12話.閑話_蛇剣アヴァリティア
「それでは、乾杯を行いますので皆様ご唱和お願いします! 今日は、日頃の疲れを癒すべく、大いに飲んで食べて楽しい時間を過ごしましょう~。乾杯!」
乾杯~!!
バルでは、ユーサルペイシャンヌの団長ことアーデルハイトの計らいで店内に居る全ての客たちにポンシュが振舞われていた。
キースの乾杯の音頭で、ユーサルペイシャンヌの打上げが始まったところである。
少し遅れてキトゥンとスティープが入って来た。
カウンター席に座る二人に団長が声をかける。
「これは美味い酒でござるよー! さぁ共に乾杯するでござる」
テーブルに用意されていたグラスを持つキトゥンとカタリーナ。
団長が2人とグラスを交わす。
乾杯~!!
「うめぇ!」
「本当ね!」
「遠慮せずに今日は飲んで食べて、日頃の疲れを飛ばすでござるよ」
カタリーナは早速、先程のキトゥンのセリフの事を尋ねてみた。
「ねぇそう言えばさ、キトゥンはさっきの男、ヴァルツの事を知っているの?」
「あーあいつか。以前姉御と二人でここで飲んでたら声掛けられたんだ」
「え!? それって
「アイツまだ知らなかったみたいでさ。だから
「(はぁ~)……ごめん。あれ私の兄なの」
「え!? マジかーーっ!!」
それにはミスティも大層驚いていた。
団長もそれを聞いて笑っていた。
4人は笑いながらポンシュを飲み合った。
「そう言えば、俺、団長がお酒飲むところって初めてだなー、姉御は?」
「いや、私もさ」
「ふふ、実は拙者、酒が入ると良く記憶が飛んでしまうのでござる。すると大抵翌日は、『昨日は助かったが、あそこまでしてくれとは頼んでねぇ! あとの始末はそっちで頼むぜ!』と言われてな。そんな事が数回あって酒は断っていたでござるよ」
「え、それって……」
キトゥンとミスティは“ちょっとやばいなー”と感じ始めていた。
「大丈夫、今日はお主達も居るし、迷惑な客も居ないでござろう。親父殿、お替わりお願いするでござる。本当に美味くて進むでござるなーこの酒は!」
そう言って結構なペースでポンシュのグラスを空けていくアーデルハイト。
その時である。
「きゃあ! やだ、もうお客さんったら!」
「ほっほっほ、スマンスマン。そっちの料理の皿を取ろうとしたらつい手が滑ってしもうたわい」
「さっきもそう言って触ったのよ。今度触ったら引っ叩くからね!」
「そーんな怖い事言わんでおくれ。おっとバランスが」
むにゅ
椅子から転びそうなそぶりを見せ、サッと看板娘の胸を触る。
「きゃー、もうやだ! べぇーーっ!!」
足早にカウンターへ戻りプンプンしてる看板娘に気付くアーデルハイト。
「どうなされた? 娘さん」
「(あら大分酔っている感じね)いえ、ちょっとあそこに座っているお客様がペタペタ体を触ってくるもんで……」
「ふーむ、それは聞き捨てならん。拙者が話をつけて参ろう」
「え? ちょっとお客さん!」
「だ、団長! マズイって」
そんなキトゥンの声も気にせずスタスタと問題の客の前に進むアーデルハイト。
「!……またお主の仕業でござったか、変態ロギー・G!」
「フォッフォッフォ……ポンシュ、馳走になったの。美味かったぞい」
すると、ロギーの左右を挟む様に構えるキトゥンとミスティ。
「おおー怖いのぅ。せっかく美味い飯に美味い酒、可愛い娘の乳や尻を触って幸せな気分じゃったのにのぅ」
「こっのーっ! エロジジイ!!」
キトゥンが突っかかろうとするのを手でピタと制止するアーデルハイト。
「お主達、ロギー殿の言う通りでござるよ。皆、ここで楽しく飲み食いして過ごしているのだから、ここで暴れてその雰囲気をぶち壊してはいけないのでござる。ここは拙者に任せよ」
3人は気付いた。
いつの間にかアーデルハイトの手になんともいかつく、鞭の様に長い蛇腹の剣が握られていた事に。
(((えぇーーーっ!?)))
「エロギ爺殿、おとなしく食事を楽しんで貰えるなら悪い様にはせぬが?」
酔っぱらってか、素でそう言ったのか、ロギー・Gとエロジジイが混ざっている。
(あ、姉御……これってすっごいヤバいんじゃ)
(こんな団長見るの初めてだ。何かの時はうちらで団長を止めるよ!)
「ア、アーデルハイト殿。そんな物騒な物ここで振り回すもんじゃないぞい!」
「拙者、こいつの扱いにはすこぶる慣れてるでござるよ?」
普通の者にはかろうじてその影が見える程の早さ。
ビュンビュンと風切音を立てながら蛇剣がうねる。
するとロギーの口の丁度前でその剣先がピタリと止まる。
ピンと伸びた蛇剣の刀身、その剣先にはロギーのテーブルにあった料理の肉が一口サイズに切り取られ、その欠片が刺してあった。
(なるほど、今日の剣裁きで見たあの変な癖はこの蛇腹剣を扱うに必要な動作、そしてこの剣の操作にも“闘気”が使われておるわい)
目の前の肉をパクッと口にするロギー。
「いやぁ大ひた技術ひゃわい(モグモグ、ゴクン)。しかし、その程度のスピードなら見極められるぞ? なんなら試しても良い。もし、ワシが逃げられたら……そうじゃのう、お主の尻を触らせて貰おうかのー!」
「承知した! いざ、参る!!」
唸りを上げて複雑に、そして速度を上げてうねる蛇剣。
しかし慌てた様子も見せず剣の軌道をじっくり読むロギー。
「絡みつけ! アヴァリティア!!」
アーデルハイトの掛け声と共に“アヴァリティア”と呼ばれたその蛇剣はロギーの体の周囲を螺旋状にグルグルと巻いていく。
すると、その刀身がにわかに黄金色に輝きだした。
ロギーは天井を見つめ、気を脚に集中、ハイジャンプで逃れる算段であった。
「ハッ!」
ロギーはジャンプした。
しかし天井は遠く全く届かない。
「なんじゃと??」
螺旋を描いた蛇剣が締まり、ロギーの体を縛ばり上げる。
すっかり捕らわれたロギー。
蛇剣に引っ張られアーデルハイトの目の前に運ばれる。
「なぜ? ワシの気の操作が出来なくなった」
「拙者には特殊な能力があってな。この蛇剣アヴァリティアで標的にした相手の能力を奪って使う事が出来るのでござるよ、こんなふうに」
アーデルハイトは蛇剣を解きどこかへしまうと、ロギーの周りをグルグルと駆け回ってみせた。それは講習でロギーが見せた超高速移動であった。
「!!! ハッハッハ、大したもんじゃわい、完敗じゃ。お主、闘気を身に纏うだけでなく使う術も十分心得ておるな、でないと出来ない芸当じゃ。判った、今日はお主に免じておとなしく食事を楽しむとしよう」
こうしてムイピカン亭でのユーサルペイシャンヌの打上げは、その後、何のトラブルもなく皆楽しい時間を過ごし終わったのだった。
◇
たらふく食ってご機嫌なキトゥン。
「はー喰ったし飲んだ! 料理も酒も雰囲気も良い店だなー」
「キトゥンはここが本拠地だったろ? 今まで入らなかったのかい?」
「いやー姉御、この前のカタリーナの兄さんの声掛けがあったからさ、無用なトラブルは避けたいって控えてたんだ」
「そうか、しかし本当に驚いた。まさか彼女の兄様だったとはねぇ」
酔いしれていたか本心か、姉御はほんのりうっとりとした眼差しだった。
「あれ~? ひょっとして姉御……あの
「バ、バカ言うんじゃないよ!」
「ん~どうしたでござるか~」
支払いを済ませたアーデルハイトは、外に居たミスティとキトゥンを見つけ、2人の間に割って入り、腕を肩にかけ2人を抱き寄せる。
「あ、団長! 今日はご馳走様でした! へへ、実は姉御に好きな人が居たんだよ、しかも国王軍に」
「ほぅ、誰でござろう」
「ヴァルツって奴さ! ほら、カタリーナの兄さん」
「あー! 彼は今日の演習でも特に強さが際立っていたでござるなぁ」
「そそ、軍の兵士っつっても意外と大した強さじゃなかったもんなー他の連中は」
「キトゥン、彼らの強さは個人能力のみに非ず、決して舐めてはいかぬぞ。しかし、ヴァルツ殿ならお似合いでは無いか、ミスティよ」
ミスティはほんのり顔を赤らめ下を向いている。
「実はなー」と会話を続けるアーデルハイト。
「今日、セビーヤに泊まるのにはもう一つ理由があってな。明日、スパルタクス大佐殿がこの街の綺麗な景色を見せたいと、食事も一緒に誘われているのでござるよ。明日は休みらしくプライベートでな。ただ、拙者も今日は大いに飲んだ。記憶を飛ばす自信も大いにある! 済まぬがその約束を忘れぬ様、お主達も頭に入れて置いてくれぬか?」
(えっ?!)
(それってもしや!?)
((デートなのでは!!))
「団長! そんな大事な約束してたのかよ! で? いつどこで待ち合わせっ?!」
「ん~たしか午前中に宿の前で約束だったはず」
「午前中のいつだいっ?」
「忘れた、ハッハッハ!」
「かー、仕方ねぇなー。判りました! 私と姉御でしっかりサポートしますんで、任しといて下さい! な、姉御!」
「ああともさ! 団長は早くお休み下さい!」
「うむ、頼りにしてるぞ、お前達」
「「はい!」」
こうして団長は自分の部屋に入っていった。
ミスティとキトゥンはまだ宿の外で小声で話し合っている。
(きゃー! どうするどうなる? 団長のデート!)
(そ、そりゃあ、このまま2人の雰囲気が良かったらひょっとして……)
((結婚!! キャー!!!))
しばらくキャッキャッしていた二人であった。
(続く)
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