9話.合同演習

 ユーサルペイシャンヌのメンバーは団長、ミスティ、そしてその下に属するキトゥンらチームの代表がそれぞれ数名のメンバーを引き連れて来ており、国王軍からはその人数に合わせて今日の合同演習に参加していた。


「本日は、現ポルトゥール王の私設兵団、ユーサルペイシャンヌの皆さまにおかれましては、遠路はるばるお越し頂き誠にありがとうございます」


 エスパニル国王軍の兵士が司会のスピーチを始める。

 そこへ皆の前に歩を進ませる一人の男。

 その鋭い眼光、淀みなく漂う気、歩く所作、その佇まい、動作の全てに一切の無駄と隙が無い。


 この男、かなり出来る!

 ……でもなんか、女ばかりに目を向けてない?

 


「本日最初の演習は、我が国の特別講師であられるこちら……あれ?」


 それは、まだ司会がスピーチを続けている途中。

 男は、突如煙の如く姿を消した。

 

 いや私には見えていた。

 なにこの人間離れした超高速移動!


「壱!」


 男は団長オクトリスの背後に立った。

 団長はまだ気付いていない。

 そして腕を伸ばすと、団長の胸を両手で鷲掴みにした!

 な、なんだこいつ?!


「ん~!?」


 流石団長、あんな事されてもスマイルキープ!

 ……でも青筋立ててる。


 団長が振り向きざまに右ストレート!

 ボッという風切音、そして周囲に巻き起こる風、凄まじいパンチだ。

 やっぱり“闘気”を修得してるわね。

 しかしそこにあの男はもう居ない。


「弐ぃ!」


 お次はミスティ。

 一陣の風がミスティのお尻をサワサワ~と撫でていく。

 こ、こいつ……!


「喰らいなっ!」


 ミスティは反射的に鋭い回し蹴りを後方に蹴り抜く。

 迷いがない、良い蹴りね。

 しかし風はもう吹き抜けた後だった。


「参!」


 今度はキトゥンの胸を正面から掴んでる。

 ……変態ね。


「ぎゃああっ!」


 ほぼ反射的にサマーソルトキック!

 しかし時既に遅し、エロジジイの姿は消えていた。


「肆ぃ!」


 私の脇にスッと気配無く立つ変態エロジジイ。

 魔の手が私の胸とお尻に迫った!


 だが遅い!


 私は拳を空高く振り切った。


 あれっ?!


カスッ!


 男が空中を舞う。

 そのまま宙返りして着地すると、私の拳がかすった顎を撫でながら微笑んでいる。


 この変態! 拳が当たる直前に自ら上に飛び跳ねて私のパンチを躱した!


「ほっほっほ! このワシに攻撃を喰らわすとは、いやはやお見事! 何十年ぶりかのぅ。いやー若き日の修行を思い出すワイ」


 漸くその姿を見止めた司会が喋りだす。


「本日の特別講師、<ロギー・G>先生です! 宜しくお願いします!」



 変態ロギーの前に立ちはだかる団長、ミスティ、キトゥン。

 ロギーは「さてさて……」と余裕でその3人をじっと見る。

 

 しょうがない、ちと懲らしめるか。


スッ


 私はロギーを羽交い絞めした。


「な、なにーーっ! ちょ、ちょっと待った! ワシは講師じゃぞ! あーーっ!!」


ドカッバキッボコッドスッガキッ!


 ボッコボコに殴る蹴る殴る蹴る殴る蹴る……。

 あー痛そう。

 

 漸く気が済んだみたい、私も羽交い絞めを解く。

 ところが不思議な事にこの変態は、少し鼻血を垂らす程度で然程ダメージが無い!


「いやー若いもんの攻撃は活きがあって良いのー。だが悟られ過ぎじゃ。お主達もワシの極意を学べば、これだけ喰らっても軽傷で済ませられるぞ!」


 やっぱり! なんで?

 その様子に団長たちも驚きの表情だ。


「さて、お主ら3人、その乳その尻、引き締まり具合といい張り具合といい『合格』じゃ! ワシの教える闘気を修めればもっと強くなれるぞい。そしてお主は言うまでもない、ワシを2度も捉えるとは天晴! ただ、乳と尻はまだ触っとらんからちいと確認させて貰えんかのー」


 そっと伸びてきた変態ロギーの手。

 私はその手首を掴んで思いっきり捻った。


ガシッ! グリッ!


「痛たたたた! スマン! もうせんから許してくれっ! はぁこの年にしてまさか若き日と同じ過ちを犯すとは……ワシもまだまだよのぅ」


 そう言って、私から距離を取る変態ロギー。


「さて。ところで今回、ワシの高速移動が見抜けたのは此奴とスパルタクス、お主だけであったかのう?」


 スパルタクスに、顔を向ける変態ロギー。


「ロギー殿、その言葉には少し語弊がありますな。私は師の動きを捉えていたわけではありません。ただ、あなたの性格からこう動くのではなかろうかと予測し見ていただけです」


「それはそれで大した洞察力じゃ。お主ら2人は講習の必要はないぞ。では他の者にはこれから講習を始める!」


 こうして私とスパルタクスを除き、今度は真面目な講習が始まった。

 最初からこれしとけば良かったじゃない、この変態!


 するとその心を察した様にスパルタクスが話しかけた。


「ああいう方だ許してやってくれ。男ばかりだと鬼の様にスパルタなんだが、“女性”が居ると人が変わる」


 私は黙ってそれを聞き流した。



 ロギーの講習が終わり、次にエスパニル国王軍兵士とユーサルペイシャンヌメンバーとの手合せ演習となった。

 そこへ私に声をかけてきた人物がいた。


「スティープ殿。私とお手合せ頂けますか?」


 ヴァルツ兄!


 参ったな……今日は演習に参加するつもりは無かったのに、よりによって兄様から指名を受けるとは。


「申し訳ないが今日は剣を持ち合わせていない」

「それなら、私の剣をお貸ししましょう。どうですか?」

「……少しだけなら」


 私はヴァルツ兄から剣を受け取り、手合せする事になった。


「では、剣で語り合いましょうぞ! 参りますぞ!」


 ああ、懐かしい。

 よくこうやって手合せして貰ったものだ。

 もちろんその時はほとんどが私が攻めで兄が受けだった。

 それでも兄は私に攻め方を教えるのにこうして教えてくれたっけ……。


 このコンボ、こう斬ったらこう返す。

 フェイント、体の入れ替え、多弾攻撃のステップとリズム。

 全て、兄に教わった。

 私は兄との稽古を思い出し感慨に耽っていた。

 またいつか、こうして一緒に稽古出来る日を夢見て……。


「なかなかやりますな、しかし底をまだ見せていない様だ。では少しレベルを上げますぞ!」


 兄の動きがより俊敏に、しかも一撃一撃が鋭く重くなっていった。

 恐らく以前の私がぎりぎり受け切れたのはこのレベル。

 これより本気の兄の剣は受けた事が無い。

 私はもう少しだけ、兄との手合せの時間を過ごしたくなった。


「お互い埒があきませぬな。では、“本気”で行きますぞ」


 兄の体を闘気が包みだす。

 それはいつか見たあの銀氷の雪風巻ディアマンテトルナード


 初めて受ける兄の本気。

 スピード、パワー、気迫、そのどれもが今までより凄まじい!

 あぁ、これはなら受け切れない。

 でも……その攻撃パターンはこれまでの延長線上。

 より速く、強く、勢いを増しただけ。

 手合せという事も考慮しての事だろう。

 

 私はこれまで兄の動きをじっくり見て受けに回ってたが、その中で気付いたほんの僅かな兄の癖。

 

 兄が渾身の一撃を放とうと身構え、剣を振り上げる。


 ここだ!


 私はその僅かな癖を咎める様に兄の一撃を綺麗に受け流し、カウンターでピタリ、兄の首筋に剣を留めた。


「ま、参った……!」


こうして私にとってひと時の幸せな時間は、終わりを迎えた。


「お手合わせ誠にありがとうございました。一つだけ質問をしてよろしいか? スティープ殿はどこで剣を習われたのか?」


 私はそれに応えず黙っていた。


「実は……今日の稽古で私は貴方と剣で語り合った。剣とは不思議なもので、手合わせをすれば自ずとその者の癖や特徴まで分かってくるものだ」


 そう言えば……兄はよく言っていた。

 剣を交えた相手とは、剣で会話をしろと。


 剣には色んな流派がある。

 そこに経験や癖、色んな人の想いや運命、そんなものまで背負っているものだ。

 だから、それを剣で会話し感じ取れ! それが一流の剣士ってもんだ。


 兄は私との手合せでずっと剣で会話してたのだ。

 こいつはどういう奴でどんなものを背負っているのかと。


「不思議な事に、貴方の剣からは……今は身を潜めているという我が妹、カタリーナの面影がある」


 あぁやはり……兄には私の正体が判っている。

 昨日の反応もきっとそう。


 私よ! ヴァルツ兄!!


 私は心の中でそう叫んだ。

 でも私はじっと黙っていたのだ。


「……いや、少し不躾な質問でした、すみません。あなたの実力は見事だ。また今度、稽古を付けて頂きたい」


 そう言うと兄はペコリと礼をし、私から剣を受け取ると去って行った。



 無事エスパニル国王軍との合同演習を終え解散となり、私とキース、キャサリンはセビーヤの宿に戻る事にした。


 もうくたくただ。


 すると、団長はじめ、ミスティやキトゥン、他のユーサルペイシャンヌのメンバーも一緒についてきたの。


「今日は拙者達もセビーヤの宿に泊まるでござるよ。皆で飲みに参ろう! 何でもムイピカン亭という美味しい料理や酒を出す店があるとの事」


「お! それなら俺に任せとけ! 幻の酒“ポンシュ”っていう、うめぇ酒があるんだ」


「それじゃあ今日は皆でそのポンシュとやらでパーッとやるでござるよ! お代は拙者が全て持つ!」


「よっしゃあ! そうとなったら俺が一足先に行って席取っとくぜ、任せときな!」


 そう言って、キースは走って行ってしまった。


「こういう時だけ調子が良いんだよなーあいつは」

「まぁ良い。キトゥンのチームは面白そうな者が多そうで良いでござるなー」

「こっちは結構、胃が痛む思いしてんだけどね」


 そう言って皆にいたずらっぽい笑みをこぼすキトゥン。

 団長とミスティはクスクス笑ってる。


 私はキャサリンと顔を合わせると、おもわず苦笑いした。

 うん、今日は私もバルでパーッとしようかな。


 アーロンさん、無事戻ってきていると良いな……。



(続く)

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