのに出来なかったことは悪かったって、謝ったじゃん!」

「ウチは初めから鉛筆を転がしたことに怒ってるのっ! もう知らないっ!」

「おいおい、引きずる女はモテないぞ……」

「うっさいな、そんなこと言うともうノートも見せないんだからっ!」


「あ〜も〜ごめんってば、今度パフェ奢るからっ! なっ?」

「えぇ〜……」

「この通〜りっ!」

「はぁ、しょうがないなぁ……」

「いやぁ、香織はやっぱり優し( くてチョロ )いなぁ……」

「おいっ、なんかボソッと間に聞こえたぞ。灯里……」


 じゃれ合う灯里と香織を見て、梅子が微笑ましく笑う。


「えへへ、香織ちゃんもいつも通り……」

「梅子、あんたの障害物競走のペアって誰だっけ?」

歩美あゆみちゃんだよ。今は御手洗に行ってるけど……」


「そっか、あの子足速いんだよなぁ……」

「まぁ、陸上部のエースだからね」

「でもまぁ、梅子がペアだからな」

「酷いよ、灯里ちゃんっ! ストレート過ぎだよぉ……」

「あははっ、ごめんごめん。あっ、早乙女さおとめが帰ってきたよっ!」


「ごめんなさい、お待たせしました……」

「大丈夫だよ、足の紐巻くねっ!」

「はい、お願いします……」


 梅子は一本の紐を手にすると、ペアの少女の足と結んだ。


「よ〜し、いっちょバッチリ走りきるぞ〜っ!」

「わたしたちも、頑張るのですぅ〜っ!」


「言ノ葉……。私、運動神経悪いから、足を引っ張っちゃったらごめんね」

「なら、今のうちに、わたしが胸の重りを言霊で消しましょうか?」

「やめてよ、シャレにならないから……」


 真顔で胸を見つめる言ノ葉に、氷麗が哀れみの視線を向ける。


「私も足引っ張っちゃったらごめんね、歩美ちゃん……」

「大丈夫ですよ、梅子さん。練習通りに行きましょうっ!」

「う、うん。頑張るね……」


 そんな話をしている間に、言ノ葉たちの出番となり、

 スタート列に並ぶ言ノ葉たちを、灰夢は見つめていた。


「まずは、言ノ葉たちか……」

「そのようだね、これは見ものだ……」

「言ノ葉〜っ! 頑張れ〜っ!」

「氷麗ちゃ〜ん、ふぁいっとぉ〜っ!」

「言ノ葉さま、ファイトでございますっ!」

「ふぁいとぉ〜っ! お~!」


 レーンに並ぶ言ノ葉と氷麗が、走りの構えで合図を待つ。


「頑張りますよ、氷麗ちゃんっ!」

「う、うんっ!」



『 位置について、よーいドンッ!!! 』



 放たれたピストルと共に、二人は揃って走り出した。


「「 ──1、2っ! ──1、2っ! ──1、2っ! 」」


 息ピッタリの二人が、グングンと後ろを離していく。


「おぉ、意外と速ぇじゃん。あいつら……」

「うふふ。言ノ葉〜っ! 氷麗ちゃ〜んっ! 頑張れ〜っ!」

「ファイト〜っ! 言ノ葉ちゃ〜んっ! 氷麗ちゃ〜んっ!」

「ふぁいとぉ〜っ! おぉ〜っ!」


 勢いを増す二人の前に、最初の障害物が現れる。


「氷麗ちゃん、ネットですっ!」

「うんっ! よいしょっと……」

「よし、これなら……あれ? 氷麗ちゃん、大丈夫ですか?」

「ごめん、思ったよりネットがキツくて、体が……」


 言ノ葉が振り向くと、胸とネットに挟まれる氷麗が必死にもがいていた。

 そんな光景を見た言ノ葉が、恨めしい瞳でボソッと小さく一言だけ呟く。



























       『 ……ネットさん、少しどいてください 』



























 言ノ葉が呟いた瞬間、ネットが氷麗の周りだけフワッと浮く。


「あれ、急に楽になったっ!」

「はい。早く出ましょう、氷麗ちゃん……」

「う、うん……」


 その一瞬の光景に、灰夢が呆れた視線を送る。


「おい。今のネットの動き、おかしかっただろ」

「そうですか? あまり気が付きませんでしたが……」

「あっ、二人が出たわよっ! いけいけ〜っ!」

「はしれぇ〜っ!」

「頑張れ〜っ! 氷麗ちゃ〜んっ! 言ノ葉ちゃ〜んっ!」


 すると、二人の前に、次の障害物が姿を見せた。


「次は風船をお尻で割るんですね、オリャッ!」

「あっ、大丈夫? 言ノ葉……」


 言ノ葉の体が、ボヨンッと風船に弾き返される。


「むむむっ、なかなか割れないのですぅ……」

「なら、私が……オリャッ!」


 氷麗が風船にのしかかると、パンッと一撃で割れた。


「やった、割れたっ!」

「はい、さすがですね。氷麗ちゃん……」

「ちょ、言ノ葉。……なんで泣いてるの?」


 それを見ていた言ノ葉が、静かに涙を流す。


「おい、なんか言ノ葉が泣いてんぞ……」

「まぁ、あれは女性にしか分からない悲しみですね」

「言ノ葉、壁を乗り越えるのよ。頑張れ、私の娘……」

「言ノ葉ちゃん、君ならきっとできる……」

「おい、掛ける言葉がおかしくなってきてねぇか?」


 ゴール手前の二人の前に、吊るされたパンが姿を見せる。


「最後は、このパンさえ取れれば……。──えいっ!」

「…………」

「──えいっ! ──えいっ! ──えいっ!」


 氷麗がジャンプして、吊るされたパンを加えようとする度に、

 言ノ葉の目の前では、大きな脂質がポヨンポヨンと跳ねていた。



























         『 ……もう、勘弁してください 』



























 その瞬間、パンが自動的に言ノ葉の口へと飛んでいく。


「……あれ?」

「うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおお〜っ!!!」

「──ひゃっ!? ちょ、ちょっと待って、言ノ葉っ! 待ってぇ〜っ!」


 言ノ葉は涙を流しながら、氷麗を引きずってゴールした。

 そんな娘を見ていた霊凪が、客席で嬉しそうに歓喜を上げる。


「やった〜っ! 一位よっ! さすが、私の娘〜っ!」

「最後のパンの動き、あからさまに浮いてきてただろ」

「大丈夫だよ、狼さん。バレなきゃセーフだから……」

「桜夢は、またそういうことを言う。お前には教育が必要だな」

「言ノ葉さまは、戦ってたんだと思いますよ。ご自分と……」

「恋白、言ノ葉に手を合わせて祈りを捧げるのはやめろ」


 走り終えた言ノ葉が、立ちすくんだまま涙を流す。


「いてて……。……言ノ葉、どうしたの?」

「このボンキュッボンめっ! 氷麗ちゃんなんか、大嫌いなのですぅ〜っ!」

「──えっ!? どうしたの、言ノ葉っ!? なんで、怒ってるのぉ〜っ!」


 言ノ葉は唇を噛み締めながら、ポコポコと氷麗を叩いていた。

 そんなことをしている間に、灯里と香織の順番が回ってくる。


「次は灯里と香織か、あいつらも仲良いな」

「あの子たちが、よく言ノ葉たちとお弁当を食べてる子よね?」

「あぁ……。見た目はあんなでも、中身は意外と真面目だ」

「うふふ、今日は奮発してきたから、たくさん食べてもらわなくちゃっ!」


 灯里と香織は、真剣な顔でスタートの合図を待っていた。


「行くぞ、香織……」

「──うんっ!」



『 位置について、よーいドンッ!!! 』



 スタートの合図が響くと、二人は猛スピードで駆け出し、

 他の走者たちとの距離を、グングンと引き伸ばしていった。


 そんな二人のコンビネーションに、灰夢たちも目を丸くする。


「すげぇな。あの二人だけ、一人で走ってるみてぇなスピードだ」

「香織ちゃんも灯里ちゃんも、運動神経いいもんねっ!」

「まぁ、あれは多分、あの二人だからなんだろうな」


 二人はネットをあっという間に潜り抜け、風船エリアへと辿り着く。


「香織、風船割ってっ!」

「オリャッ! 割れたっ!」

「よし、行くぞっ!」


「灯里、パン取ってっ!」

「任せろっ! アグッ……。やった、一発ゲットっ!」

「よし、行こうっ!」


 香織と灯里は止まることなく、猛ダッシュでレーンを駆け抜けた。


「うっし、お疲れ様。香織……」

「うん。ナイスファイト、灯里……」


 互いに笑顔を交し、二人がハイタッチをする。


「おぉ〜っ! 灯里ちゃんと香織ちゃん、凄いのですっ!」

「ほんと、息ぴったりって感じだね」

「次は梅子ちゃんと歩美ちゃんです、楽しみなのですっ!」

「うんっ! 勝てるようにお祈りしとこうっ!」


 言ノ葉と氷麗は手を合わせ、梅子たちを見つめていた。


「次は私たちだぁ、ドキドキするぅ……」

「頑張って、お父さんにいいとこ見せないと……」

「……ん?」

「あっ、ごめんね。なんでもないの、頑張ろうねっ!」

「うん、頑張ろうねっ!」


 歩美の言葉に疑問を抱きながらも、梅子が走る構えに入る。

 そんな梅子と歩美を、観客席から灰夢たちが見つめていた。


「次は梅子か。あの横の子は見たことねぇな」

「あら、灰夢くんも知らない子がいるのね」

「霊凪さんよ。俺は、女子高生マスターじゃねぇんだぞ?」


「狼さん、女の子大好きだもんね」

「てめぇ、いい加減その口塞いでやろうか?」

「──えっ!? いや、その……ここでは、ちょっと……」

「いや、なんで赤くなってんだよ」


 何故か、顔を赤らめる桜夢に、灰夢がしかめっ面を向ける。

 そんな話をしている間に、スターターピストルが構えられた。


「頑張りましょう、梅子さん……」

「……う、うんっ!」


 走りの構えをする二人が、真剣な顔で息を飲む。



『 位置について、よーいドンッ!!! 』



「……あっ」

「あ、足がっ……キャッ!」


 スタートの合図と同時に駆け出した梅子と歩美は、

 別々の足を前に出し、スタートから盛大に転んだ。


「あぁ、ありゃやべぇな……」

「あらあら、大丈夫かしら……」


 二人が慌てて立ち上がり、互いを気にかける。


「大丈夫ですか? 梅子さん……」

「うん。ごめんなさい、歩美ちゃん……」

「大丈夫です、まだ巻き返せますからっ! ……ワタシを信じてっ!」

「……うんっ!」


 歩美の笑顔を見ると、梅子は笑って肩を組んだ。



「「 ──1、2っ! ──1、2っ! ──1、2っ! 」」



 二人が体勢を立て直して、前を走る走者に近づいていく。


「狼さん、梅子ちゃんたちが追いついていくよっ!」

「おぉ、すげぇな。スタートのアレが嘘みてぇだ……」


 そんな二人の様子に、言ノ葉たちも目を見開く。


「梅子って、あんなに速かったっけ?」

「ね、ウチもびっくりしてる……」

「梅子ちゃんと歩美ちゃん、凄く速いのですぅ〜っ!」

「凄い凄い、頑張って〜っ!」


 ビリだった梅子と歩美が、パン食いの所で一位と並んだ。


「歩美ちゃん、届く?」

「任せてくださいっ! せーの、──えぇいっ!」


 二人が勢いよく飛び跳ね、歩美が一発でパンを加える。


「取りました、行きましょうっ!」

「凄いです、ありがとうっ!」


 そのまま二人は走り出すと、無事に一位でゴールをした。


「やったやったっ! 凄いよ、歩美ちゃんっ!」

「えへへ、梅子さんも凄かったですっ!」

「ごめんね。わたし、最初に諦めちゃいそうになっちゃった……」

「でも、最後まで頑張ってくれたから、ちゃんと勝てましたっ!」

「歩美ちゃんのおかげだよっ! ありがとね、歩美ちゃんっ!」


 一位の梅子を見た灯里と香織は、驚きで口を開けていた。


「マジかよ、梅子のやつ一位でゴールしたじゃん」

「嘘、あの梅子が……」

「さすが梅子ちゃんと歩美ちゃんです、かっこよかったのですぅ〜っ!」

「なんか、私までドキドキしちゃった……」


 そんな白熱する競技に、灰夢たちも歓喜を上げる。


「凄いね、狼さんっ! なんかドラマだぁ〜っ!」

「梅子もやるなぁ、全員一位でゴールじゃねぇか」

「うふふ、白熱するわねぇ……」

「素敵ですね、青春とは素晴らしいです……」

「せ〜しゅんっ! せ〜しゅんっ!」


「恋白、この次の競技はなんだ?」

「この後はお昼を挟んで、後半の玉入れでございますね」

「昼か。なら、弁当でも広げとくかな」

「そうね、お昼の用意をしましょっ!」





 灰夢たちは、観客席に持ってきたお弁当を広げると、

 食べに戻ってくる予定の、言ノ葉たちを待っていた。

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