10話.閑話_スパルタクスの思惑

(欲しいな……)


 スパルタクスは考えていた。


 ここはエスパニル国王軍訓練所管理棟の一室。

 そこにスパルタクス、ロギー・G、ヴァルツの3人が集まっていた。

 今日ユーサルペイシャンヌとの合同演習を終え、向こうのメンバーの力量について確認し合おうとスパルタクスが呼び集めたのである。


「さて、ロギー殿。ユーサルペイシャンヌを“戦力”としてどう評価されますかな?」


「うむ。身体能力だけ見れば、ワシが乳や尻を触った3名、あとアバヤ姿の者、この4名は及第点じゃ。他の演習参加者は残念ながらまだまだ訓練が必要じゃの。何か特殊な能力や魔術が使えるなら別じゃが」


「アバヤ以外の3名について、もう少し講評を頂けますか?」


「そうじゃのぅ、まず団長。体術は十分、“闘気”の扱いも出来ておる。剣術も素晴らしい。ただ妙な体裁きで、変な癖があるのう。何か理由がありそうじゃ」


 胸S、顔S、尻も恐らくS……などと変な評価も付け加えている。


「二番目の尻娘、あぁミスティと言ったか。体術良し、剣術は短剣二刀流であったな。体術との組合せも良い。目くらましや毒剣での奇襲が得意そうじゃ。暗闇でも気配を察知できる様にまで気を修得すると良いじゃろう」


 尻S、胸恐らくA、顔は睨まれるとちと怖い……などとぼやいている。


「3番目の小娘キトゥンは体術のセンス、スピードが3人の中でピカ一じゃ。ワシの体術の神髄を極められるとしたらコイツじゃろうな。如何せん体が小さきゆえ攻撃力が弱い。幾ら素早く、流れる様な動きで相手を翻弄しようと、打撃で倒せないのでは話にならん。“闘気”をマスターすればそれを克服出来るじゃろうよ」


 因みに胸も尻もBじゃ、こちらはちと小さい……と付け加えた。


「……成る程、判りました。他に気になる者は居ましたか?」


「今日、その4名の他にもう一人、女性が来てたじゃろ。演習には参加せなんだ。その女性がいつも横に付いていた男、奴は使えるかもしれん」


「そう言えば……その女性には手を出さなかったんですね」


「まぁな、訳ありじゃ。ただしその女、強いぞ! そしてその女が唯一忠実に従うのがその男じゃ。ひょっとすると奴を伝手にエスパニルは新たな戦力を持つ事になるかもしれん」


 ロギーが差していた女性はキャサリン、そしてその男とはキースであった。


「それは一体?」

「まぁ何れ判るじゃろうよ」


「そうですか。判りました、ありがとうございます。さて、ヴァルツよ。どうだった、あのアバヤを纏う者の実力は?」


「はい、本当に強かったです。恥ずかしながら剣での戦闘では私には勝ち目が無いと悟りました」


「であろうな……俺も見ていた。お前も最後、あれは本気だったのだろう? あやつの身体能力は計り知れん。まともに相手しては我が軍で敵う者は居ないかもしれん、それ程の実力であった……俺は、スティープを我が軍の一員に迎えたい、そう考えている」


 なるほど、ヴァルツは思った。

 今日の手合わせの指名はそれを確認する為でもあったのだ。


 さて、どうしたものか。

 

 ヴァルツにはスティープの正体がほぼカタリーナで間違いないと感じていた。

 カタリーナは呪いを解く為に旅に出る、それは俺だって協力してやりたい。

 しかし大佐はそうとは考えていない。

 むしろ自分の手中に収めておきたいと考えている訳だ。 

 

 大佐と目を合わすヴァルツ。

 その表情は柔和に見えたが視線だけは鋭かった。

 するとロギーがどこか厳かな口調で話し始めた。

 

「そうじゃなぁ……大佐殿、ワシからも一つ言っておくぞい。あのアバヤ姿、あやつは“人間”では無い」


「「!」」


 その発言に思わずロギーの顔を覗き込むスパルタクスとヴァルツ。


「それはどういう事ですかな、ロギー殿」


「ワシの強さの秘密、例えば今日の超高速移動や肉体強化、それらは全て“闘気”の操作で説明できる。つまりワシの人間離れした能力は闘気のお陰なのじゃよ。ところがあやつは今日“闘気”を一切使っとらん」


「つまり……」


「奴は己の身体能力だけでワシの闘気を使った動きの遥か上を行くという事じゃ。こんな芸当が出来るのは最早人間じゃない、神や悪魔、その類じゃよ」


 ヴァルツの顔が青褪めていくのをチラと横目に見やりながら、手で顎をさすりスパルタクスは呟いた。


「なぁヴァルツ。お前もそう考えているのだろうが、あやつの呪いとは……悪魔の力を得ているのではなかろうか」


 デイビスは昨日、呪いではなく憑依に近いと言っていた。

 しかもそれを解除しようとすると自分が飲まれるとも言っていた。

 この言葉のニュアンスとロギーの“神か悪魔”という推測。

 以上から導かれる合理的な結論としてはそれがしっくりくるように思える。


 それに、まるで母国語の様に流暢なエスパニルを話すのにアバヤを着ている。

 それはすなわち全身を隠したいという意図の現れ。

 つまりあのアバヤの下には“悪魔”に変わり果てた姿があるという事だ。


 スパルタクスはそう推察し述べた。

 ヴァルツは歯を喰いしばっていた。

 

 彼女はカタリーナだ、それは間違いない。

 ではなぜ俺やアルルにまでその正体を隠したいのか。

 それは……呪いで悪魔と化したから。


 辻褄が合う。


 あのアーロン神父でさえどうやら手探りなのだ、あの呪いを解くにはどうすればよいか。グレースだけでなくデイビスにまで当たっていたのだから。

 アイツはああして正体を隠しながら何とか体を治そうと頑張っている。

 身内だから、俺だからこそ今アイツにやってやれる事は何か無いのか?


「大佐! スティープ殿にこれから会いに行ってもよろしいでしょうか?」


 真剣な眼差しのヴァルツ。


(さて、どう転がるか……)


 スパルタクスの頭には次の状況が浮かんでいた。


1. 決闘する

2. ヴァラキア行きを促す

3. 軍へ連れ戻す


(俺としては何とか手元に置いておきたい、3がベストだがこいつの覚悟はどうも違う所にある。とはいえもし己の正義感から1を選ばれるとどちらかを失いかねない、それは避けたい。さて2をこいつが選択するとなると俺には情報が足りないな、理由が分からん。だが一番可能性があるのがこれか、ふむ……)


 スパルタクスは、今日、魔術軍のメンバーに対し行われたグレースの講習についてかなり良い評判を聞いていた。やはり魔術の腕は一流だったし、教え方も大変上手だったらしい。

 そのグレースが共にヴァラキア行きについて行くとなれば、まだチャンスはあるか。しかし解呪されれば当然、只の人となってしまうわけだが……。


「もうすぐポルトゥールとエスパニルの統合で忙しくなる。もちろんそれには、それだけは忘れるな。今日はもう仕事をあがっていい」


「あ、ありがとうございます!」


 結局スパルタクスはヴァルツの意向を立て、ただ決闘はするなよと暗示して、スティープの動向については運を天に任せたのだった。


 挨拶をして部屋を出るヴァルツ、足早に訓練所をあとにする。

 その様子を窓から眺めるスパルタクス。


「大佐殿も大変ですなー考え事がわんさかで、気が気でないと見える。さて、ワシも今日はこれであがらせて貰うぞい。酒でも飲みたい気分でな」


 部屋を出るロギー。

 スパルタクスはひとり目を閉じ考えていた。


(さぁて、こちらはこれでひとまず様子見だな。グレースとスティープ、この二人、エスパニルの安全と繁栄に是非とも欲しい戦力だ。ヴァラキアへの旅で両方失うという事にならねば良いが……)


 するとスパルタクスは、机に足を乗せ両手を頭に乗せながらリラックスした姿勢で、ユーサルペイシャンヌの団長アーデルハイトを思い出していた。


「それと……そろそろSoltero独身とやらも卒業しなければな。オールSか……ふっ」


 スパルタクスは少し頬を緩めながら、ひとり呟いていたのだった。



(続く)

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