4話.ドキドキの再会
道中、私は心臓バクバクだった。
会えたのは正直、嬉しい。
でも絶対にこの素性は知られたくない。
アーロンさんにはそっと私の兄だと囁き伝えた。
すると「どうか落ち着いて落ち着きを落ち着かせて下さい」などと分かる様な分からん様なアドバイスをくれた――きっと、アーロンさんも少し動揺してる。
私は必死に、(落ち着け落ち着け落ち着け……)と心の中で繰り返す。
すると不思議なくらい妙に落ち着いてきたのだ。
「ところで、まだ名前を伺ってませんでしたね」
あら、ヴァルツ兄様が何か仰ってるわ。
ん? どうしたのかしらアーロンさん? 私の肩をつついて。
「お名前を伺ってますよ?」
「あら、お名前? いやだ紹介がまだでしたわね、私の名前はカ……」
ゴスッ!
ぐはっ!
突然のアーロンさんの腹パン。
(本名明かしてどうするんです!? しっかりして下さい!!)
耳元で囁くアーロンさん。
ハッ!
どうしちゃったんだろう私ったら……。
妙に落ち着き普段使わぬ口調までして……そのまま本名を口にするとこだった。
「ん、あぁ……済まぬ。私の名はスティープ。
「諧謔の? ふふ、愉快な方だ」
「済みませんねぇ……これも呪いのせいなのです」
「それは大変だ。おや、ここは……」
アーロンさんに引きつられ辿り着いたのは、なんと私の屋敷だった。
「実は私もグレースさんの居場所はよく知らないのです。確かアルルヤースさんが知っていたと思うのですが」
「なるほど、そういう事ですか。では中へどうぞ。私が呼んで参りましょう」
私の心臓は爆発寸前だった。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・
「お帰りなさいませ、長兄殿」
執事のカイマンがヴァルツに頭を下げる。
懐かしい、いつもの光景だ――スティープことカタリーナは感じていた。
「アーロン神父にスティープさんだ。客人を丁重に迎えてくれ」
「御意」
「ところでアルルは居るか?」
「お二階の自室にございます」
「分かった」
二階へと向かうヴァルツ。
アーロンとスティープは広間のテーブルに案内され、カイマンは茶の用意に台所へと向かった。
「ちょっとアーロンさん、マズイわよ……」
「大丈夫ですって、誰もそうとは気づけませんよ。たださっきみたいのは困ります、こちらからバラしたら水の泡だ。それに久し振りに会いたかったでしょう?」
そう言ってアーロンはウィンクした。
(私の為に協力してくれるのはとっても心強いけど、結構やる事が大胆なのよねーアーロンさんって……本当大丈夫かしら?)
スティープは改めて心の中でそう思った。
カイマンがやってきてお茶を並べる。
いつものカモミール茶。
二人はカップを手にした。
(う~ん良い香り、落ち着くわ。あらカイマン、モノクルなんかかけてる)
スティープは、カイマンも年かしらなどと考えながらお茶を嗜んでいると、スティープの方をじっと見つめていたカイマンは、急に表情が強張り、体がガクガクと震え出している。
そして二階へと風の様に走り去ってしまった。
「どうされたのでしょう、カイマンさんは」
「さぁ、どうしたのかしらね?」
アルルヤースの部屋へ息を切らして訪れるカイマン。
「おやカイマン、どうしたんだい?!」
部屋にはヴァルツとアルルヤース。
相当急いで来たのだろう、階下からさほどの距離も無いのにもう額に汗が滲むカイマンを見て、驚くアルルヤース。
「あの客人! なんですか、あの“化け物”は!!」
「どういう事だカイマン、落ち着いて話せ」
只ならぬ様子のカイマンにヴァルツは平静を促す。
「あのアバヤ姿の者、ふと気になり魔力が視れるこのモノクルで覗いたのです。そしたら……あれは魔力の塊です! とても人間が身に付けられるものじゃない!!」
「ふむ……そいつはただ事じゃあないな。しかしアーロン神父様もご一緒だ。何でも呪いにかかっているらしいが、心配し過ぎる事は無いだろう。落ち着いて行動するんだ。因みにあの者の何が気になったんだ?」
「そ、それが……なんとなくですがその立ち居振る舞いに“お嬢様”が被って見えたのです。その佇まいやカップを持ち茶を飲む仕草……しかし、全くの勘違いでした」
カイマンの勘は正しかった、しかし否定するのも無理はない。
なにせカタリーナは魔力0の筈なのだから。
例え呪いの影響があったとしてもあれ程の魔力を持つ事になるとは到底信じられなかったのだ。
しかし真実はカタリーナだ。
実はこの街に到着した時に彼女は無意識に魔術を発現していた。
目立たぬ様、とイメージした事で魔術で気配を完全に絶っていたのだ。
だから傍にいたキースも気付けなかった。
この屋敷に来る途中、落ち着けとイメージし妙に落ち着いたのも、知らず知らずに魔術を使っていたのである。
落ち着き過ぎてあわや、という程であった。
その魔力量は実はグレースと比肩する程、悪魔と化した所以である。
魔術封印が解けた今、自分が世界を変えてしまう程の術士だという事に、彼女は全く気付いていない。
そして今なお、魔術を使用中だという事も。
「とにかく、あのスティープには慎重に対応しよう。アルル、お前は観察眼が鋭いから、無理せずあの者を探ってみてくれないか?」
「わ、判ったよ。やってみる」
「わ、私めもご一緒してはいけませぬか?」
「カイマンも? なぜだ」
「そ、そのー……グレース殿が心配でして」
「ふふ、カイマン。この間、屋敷で彼女と二人きりになってからどうも様子がおかしいね?」
アルルヤースにズバリ指摘されると、カイマンは「コホン」とし顔を赤らめた。
「おいおい、そりゃーどういう事だ! その話も興味があるが……じゃあみんなで行くか」
◇
(どうしてこうなってしまったのだろう……)
スティープは頭を抱えていた。
結局、アルルヤースだけでなくカイマンも、グレースに用事があるとみんなで行く事になったのだ。
アーロンは言った。
「大事なのは、私達がどう彼らを思いやり接するかです。神は心を探り、思いを試みる。その行いの実によって報いをするのですから」
スティープにはアーロンの言う言葉の意味がピンと来なかった。
ただ兄達にまで『天使殺し』の報いがかかるのだけは避けたい、そう考えていた。
「ところでアーロン神父、カタリーナについては何か情報はありませんか?」
先頭を歩くアルルヤースが後ろをチラリと振り向き問いかける。
しかし視線の先はスティープだ。
「え、えぇ……どうやら彼女、大変なことに巻き込まれている様です」
「大変な事? それってどういう事です! それは手紙か何かで?」
「い、いえ、実は……スティープさんから伺いました」
(な、なんですとーーっ!!)
ギッとアーロンを睨むスティープ。
アーロンは両手でサムズアップして見せた。
大胆なアーロンの行動がまたここに出た。
皆の視線がスティープに集まる。
「(はあ~)カタリーナ殿は今……身を潜めている。実は私のこの呪いもそれと大いに関係しているのだ。だから私は、彼女を助ける為にもこの呪いをどうにか解けないかその方法をアーロン神父と探っている」
アーロンは片手でサムズアップして見せた。
「妹は……カタリーナはどうでしたか? 元気でしたか?」
「……だろうな。
「分かる。アイツは“やわ”な妹じゃない」
「そうさ、僕ら二人で彼女には剣術を教え込んだんだ」
「それにここに居るカイマン直伝の闘気の修行も受けている、アイツは生半可な強さじゃあない」
「あぁ彼女はきっとそれを糧に頑張るだろう」
ヴァルツとアルルヤースは前でうんうん頷いている。
それはアルルが読唇術で見る限りスティープの話に偽りはなさそうだとヴァルツに話しているのだった。
なんとかうまく誤魔化せたみたいだと、後ろではスティープとアーロンが安堵の息を漏らしていた。
(続く)
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