第陸話 【 白蛇の祠 】

 灰夢と満月が歩みを進め、祠の祭壇の前に立つと、

 白髪の少女が目で合図をして、一人で奥へと向かった。





 そして、祭壇の後ろから何かを取り出すと、

 二人の元へと戻り、灰夢に一つの巻物を渡す。


『こちらが、この島に眠る死術書になります』

「……貰っていいのか?」

『はい。この子を助けてくれた、お礼ですので……』

「そうか、礼を言うよ……」


 そういって、灰夢が受け取り、中を開くと、

 中に書かれた死術の内容を見て、目を細めた。


「……どうした?」

「失敗作だな。これは……」

「死術にも、そんなものがあるのか?」


『こちらの死術書は、限定死術と呼ばれるものです』

「……限定死術?」

「一回しか使えない上に、反動がデカすぎて役に立たない代物だ」


 さらに灰夢が巻物を開き、詳しく内容を確認する。


「その死術は、どんな効果なんだ?」

「十年分の寿命と引き換えに、相手の体の時間を十分巻き戻せる」

「十年で十分だけか。確かに、代償が半端じゃないな」

「それに、上限が一日前までだ……」

「二十四時間も戻せるなら、人間としてはいい方じゃないか?」

「あくまで寿命の限りだ。本来の人間なら、百分も戻せないだろう」

「なるほど。それは、誰も使わないな」


『申し訳ありません。こんな物しか、お渡しできず……』

「いや、見つけただけでも、来た甲斐があった。ありがとな」

『そうですか。お力になれたのなら、よかったです』


 すると、少女の後ろから、ボロボロの白い手負蛇が姿を見せ、

 同時に、少女の瞳が元に戻り、本来の意識を取り戻した。


『……白愛、大丈夫?』

「……大、丈……夫。お、ねぇ……ちゃん……」


 そういって、少女が白蛇を笑顔で抱きしめる。


『申し遅れました。わたくしの名は、夜刀神やとがみ 恋白こはくと申します』

「それは、蛇の姿をした、あんたの名前か?」

『はい。この子は不知火しらぬい 白愛はくあ、わたくしの娘です』

「……娘!?」


 その言葉に、二人が目を見開いた。


『正確には違いますが、わたくしに残された……たった一人の宝物です』

「あぁ、なんだ。そういうことか」


 白蛇の言葉に、二人が揃ってホッと息を吐く。


『見苦しい姿をお許しください。今は霊力が少なく、人の姿になれなくて……』

「なるほど。それで、その子に移ってたのか」

「どうして、そんなに弱っているんだ?」

『それを話すには、村の惨劇から、お話せねばなりませんね』


 すると、白蛇がゆっくりと過去を語り始めた。



























「十五年前まで、わたくしは、この島の守り神として、

 あの村の村人たちに信仰され、この祠に祀られていました。


 先程、あなた方が仰られた、【 白き英雄 】とは、

 正しく、わたくしが村を守る時の、人の姿のことです。


 この祠は先祖代々、村の長だけが立ち入りを許される場所です。

 そして、わたくしは、その家系と一つの契約を結んでいました」



「……契約?」



「この場所は、あらゆる生き物に力を与える龍脈が通っており、

 その為、多くの災いを、引き付けやすい場所となっております。


 そこで、島に災いが降りかかり、助けを求められた時、

 わたくしが村を守るの為、この身を懸ける契約を致しました。


 また、この島の周囲を、わたくしが霧で覆い隠すことで、

 なるべく、外部の者を寄せ付けないように、施しをしています。


 本来、この場所の存在を知らない者たちには、

 何も無しで見つけることは、難しいと思います。


 ですが、それでも、全てを回避出来るわけじゃないので、

 この島に災いが訪れた時は、わたくしが戦わなくてはならない。


 代わりに、わたくしを村の者たちと祀り、祈りを募らせる。

 そうすることで、互いに共存できる関係を保っていました」



「……やっぱ、信仰とかが関係あるのか?」



「わたくしは、主に人間の信仰を元に、己の霊力とします。


 精気を吸っても回復は出来ますが、それは犠牲が生まれてしまう。

 龍脈を霊力に変えることも出来ますが、強すぎる力は破壊を招く。


 共存する為には、人に信仰され助けるのが、最も平和な道なのです。



 ですが、十五年前の、あの時は違った──



 災いがもたらされても、村の長は、救いを求めなかった。

 わたくしが気がついた時には、既に村は壊滅していました」



「その理由、お前は知ってるのか?」



 わたくしが村に辿り着いた時、緑色の鳥が飛んでいました。

 その姿を見て、わたくしは驚愕した──」



























     『 そこにいた鳥の名は【 ちん 】、


             毒蛇を好んで襲い、喰らう怪鳥です 』



























「村の長は、それを恐らく知っていたのでしょう。


 だから、村人たちは、わたくしに救いを求めなかったのだと思います。

 村の大人たちは、わたくしを守る為に、自分たちだけで戦ったのです。


 大切な村人たちを失い、わたくしは信仰を失ってしまった。


 龍脈の力で、さらなる力を得たヤツらを相手にするのは、

 わたくしにも難しく、いくら抗おうと話になりませんでした。


 結局、返り討ちを食らい、霊力もほとんど使い切り、

 わたくしはギリギリのところで、森の中へと逃げ込んだ。


 そこに居たのが、この小さな少女。不知火しらぬい 白愛はくあでした。


 白愛は孤児で、村長の息子が引き取り育てていた子供です。

 よく、わたくしの祠にも、自慢げに見せに来ていた子でした。


 怪鳥に襲われ、片腕と片足を失い、それでも懸命に逃げていた。

 そして、そんな状況の中でも、わたくしを見て、この子は笑った」



























      『 白蛇さんは家族だから、白愛が守ってあげるね 』



























「──と。


 それを聞いて、わたくしは、この子を守ると決めました。

 残りの霊力を使えば、この傷でも、すぐに死ぬことは無い。



 ──何があっても、この子だけは守らなくてはいけない。



 だから、わたくしは、この子をここに運び、依代よりしろとして取り憑き、

 扉を封印して結界を貼り、二人で十五年の眠りにつきました。


 そして、昨日の晩。一人の人間が、島の結界を越え、

 この島に足を踏み入れた時、わたくしは目覚めました。


 その人間は、村の生まれの子供の気配と、同じものでした。


 この子のことを話せば、もしかしたら、助けてくれるかもしれない。

 だから、白愛と話し合い、二人で会いに向かう事を決めたのです」



























「そこにいたのが、俺らだったってことか」

『はい。彼女も助けに来たと言うよりは、復讐だったようですけどね』

「……そうだな」


 灰夢は少し悲しげに、村の方を見つめていた。


『そういえば、あなた方は、どうやって来られたのですか?』

「……ん? 普通に、船だが……」

『わたくしにも、気配が感じとれなかったもので……』

「あぁ、まぁ、満月は人じゃねぇし。俺は、ちょっと特殊でな」

『……特殊?』

「訳あって、結界とかそう言うのを、すり抜けちまうんだ」

『そうなのですか? それはまた、変わったお力ですね』


「まぁ、それ置いといて。ちんとか言ったか? どんなやつなんだ?」





「鴆は、毒を持つ者を好んで狙い食す、毒を体内に宿した怪鳥です。

 空を舞うと、大地に実った作物は、枯れ果てると言われています。


 実際に、一度戦った経験から言うと、かなり手強いです。

 鋭い爪とくちばしを使い、毒を吐き、蝕みながら捉え、喰らう。


 わたくしも毒を持つ蛇なので、毒は効きませんが、

 上空相手では、信仰の失った霊力では、限界がある。


 普通の人間なら、空を飛び毒を撒かれただけで、

 抵抗することも出来ずに、殺られてしまうでしょう。


 恐らくもう、この村の民に生き残りはいないのだと、

 今日という日まで、わたくしも思っておりましたから」





「なんとも、聞けば聞くほど物騒な話だな」

「でもまぁ、悪魔じゃなかっただけ、よかったんじゃねぇか?」

「まぁな。魔法でも使って来たら、それこそタチが悪い」

「全くだ。どこぞの鴉みたいに、無詠唱でポンポン撃たれたら迷惑だからな」



 ☆☆☆



 その頃、蒼月は店のカウンターでクシャミをしていた。


「くしゅんっ! ……ん? 誰か噂でもしてるのかな」

「リリィくんが、お前を殺す算段でも立てているんじゃないか?」

「梟ちゃん、冗談なら分かりやすいのを言ってよ……」



 ☆☆☆



 危機感の感じない灰夢と満月の会話に、恋白が目を丸くする。


『お二人は、怖くないのですか?』

「……別に?」

「……別に?」

「まぁ、そりゃ会わないに越したことはないがな」

「出てきたら、強行突破劇場の始まりだ」

「……だな」


 すると、白愛がゆっくりと、満月の足元に歩み寄ってきた。


「……おて、て……さん、あし……さん、あり……が、とう……」

「あぁ、もっと軽くて動かしやすいのは、また今度作ってきてやるからな」

「……うんっ!」


 そういって、満月が笑みを浮かべながら、白愛の頭を撫でる。

 その瞬間、地響きを立てながら、島全体が大きく揺れ出した。


「「「 ──ッ!? 」」」


「これ、ショータイムだよな。多分……」

『噂をすればなんとやら、でございますね』

「……しょー、た……いむ?」

「……真希まきは、大丈夫か?」


 灰夢と満月が周囲を警戒しながら、村の方を見つめる。


「ここに敵が来てないってことは、向こうが危ないかもな」

「村に出た可能性が高いか」

「あぁ、急ぐぞ……」

『参りましょう。白愛、あなたはここに……』

「……ひ……とり、い……やだ……」


「敵の数と場所が分かるまでは、そばにいた方がいい」

『そうですね。仰る通りかもしれません……』

「満月は白愛と恋白を頼む、俺は先に真希の所に向かう」

「あぁ、わかった……」





 灰夢が影に潜って、勢いよく祠を出ていき、

 満月も白愛と恋白を抱えて、その後を追った。

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