第肆話 【 アレの中の人 】

 風花と鈴音は、しばらくして泣き終えると、

 涙を拭き、自分の気持ちを落ち着かせていた。





「ねぇ、お兄さん……」

「……ん?」

「お部屋、どうしよう……」


 顔に涙の痕を残した風花が、灰夢かいむにボソッと語りかける。

 すると、灰夢は小さく笑いながら、風花に言葉を返した。


「こういう時は、その道のプロに頼むのが一番手っ取り早い」

「……プロ?」

「あぁ……」


 キョトンとする風花を置いて、灰夢が押し入れの前に立つ。


 そして、バッと勢いよく押し入れの襖を全開まで開けると、

 見たこともない黒く輝くロボットが、狭い空間に座っていた。


「うわっ……」

「何か、居ます……」


 狭い空間にビッシリと機材を詰め込み、何かをいじるロボット。

 そんな超合金のようなゴツイ姿のロボットに、灰夢が声をかける。


「悪ぃが、少しいいか?」

「急に開けるなって、いつも言ってるだろ」

「この襖、防音扉だから何しても聞こえねぇだろ」

「まぁ、そうだけど……。んで、何か用なのか?」

「少し、部屋の修理を頼みたい」

「……部屋の修理?」


 灰夢の言葉を聞いたロボットが、襖から全身を露わにしていく。


「ロボット、凄く大きい……」

「でてきた、です……」


 その姿を見て、双子は唖然とした表情のまま固まっていた。


「修理って、いったい何処をだァァアアッ!?」

「……まぁ、そうなるよな」


 真っ黒に焦げた畳を見て、サイボーグが口を開けたまま驚愕し、

 そのすぐ横でコクコクッと頷きながら、灰夢が冷静に納得する。


「……誰、ですか?」

「昼間に会ったろ。庭にいた、無駄にリアルなクマの中身だ……」

「……え?」


「やぁ、数時間ぶりだな」


「全然、可愛くない……」

「全く、クマさんじゃない……」


 風花と鈴音が、俯きながらどんよりと落ち込む。


「ごめんな……。風花、鈴音、お前らの夢を壊しちまって……」

「オレが悲しくなるから、それやめろって……」


 双子を慰める灰夢を見て、サイボーグまでもが落ち込んでいく。


「でも、なんで押し入れに……?」

「何でも、見つからない為のカモフラージュなんだと……」

「……かもふらーじゅ?」

「あぁ……。下手したら死ぬから、無闇に中には入るなよ」


 灰夢の言葉を聞いて、風花と鈴音がゴクリと息を飲む。


「んで、この畳はどうした? まさか、ここでバーベキューでもしたのか?」

「あぁ、来た初日だったから、ついな。悪ぃんだが、直してもらえるか?」

「やれやれ……。良いように使ってくれるよな、本当に……」


 そういうと、サイボーグがそっと床に手を添えた。


 すると、突然、スキャナーに読み込まれるかのように、

 灰夢の部屋の端から端を、四角い青い光が通り抜ける。


「お、お兄さん……」

「灰夢くん……」

「大丈夫だから……。まぁ、見てろ……」


 そして、満月が目を瞑り、小さな声でボソッと何かを呟く。


『スキャン完了、マテリアル確認……。オブジェクト、モデリング開始……』


 部屋の全体がバーチャル空間のように、青色の光に包まれ、

 それが数秒後に収まると、部屋は燃える前の姿に戻っていた。


「な、直った……」

「凄い、です……」


 その一瞬の変化に、双子が揃って目をパチパチと見開く。


「これでいいか? 灰夢……」

「あぁ、完璧だ。礼を言うよ……」


「本当に満月くんは、いつも頼りになるわね」

「普通は怖がるんですけどね。この力を使うと……」


 あまりの光景に、脳内の理解が追いつかず、

 風花と鈴音は、口を開けたまま固まっていた。


「──凄い! 灰夢くん、今の何っ!?」

「あらゆる素材を分解し再構築する。それが、満月の忌能力だ……」


 鈴音がロボットを見る少年のように、瞳をキラキラと輝かせる。


「ふっ、どうだ……。オレの忌能力、凄いだろ?」

「──うんっ!」

「ゴミを元手になんでも生成する【 ゴミ収集所の神様 】ってやつだな」

「…………」


 灰夢の一言によって、一瞬にして鈴音の瞳から輝きが失われた。


「おい。せめて、【 リサイクルの神様 】とかにしろよ」

「むしろ、お前はそれでいいのかよ」

よりはいいだろッ!! よりはッ!!」


 灰夢と満月が、再びくだらない雑談を始める。


「凄い。一瞬で、直っちゃった……」

「だから、言っただろ? こういうのはプロに任せろって……」


『 何度見ても信じられない 』と言いたそうな顔をして、

 焼けていたはずの畳と壁を見ながら、風花は固まっていた。


「いつ見ても、素敵な能力よねぇ……」

「必要であれば、いつでもお力添えしますよ」

「うふふ、ありがとう。頼りにしているわっ!」


 満月の忌能力を見た女性が、嬉しそうに微笑んでいると、

 鈴音が近づいき、そっと灰夢の服をクイクイッと引っ張る。


「……ん?」

「灰夢くん……。あのお姉さんも、ここの人?」

「あぁ、そういや会ったことなかったか……」


 そういうと、灰夢は満月と話す女性に語り掛けた。


霊凪れいなさん……。今更だが、風花と鈴音だ。しばらく厄介になる」

「あら……。そういえば、自己紹介がまだだったわね」


 灰夢に答えるように、女性が二人の元に近づいて来た。


「私は不動ふどう 霊凪れいな。ここの女将をしているの、これからよろしくね」


 その紹介を聞いて、鈴音が灰夢の顔を見上げる。


「……女将さんなの?」

「ここは俺ら月影の宿屋だからな。ここでは、皆がそう呼んでる」

「な、なるほど……」

「店の切り盛りを梟月きょうげつと一緒にしてる人で、【 梟月の嫁さん 】だ」


 その言葉に、今度は風花が灰夢の顔を見上げる。


「お店の、店員さん……?」

「あぁ……。ちなみに、ここじゃ一番偉い……」

「一番、偉い人……」

「むぅ〜っ! そんなこと言ったら、私が怖い人みたいじゃな〜いっ!」


 頬をぷっくら膨らませながら、霊凪が灰夢に文句を言う。


「満月もだが、俺は霊凪さんの忌能力が一番理解出来ねぇんだよ」

「あの口の悪い灰夢くんが、名前に『 さん 』を付けてる……」


 鈴音は霊凪に対する灰夢の言葉遣いに、何よりも驚いていた。


「ここじゃ、この人を怒らせると一番やばいってのだけは覚えとけ」

「もぉ〜っ! ここに序列なんてないわよ。何か困った時はいつでも言ってね」

「よろしく、お願いします……。風花、です……」

「お世話になります、鈴音です……」


 霊凪に向かって、二人がペコペコと律儀に頭を下げると、

 霊凪はぬいぐるみのように、二人をギュッと抱きしめた。


「やだぁ〜。もう、凄く可愛いっ! 灰夢くんにも、こういう趣味があるのね」

「なんでみんな、俺が見た目の好みで連れてきたと思ってんだ?」

「それを何事もなく受け入れる霊凪さんも、また別の意味で凄いけどな」


 霊凪の喜ぶ反応に、灰夢と満月が目を細くして呆れ返る。


「梟月さんって、さっきの人?」

「あぁ……。俺や目隠し悪魔と一緒にいた、体格のいいだ」

「あの人の、お嫁さん……」

「えぇ、そうよ。うちには娘もいるの、帰ってきたら紹介するわね」

「……うん!」

「……はい!」


 その時、満月が突然、何かに気づき窓の外を見つめた。


「……どうした?」

クマたちベアーズからだ。ちょうど、言ノ葉とリリィも帰ってきたとさ」

「そういや華月かげつの奴、何だかんだ最近は会ってなかったな」

「お前も最近は、遠出ばかりしてたからな」


「今朝方、お仕事から帰ってきてたのよ。今日は言ノ葉ことはとお出かけ」

「……そうか」


 その言葉に、再び風花と鈴音が灰夢の顔を見上げる。


「……その人も、同居人さんですか?」

「あぁ……。言ノ葉は霊凪さんの娘で、華月は俺と同じ仕事人だ……」


 すると、霊凪が嬉しそうに手を合わせ、ニコニコしだした。


「久しぶりにみんなが揃ったのだし、今日の夜は歓迎パーティねっ!」

「なら、俺はその前に風呂でも入るかな」

「風花も、一緒に……入りたい、です……」

「いや、普通に考えて一緒はアウトだろ」

「……ダメ、ですか?」


 寂しそうに見つめる風花に、灰夢が困った顔を返す。


「霊凪さん、何とかしてくれ……」

「いいじゃないの、まだ子供なんだから……」

「蒼月が聞いたら、ロリコン認定待ったナシだな」

「だよな。仕方ねぇ、言ノ葉に頼んでみるか」





 久しぶりに、帰ってきた仲間と顔を合わせるため、

 灰夢たちは部屋を後にして、一階に向かうのだった。

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