第参話 【 地の大精霊 】

 灰夢は泳ぎの練習を終ると、シルフィー、ディーネを連れて、

 次の大精霊がいるという、洞窟エリアに向かって歩いていた。





「ずっと、シルフィーさんを怖い人と勘違いしてて、ごめんなさい……」

「いいのいいの、私も自分から踏み出せなかったし……」

「なんか、こうやって大精霊同士で話すのも新鮮ですね」

「うん、なんか夢みたいな気分っ!」


「お前ら、止まれ……」


「……?」

「……?」


 前を歩いていた灰夢が、突然、草むらの出口で足を止める。


「……どうしました? 灰夢さん……」

「洞窟の入口に、羽の生えた人型のキラキラしたのがいるんだが、あれか?」


 ディーネとシルフィーが茂みから、そっと奥の洞窟を覗くと、

 洞窟の入口で動く土の人形と遊ぶ、羽を生やした少女がいた。


「はい、あれですね。間違いないです」

「そうか。んじゃ、行ってくる……」

「き、気をつけてくださいね。あの子は個性が強いですから……」

「……個性?」


 シルフィーの告げた謎のワードに、灰夢が足を止める。


「たまに、私でも分からないような、少し特殊な言語を話します」

「……言語? 言葉が通じないのか?」

「通じるには、通じるんですけど……。なんかこう、独自の世界というか……」

「……?」

「あの子にしか分からない、設定みたいなものがあって……」

「そ、そうか……。わかった、肝に銘じておく……」


 灰夢は薄々勘づきながら、地の大精霊に向かって歩いていった。


「──シュッ! 何者Deathデスか!?」

「お尋ね者の不死月しなづき 灰夢かいむだ。地の大精霊とやらと話がしてぇんだが、いいか?」

「……ほぅ? このノーミー様を、ご指名デスか?」

「ノーミーか。お前が、地の大精霊で間違いねぇんだな?」


「さぁ、果たしてどうデスかね?」

「お前、今、『 このノーミー様を…… 』って、自分で言ったけどな」

「真実を知りたくば、この防壁を突破してみろデスっ!」


 妙な構えと共に、周囲の人形が一斉に敵意を向ける。

 それと同時に、灰夢はシルフィーの言っていた言葉を理解した。



( なるほど、厨二病か。そりゃ、変な言語を話すわけだな )



「逃げるなら、今のうちデスよっ!」

「…………」



( ……まぁ、それならそれで話しやすいか )



「舐められたもんだな。いいだろう、我が力の本質を見せてやるとしよう」

「……ほぅ? 言うデスね。あとから泣いても遅いデスよ?」

「それは、こっちのセリフだ。喰うなら喰われる覚悟をしてこい」


「…………」

「…………」


 不敵な笑みを浮かべる二人を、独自の世界観が包み込んでいく。

 だが、その数秒後に、突然、ノーミーがオロオロと動揺を始めた。


「……ほ、本当にやるんデスか?」

「おう。だから、やってやるっていってんだろ」

「ワタシ、これでも地の大精霊デスよ?」

「知ってるよ。だから、ここに来たんだろ」

「……け、怪我しないでくださいね? マスターに怒られちゃうので……」


「お前、実は結構良い奴だろ」

「──そ、そんなことはないデスよっ!」

「大丈夫だ。ぜってぇ死なねぇから、本気でかかってこい」

「わ、わかったデス……」

「うっし。気を取り直して、もうワンテイク行くぞ……」

「りょ、了解デス……」

「3、2、1……アクションッ!」


 ノーミーが不安そうな顔をしながらも、仕切り直す。


「ふっふっふ。お前はワタシに、指一本触れることは出来ないデスっ!」

「面白い。ならば、死ぬよりも恐ろしい恐怖を、その身に刻んでやろう」

「やってみるがいいデスっ!! 行くデスよっ!!!」


 その瞬間、一斉に土の人形が、灰夢に向かって飛びかかった。



























          【  死術式展開しじゅつしきてんかい …… ❖ 血壊けっかい ❖  】



























          『 きざ鼓動こどううなりをげて、


                  おのれ限界かせはなつ、


            ける血潮ちしおいかりとともに、


                  修羅しゅらみちへといざなわん 』



























        『 ねむ鬼神きしんらい、して天地てんちひるがえせ 』



























          【  ❖ 血壊死術けっかいしじゅつ鬼気きき 狂葬羅刹きょうそうらせつ ❖  】



























 リミッターを開けた灰夢に、人形たちが飛びかかるも、

 それを何事もないかのように、次々と蹴り飛ばし始めた。


「……ほほぅ? やるデスね。なら、追撃デスっ!」



 <<< 地の精霊術・降り注ぐ岩時雨 ペイトラム・プルビアム>>>



 巨大な岩が浮かび上がり、砕けながら灰夢に降り注ぐ。


「……あっ!」

「……あ、危ないっ!」


 シルフィーとディーネが慌てるも、灰夢は一人、笑みを浮かべる。


「温いな、小娘……」

「──何ッ!?」


 灰夢が攻撃を避けながら、的確に人形だけを蹴り飛ばしていく。


「コイツ、何者デス……」

「俺はただの、人間だ……」

「……人間? まぁいいデス、まだまだ行くデスよっ!」



  <<< 地の精霊術・押し潰す岩壁サンド・ムルス >>>


 <<< 牙穿流がせんりゅう壱ノ型いちのかた砕牙一突さいがいっとつ >>>



 そこから灰夢は、ノーミーの攻撃をひたすら砕き続けていた。



 ☆☆☆



 後ろで見ていたディーネとシルフィーは、口を開けたまま見つめる。


「……な、何者なのですか。あの方は……」

「マスターのお友達? ……の一人みたいなことは、聞いたけど……」

「とても、人間の力じゃないですよ」

「凄い、的確に人形にだけ反撃してる……」


 すると、不意に後ろからリリィが現れた。


「シルフィー、ディーネまで……」

「あ、来たっ! マスター大変だよ、ノーミーちゃんが暴れちゃって……」

「……ノーミーが?」

「今、お面を付けた、あの方と戦ってて……」

「……不死月」


 ノーミーと戦う灰夢の後ろ姿を、リリィが静かに見つめる。


「ずっと、攻撃を避けたり弾いたりしながら、人形だけを吹き飛ばしてるの……」

「何、考えてるんだろう」

「止めなくて、大丈夫かな?」

「不死月は、大丈夫……。むしろ、ノーミーの方が心配……」

「……えっ?」



 ☆☆☆



 埒が明かないと踏んだノーミーが、大地のマナを一気に集める。


「そろそろトドメ、行くデスよッ!!!」

「いいだろう。せいぜい俺を楽しませて見せろ、小娘ッ!」

「これが、私の切り札デスッ!!!」

「お前の切り札、これで五回目だけどなッ!!!」



 <<< 地の精霊術・忠実なる大傀儡 プーパ・ア・フィデリス>>>



 ノーミーの詠唱と共に、大地から巨大な土人形が現れた。


「おいおい、ただデカくなった人形じゃねぇか」

「破壊力は抜群デスよっ! 怒りの一撃、受けてみるがいいデスッ!」


 灰夢に目掛けて、巨大な土人形が重たい一撃を仕掛けていく。

 そして、人形の拳が大地に触れると、周囲に衝撃波を響かせた。


「ふふっ、これで終わりデスねっ!」

「──まだ終わってねぇぞ、クソガキッ!!!」

「──ッ!?」



 <<< 牙穿流がせんりゅう伍ノ型ごのかた落花狼刺らっかろうぜき >>>



 ズッゴォンッと、上空から落ちてきた灰夢のカカト落としで、

 大きな人形が倒れ込み、その衝撃で地面に巨大な窪みができる。


「──なッ!?」



 ☆☆☆



 影で見ていたシルフィーたちも、自分の目を疑っていた。


「──な、なんですか!? 今の技は……」

「……嘘、たった一撃で……」


( ……不死月。ノーミーを、どうするんだろう )


 大精霊を前に暴れる人間を見て、全員が静かに息を飲む。



 ☆☆☆



「ほら、次はどうする? 地の大精霊さんよぉ……」

「ま、まだ私には触れてないデスy……。あれ、どこいったデスか?」


 ノーミーが決め台詞をいい切る前に、灰夢が影の中に溶け込むように消え、

 そして、ノーミーをそっと抱きしめるように、後ろからヌッと姿を現した。



























       「 『 どうする? 』って聞いてんだよぉ、小娘ぇ…… 」



























「……あ、あの……ごめん、なさい……デス……」

「死ぬより恐ろしい恐怖、味わってもらおうか?」

「あ、あああぁぁぁぁ、だめデスっ! エッチなのは反則デスっ!」

「誰が、テメェみてぇなガキンチョ相手に、セクハラなんぞするかァっ!!」

「あ〜っ! いったああああぁぁぁいデェェェェスっ!!!」


 灰夢の空手チョップか、ノーミーの頭を二つに割りかけた。



 ☆☆☆



 戦いを終えると、灰夢は死術を解除して背伸びをしていた。


「ふぅ〜、スッキリしたァ……」

「このワタシに、何をする気デスか?」

「安心しな。少なくとも、恐怖や絶望を与える気は元々ねぇ……」

「……なら、何が目的デスか?」

「俺はただ話してみたかっただけだ。噂の地の大精霊やらは、どんなやつかと思ってな」


 そういって、灰夢がノーミーの前に座り込む。


「……それだけデスか?」

「あぁ、そうだが……?」

「なら、なんで攻撃を仕掛けてきたデスか?」

「てめぇが勝手に宣戦布告してきたんだろッ!!!」

「確かに、そうだったかもデス……」


 負けたことにショックを受けて、ノーミーがしょぼんと俯く。


「お前、結構戦えるんだな。さすが、地の大精霊を名乗るだけはある」

「貴様、動きが只者じゃなかったデス。一体、何者デスか?」

「さっきも言っただろ、ただの人間だよ」

「ただの人間に、人形を潰されたことはないデスよ」

「時に例外は付き物だ。そういうやつもいるんだと覚えとけ」

「なんか、かっこいい台詞デスね」

「……そうか?」


 ノーミーがどこかソワソワした様子で、灰夢のお面を見つめる。


「闇に消えた時も、ちょっとドキッとしたデス……」

「あぁ、重心死術か。あれはただ、空間移動をしてるだけだけどな」

「なんかかっこいいデスっ! ワタシもやってみたいデスっ!」

「やめとけ、俺以外がやると、死ぬぞ……」

「……へっ?」


「ブラックホールとホワイトホールをゲートにして移動する術だからな」

「……ブラック、ホール?」

「まぁ、一種の空間に穴を開ける術だ。あの暗闇に入ると同時に、一度体がバラける」

「グロいグロいっ!! なんデスかそれ、めっちゃ怖いデスよっ!!」

「まぁ、俺の場合は治るから、使っても特に問題ないけどな」

「……バ、バラけたのが治る!?」

「あぁ……」

「なんなんデスか、お前。バケモノ過ぎデスよ……」

「地の大精霊が何を言ってやがる」

「確かに。今、一瞬自分が、地の大精霊だと忘れてたデス……」


 ノーミーは灰夢の話を聞いて、人間の定義が分からなくなっていた。


「ノーミー。お前、最後の人形、もう少し工夫してみたらどうだ?」

「『 精霊術・忠実なる大傀儡プーパ・ア・フィデリス 』のことデスか?」

「そうだ。見た目が他の人形と同じだと、必殺技のインパクトが欠ける」

「確かに。そう言われると、そんな気がしなくも無いデスね」

「見た目は、変えようと思えば変えられるのか?」

「そうデスね。イメージが固まれば、出来るとは思うデスけど……」

「そうか。なら、物は試しだ。適当なサイズの岩をくれ……」

「……岩?」

「あぁ……。なんかこう、削って置物になるくらいのサイズがありがたいんだが……」

「ちょっと待つデス。……これでいいデスか?」

「おぉ、ちょうどいいサイズだ。少し待ってな……」

「……?」



【  死術式展開しじゅつしきてんかい …… ❖ 刄血じんけつ ❖  】



 灰夢が自分の指に歯で傷を付け、流れ出る血を刃物に変える。


「貴様。今、どこから、その赤い刃物を取り出したデスか?」

「気にするな。多分、お前は知らない方が幸せだ……」

「……?」


 灰夢は中くらいの岩を受け取ると、握りしめる血の刃物で、

 岩を切り崩し、ゴツいゴーレムのようなフィギュアを作った。


「おぉ、凄いデス……。なんかこう、芸術味を感じるデスよっ!」

「こんな感じの見た目にして見たらどうだ? 嫌なら元に戻せばいい」

「そうデスね。名前に何か、いい案とかってあるデスか?」

「あ〜、人形や傀儡だとショボイから【 巨巌きょがん守護王しゅごおう 】とかどうだ?」

「おぉ! お前、センスあるデスねっ!! 試してみるデス……」


 ワクワクした顔で、ノーミーが両手を広げながら詠唱を始める。



  【  ❖ 精霊術・押し潰す巨巌の守護王 コントンディート・プラエフェクトゥス・レックス❖  】



 すると、地面から巨大な手が伸び、ド迫力のゴーレムが姿を現した。


「お、おぉっ! 我ながら、インパクトが凄いデスっ!」

「これだよっ! これこそが、切り札としてのインパクトってやつだ……」

「お前、このセンスが分かるデスか?」

「あ〜、まぁ。そういうゲームは、色々やってるからな」


 その瞬間、ノーミーが手のひらを返すように、灰夢の手をギュッと握る。


「ワタシ、今、ここで……。お前に弟子入りするデスっ!!」

「……は? ……弟子入り?」

「はいっ! これからは、ダークマスターと呼ばせてもらうデスっ!」

「冗談だろ、勘弁してくれ……。お前の主は別にいるじゃねぇか」

「この道の素晴らしさが分かるやつは、他にいないんデスよっ!」

「いやまぁ、そりゃそうだろうな」

「ダークマスターからは、唯一無二の共鳴を感じたデスよっ!」

「まぁ、こういう話をするのはいいが、せめてその呼び名はやめてくれ」


「また新しい術を考えたくなったら、力を貸してほしいデスっ!」

「わかったから、くっつくなっ!」

「やっと出逢えたデスよ〜っ! ワタシの愛しのダークマスタ〜っ!」

「いきなり態度変わりすぎだろ、離せッ!!!」

「いや〜ん、そんなに無理やりは〜ダメデスよ〜っ!」

「どっちがセクハラだよ。このメスガキがッ!!!」

「あいったああああぁぁぁいデェェェェスッ!!!」


 ノーミーは嬉しそうに、灰夢と二人でじゃれ合っていた。



 ☆☆☆



 そんな二人の和気あいあいとした微笑ましい姿を、

 シルフィーたちは茂みの影から静かに見つめていた。


「ノーミーちゃんと、仲良くなってる」

「何か、新しい土人形さんが出てきましたね」


 戦っていたノーミーと、仲良く話す灰夢を見て、

 シルフィーとディーネが、キョトンと目を丸くする。


「マスター、あの人ってなんなんですか?」

「ワタシも、詳しくは、知らないけど……。一番、やばい人って、聞いてる……」

「一番、やばい人……」

「もしかして、とんでもない人を招き入れちゃったんですかね」


 シルフィーとディーネが、苦笑いをしながら灰夢を見つめる。


「でも、ノーミー、楽しそう」

「そうですね。あんなに嬉しそうなノーミーちゃん、初めて見ました」


 楽しそうに笑うノーミーを見て、リリィは静かに微笑んでいた。


「ねぇ、シルフィー……」

「……はい、なんですか?」

「もし、サラの所に行って、戦いになったら……」

「……なったら?」

「ワタシが、許可してたって、言っておいて……」

「──えっ!? それは、さすがにやばいんじゃないですか!?」


 突拍子もない言葉に、シルフィーの口がパカッと開く。


「やるか、どうかは……。不死月が、決めると思う」

「そ、それは……。そう、ですけど……」

「お願いね、シルフィー……」

「わ、分かりました……。お伝えしておきます……」

「また始まったら、教えて……」

「はいっ、了解しましたっ!」





 リリィはそう告げると、再び庭園の奥へと姿を消した。

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