第伍話 【 弟子入り志願 】

 本当の強さを探す為、火恋は灰夢に修行を頼み込み、

 朝日を見つめながら、灰夢はそれを受けいれるのだった。





 そんな折に、灰夢が不満そうに火恋を見つめる。


「……まぁ、それはいいんだけどよ」

「……なんだ?」

「他の夜影衆の奴らまでとか、言わねぇよな?」

「あぁ、これは私の独断だ……」

「そうか、なら……」

「……ん?」


























    「 そこで聞き耳を立ててるガキ共は、いったいなんなんだ? 」


























「「「 ──ギクッ! 」」」

「……へ?」


 灰夢の一言に反応するように、物陰からガサッと物音が響き、

 火恋が後ろを振り向くと、夜影衆の子供たちが見つめていた。


「な、なんで……。お前たち、まで……」

「いや〜。起きたら火恋姉がいなかったっすから、それで……」

「神楽さまが、『 火恋なら、灰夢はんの所に行ったで…… 』と言ってたのだよ」


「だから……」

「夜海たちも……」

「会いに来たですっ!」

「いや、別に来なくていいんだが……」


 子供たちの言葉を聞いて、火恋が静かに俯く。


「なら、お前ら……聞いてた、のか? 私の話……」

「まぁ、途中からっすけど……」

「……どこから?」

「『 私に修行をつけてくれないか? 』の辺りからっすね」

「…………」

「……火恋姉?」

「……だ」

「……だ?」



「──だったら、もっと早く言えぇぇぇぇええッ!」

「「「 ──うわあぁぁぁあっ!!! 」」」



 火恋は炎を纏いながら、子供たちと鬼ごっこを始めた。


「はぁ、朝っぱらから賑やかだなぁ……」

「なんだか、とても楽しそうだね」

「……あ?」


 呆れる灰夢の後ろから、店の主がゆっくりと歩み寄る。


「みんな、随分と元気になったようだね」

「……梟月」

「火恋くんと、話は出来たかい?」

「あぁ……。なんかまた、弟子が増えちまった……」

「そうか、それはよかった」

「お前……。そう仕向ける為に、俺に借金返済の話を言わせただろ」

「まぁ、頼りやすい者がいるのは良い事さ」

「少しは、それを受ける俺の身にもなってくれ」


 顔を真っ赤に染めながら、炎を出し、死ぬ気で追い回す火恋と、

 必死に逃げる子供たちを見つめながら、灰夢が面倒さそうに呟く。


「君の背中は、あの男によく似ている。どの道、こうなるとは思っていた」

「俺には既に、五人も面倒を見てるガキがいるんだぞ?」

「言ノ葉から、最近は新しい訓練を取り入れていると聞いているよ」

「これ以上弟子が増えたら、さすがに俺にも限度ってのがあんだろ」

「君は雷の速度で動ける。1クラス分くらい、朝飯前だろう?」

「俺は殺せ〇せーか。暗〇教室してんじゃねぇんだぞ」

「殺し屋の子供たち生き方を教えるんだ、似たようなものだよ」


「ったく……。忌能力の特訓って、割と危ねぇんだからな?」

「……君は死なないだろう?」

「俺じゃなくて、ガキ共が暴走した時の話だ」

「マッハ88万で助けてあげれば、きっと大丈夫だよ」

「お前の中の俺の期待値、どんだけ高ぇんだよ」


 微塵もブレない梟月に、灰夢が呆れた視線を送る。


 すると、追われていた夜影衆の子供たちが、

 灰夢を盾にするように、後ろに隠れだした。


「助けてくださいっす、運び屋さんっ!」

「あっ、お前ら。運び屋を盾にするのはズルいぞっ!」

「ズルいのは火恋姉っすっ! 一人だけ抜け駆けして……」

「抜け駆けって、そんな変な理由じゃないだろっ!」

「自分も修行つけて欲しいっす。ねっ! 運び屋さんっ!」

「いや、『 ねっ! 』って共感されても、知らねぇんだが……」


「ボクも君に興味があるんだ。もっと色々と教えてくれたまえよ」

「生憎だが、俺はモルモットじゃねぇ……」

「不死身の体に、幻影、妖炎、骸骨……。まるで、悪役のような術の数々……」

「人に助けて貰っといて、その言い方はどうなんだ?」

「そんな馬鹿げた力で人を助ける君に、ボクは興味が尽きないのだよ」

「知らねぇよ。死ねない理由なんか、俺が聞きてぇくらいだっつの……」

「ボクの知力をより磨く為にも、ボクも修行に入れてくれないかね?」

「あのなぁ、急に三人は増えすぎだって……」


 嫌そうな表情を見せる灰夢の足元に、幼女三人がしがみつく。


「夜陸たちもっ!」

「もっと強くっ!」

「なりたいですっ!」


「おい、秒で人数が倍になったんだが……」

「では、わたしは店に戻るとするよ」


 シレッと帰ろうとする梟月の肩を、灰夢がガシッと力強く掴む。


「ちょっと待て……。てめぇ、この状況で、よくスルーできるな」

「その子たちは、わたしに弟子入りを申し出ている訳では無いからね」

「覚えとけよ、梟月……」


 梟月はニコッと笑顔を返すと、店の中へと戻っていった。


「チッ、人の苦労も知らねぇで……。そもそも、なんで俺なんだよ」

「だって、自分が透明になっても見抜ける人なんか、他に見た事ないっすもん」

「ここにはたくさんいるだろ。蒼月なんか、多分、普通に見えてんぞ」

「それもそれで、普通に怖いっすね」

「あいつらの方が、俺なんかよりよっぽどバケモノだっつの……」

「そこまで来ると、余裕で人間の域を超えてるっす」

「そりゃ、ここには精霊と悪魔とサイボーグがいるからな」


「まぁ、それは置いといて……」

「……置いとくなよ」

「出来れば、バレない動きを教えて欲しいんす」

「バレない動きってのは、忍び足ってことか?」

「それっす! それを知りたいんすっ!」

「それこそ神楽に聞けよ。あいつは元凄腕の暗殺者だぞ……」

「神楽さまは忍ばないで、他人に化けて紛れるタイプじゃないっすか」

「あいつなら、透明にならなくてもバレねぇぐらいスキル高ぇよ」

「そんなぁ、お願いっすよぉ……」


 縋るような声を出しながら、透花が灰夢にしがみつく。


「運び屋くんも、ボクのように身体能力を上げられるのだろう?」

「いや、身体能力を上げるというか、死術で自分のリミッターを外してるだけな」

「そんな能力を使える者が、ボクの身近には居ないのだよ」

「……沙耶の忌能力は、神楽のとは違うのか?」

「ボクのはあくまで、生物として壊れない限界までだ。神楽さまのは異次元すぎる」

「まぁ、確かに……。あれは、生物が生まれ変わるレベルだからな」


「だから、ボク自身も戦えるように、ボクも鍛えてくれたまえ」

「ルミアに頼めよ。リリィと同じなら体術くらい使えるだろ」

「それは一歩間違えたら、ボクの体からカルミアが咲き誇ってしまうじゃないか」

「だからって、俺にも仕事とか色々あるんだぞ」

「でも、『 お兄さんは、いつもは暇してる 』って、氷麗くんが……」

「あのやろぉ、ぜってぇ許さねぇ……」


 しかめっ面をしながら、灰夢が拳を握りしめる。


 そんな氷麗への怒りに震える灰夢の足元に、

 ちょこちょこと、幼女三人が歩み寄ってきた。


「夜空たちもっ!」

「運び屋のお兄ちゃんにっ!」

「教わりたいですっ!」


「お前らだって、別に俺じゃなくてもいいだろ」


「前に言ってた……」

「雷遁の人……」

「見つけましたっ!」


「いや、雷遁っつうか。あれは死術で、俺の術じゃねぇんだが……」


「運び屋のお兄ちゃんの……」

「術の使い方……」

「かっこよかったですっ!」


「とは言っても、風遁や火遁ならともかく。俺は水遁や土遁は使えねぇぞ?」


「それじゃあ……」

「夜海たちは……」

「ダメ、ですか……?」


「…………」


 顔を歪ませ悩む灰夢を、幼女たちがじーっと見つめる。


「はぁ、わかった。あくまで俺の教えてやれる範囲だけだからな?」


「えへへっ……」

「運び屋のお兄ちゃん……」

「優しいです……」


 ため息をつきながら、灰夢が仕方なさそうに承諾すると、

 茶釜三姉妹が嬉しそうに微笑みながら、足元にくっついた。


「あぁ〜っ! ずるいッスよ、夜陸たちだけ……」

「今、完全に上目遣いにやられたな。運び屋くん……」

「運び屋さんって、もしかして本当にロリコンなんすか?」

「やめろよ。風花と鈴音だけでも、すげぇ被害受けてんだから……」


「五人の幼女に包まれるとは、犯罪者予備軍もいいところだな」

「てめぇが言うな、沙耶……。その体格で、本当に透花や子狸共の姉なのか?」

「乙女になんてことを言うんだっ! ぼかぁ、これでも気にしているんだよっ!」


 頬をぷっくらと膨らませながら、沙耶が灰夢を睨みつける。


「なら、お前の修行はまず、毎日牛乳を飲むところからだな」

「ぐぬぬ、このプリティー沙耶ちゃんに向かって、よくも……」

「誰がプリティーだ、自分で言ってんじゃねぇよ」

「自分で言わないと、誰もいってくれないんだよぉっ!」

「テメェがそもそも、プリティーじゃねぇからだろっ!」


 ド直球な言い合いをする沙耶と灰夢を、

 透花と火恋は、冷めた瞳で見つめていた。


「あの、そんなことはいいんで、修行の話を聞いてくださいっす」

「そんなこととはなんだ、ボクにとっては大事なことなんだぞっ!」

「沙耶姉の身長なんて、自分にはどうでもいいっす」

「このやろー、姉に向かってなんてことを言うんだ」

「自分らは同い年ですし、自分が姉でもいい気がするっす」

「なんだとぁ〜っ!」

「や〜い、や〜いっ!」


 透花が灰夢を盾にしながら、沙耶と鬼ごっこを始める。


「てめぇら、人の周りで遊ぶんじゃねぇ……」

「運び屋……。私の妹たちに何かしたら、許さないからな?」

「てめぇの修行の話も、今すぐ取り下げてやろうか? 火恋……」


 各々がくだらない言い合いをしていると、七人の後ろから、

 カタカタと下駄を鳴らしながら、一人の女性が姿を見せた。



























         「 おやまぁ、随分と仲良くなったんやな 」


























 その声に、全員が自然と振り返る。


「……神楽」

「「「 ──神楽さまっ! 」」」


「お前が仕向けたのか? これは……」

「まぁ、外の世界を知るには、いい機会やからな」

「ったく。俺にも一応、運び屋の仕事があるんだからな?」

「まぁ、できる限りでええ。少しだけ、教えてあげておくんなまし……」

「ちっ……。どいつもこいつも口を揃えやがって……」

「おほほ、それだけ信頼されとる証拠やわ」


 透花と沙耶の二人は、神楽を出しにするように、

 手を合わせながら、灰夢に潤んだ瞳を向けていた。


「運び屋さん、お願いっすよぉ……」

「頼むよ、運び屋くん。ボクの一生のお願いだ……」

「はぁ……。あぁ、もう……分かったから、いちいちくっつくな……」

「「 いぃ〜やったぁ〜っ! 」」


 灰夢の言葉を合図にするように、二人が笑顔で飛び上がる。


「灰夢はんは、人気者やなぁ……」

「あぁ、誰かさんのおかげでな」

「おほほ……。わての言葉だけでは、ここまでは好かれへんよ」

「はぁ、また騒がしくなる……」


 そういって、呆れる灰夢の足元から、

 グゥ〜ッという腹の虫が、三匹鳴いた。


「運び屋のお兄ちゃん」

「夜海たち……」

「お腹がすいたです」


「お前ら、朝飯食ってねぇのか?」

「そういえば、ボクたち何も食べてないな」

「自分ら、起きて直ぐに、火恋姉を追いかけてきたっすからね」

「そうか。なら、とりあえずは朝飯にするか」


 灰夢が服を整えながら、店の方角を見つめる。


「……ボクたちもいいのかい?」

「修行の話は遠慮しねぇくせに、こんな所で遠慮してんじゃねぇよ」

「確かに、そう言われるとそうだな」


「神楽もだ、せっかくだから食ってけ……」

「嬉しいわぁ。灰夢はんの手料理、楽しみにしてまっせ……」


 それを聞いた透花が、嬉しそうに店に向かって走り出す。


「自分、一番乗り〜っす!」

「あっ、ズルいぞっ! 先手は、お姉ちゃんの特権だっ!」

「へへ〜んっ! 沙耶姉になんか負けないっすよ〜っ!」


 はしゃぐ二人の妹たちに、火恋と神楽が笑みを浮かべる。


「全く、騒がしい妹たちだ……」

「ほんまに、あんな楽しそうな顔は久しぶりに見たでな」


 すると、灰夢の足下から、幼女三姉妹が小さな手で登りだし、

 まるで、乗り物を発進させるかのように、店の方角を指さした。


「──夜空たちもっ!」

「──行くですっ!」

「──運び屋のお兄ちゃんっ!」


「なぁ……。なんで、お前ら俺の体に乗ってんだ?」


「風花さんと鈴音さんが……」

「ずっと乗っていたのを見て……」

「乗ってみたくなったですっ!」


「…………」


 ドヤ顔で答える茶釜三姉妹に、灰夢が呆れた視線を向ける。


「三つ子が乗っとっても、灰夢はんは違和感がないなぁ……」

「このまま双子と五人乗りとかになったら、何処の大道芸だっつの……」


「そこまで三姉妹が人に懐いてるのは、私も初めて見たな」

「お前の妹だろ。何とかしろよ、火恋……」

「すまない。そんなに幸せそうな顔を見たら、ちょっと邪魔は出来ない」


 幼女たちは満面の笑みで、灰夢にしがみついていた。


「ったく、またあいつらに面倒なこと言われそうだな」

「それも、いつものことなんやろ?」

「そうだよ。分かってんなら、何とかしてくれ……」

「それもまた、刺激的で楽しい毎日の一部やでな」

「老骨には、刺激が強すぎだっつの……」

「おほほ……。幸せ者やなぁ、灰夢はんは……」

「はぁ……。神楽の仕事なんか、受けるんじゃなかった……」





 そんなことを言いながら、灰夢とくノ一たちは店内へと戻り、

 灰夢の料理スキルに、くノ一たちはダメージを受けるのだった。

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