3話.懐かしの我が家?

 翌朝、目が覚めるとそこは宿の部屋だった。

 部屋を出るとアーロンさんが居て、昨日の出来事を話してくれた。


『天使殺し』


 何という事をしてしまったのだろう。

 私は動揺を隠せなかった。

 でもアーロンさんはそんな私を優しくなだめてくれた。


「カタリーナさん、あれはあなたの仕業じゃない。あなたに巣食う悪魔の所業、不可抗力です。あなたは必死に止めようと頑張った。きっと神は真実をご覧です。それに私もきっとあなたを救ってみせる」


 アーロンさんのその一言は、私にはとても心強かった。



 私達はデイビスの収監されているエスパニル国王軍特別監置所に向かった。


 アーロンさんは、グレゴリオ神父に救出されて意識が戻ってから間もなく、国王軍にここへ呼ばれ、スパルタクス大佐より審問を受けたという。

 デイビスの取り調べで、アリス=キテラの築いた魔術封印の結界解除が明らかとなり、その共犯者としてアーロンさんの名が挙げられたかららしい。


 魔術封印の結界が解かれたですって!?


 そもそも国王軍は形式上デイビスの取り調べを行っていて、そこでそんな重大告白が出るとは思いもよらなかったのだそうだ。

 

 結界解除はエウロペ中を巻き込む大事件だ。

 一国の軍がこれを裁くにはあまりに事が大き過ぎる。

 しかも首謀者、共犯者は共に聖職者、両者とも聖ラピス教会と繋がりが深い。

 事の重大さから国王ジョアンⅡ世に報告すると、引き続き軍にデイビスの拘束監視と、アーロンの召喚審問が指示されたのだという。


 その時は、グレゴリオ神父、そして異端審問官のダニエーラが共に証言に立ち、アーロンは操られた状態だった事が認められ無事帰されたそうだ。


 とはいえ、今度はそのデイビスに協力を求めるなんて……。

 

「ねぇアーロンさん。せっかく共犯の疑いが晴れたのに、そのデイビスにこちらから頼るのってリスクが高いんじゃないかしら?」


「いえ良いんですよ、私の事はお気遣いなく。それよりカタリーナさん、あなたがどうしたら元に戻れるか、可能性がそこにある限り、私はそれに全力で取り組もうと思うのです」


 それが自分の犯した罪への贖罪であり、大事な自分の修道女シスターを守る為の聖職者として当然の使命だと言った。

 私は、そんなアーロンさんにキース達とはまた別の、深い絆を感じていた。


 入り口の監視員の兵士に用件を伝えると、中からスパルタクス大佐が現れた。

 アーロンさんの要望に大層驚いた様子だ。

 

「残念ですが、それは無理です。彼は魔術封印を解いた大罪人、その協力を得ようなどとは努々ゆめゆめ思いなさるな」


 やっぱりそうよねー……。


「そこをどうか! この者には酷い呪いがかけられています。もはや私達聖職者の力では治せない、それを解呪出来るかもしれないのです!」


なんと、アーロンさんはスパルタクス大佐の目の前で土下座したのだ。


「アーロン神父、どうかお立ち下さい! ふぅむ困りましたなぁ、そこまでされて断っては天罰が下りそうだ……」


 大佐はアーロンさんに、跪いて懇願する。

 しかしアーロンさんは譲らない。

 困り果てた大佐はとうとう折れて、大佐同伴のもと、デイビスとの面会の特別許可が下りたのだ。


 そ、それにしてもアーロンさん……結構大胆ね。


 辿り着いた部屋に収監されていた男、デイビスは少し変な恰好だった。

 体の至る所に小さなお守りの様な物を付けている。

 大佐の話に依れば、それは魔術を封じ込める作用があるという。

 エスパニル国王軍魔術班の開発した魔道具だそうだ。


「アーロンか、なんの様だ?」

「デイビスさん、変わりは無いですか?」

「あぁ、生憎ここでの生活は魔術が使えない以外は不便を感じてないんでな」

「実はあなたの力をお借りしたいのですよ。私にはどうにも手に負えないので」


「仮に俺がそれをなんとか出来るかもしれないとして、なぜ俺がそれをしなければならぬのだ?」


 するとアーロンさんはデイビスに近寄り何か囁いていた。

 デイビスはギッとアーロンさんを睨み返し、「くそっ!」と悪態をついている。


「さて……では早速見て貰いましょうか」


 アーロンさんは大佐に確認し、デイビスの頭のお守りだけを外し、私を見せた。


 すると急に彼はその眼を輝かせ、椅子から立ち上がり私に近づき凝視した。

 私は思わず後ずさり、大佐とアーロンさんがデイビスを抑えようとする。


「くっくっく……これがあの聖杯の影響か。なあ、アーロン。お前、本当にこいつを元に戻したいと思っているのか? 勿体ない。ここにはスパルタクス大佐も居らっしゃる。どうだ、俺が軍に推薦してやるが?」


「残念ながら問題もあるのです。実は……」


 アーロンはまたデイビスの耳元で何かを囁いた。


「クッハッハッハ! 素晴らしい実力では無いか! しかしお前も随分と覚悟を決めたな。判った、結論を言おう。これは俺には解けない。解くと呑まれる。これは呪いというより憑依に近いな。もしこいつを解いて他の誰かに移ったりでもしたら気が狂って死ぬぞ? こいつが意識を保ててるのは、その首の呪いのお陰だ。だからこっちを解いても当然マズイ事になる」


 この首の呪いのお陰ですって?

 私はその言葉が気になっていた。


「まあその首の方もかなり複雑な呪いだ、俺一人じゃ解けないだろう。それでも貴様と手を組めば解けなくはなさそうだが……どちらにしろ俺まで巻き込まれるのは御免だ」


「そうですか……では他に何か良い方法はありませんかねぇ?」


「そう言えば、うちの教会にヴァラキアから来た神父が一人居たな。随分と高度な魔術を使っていてな、総帥もお気に入りだった。確かヴラド魔術と言ってたか。あれだけ高度な魔術が使えるなら良い方法があるかもな」


(ヴァラキアの神父!)


 私は竜の渓谷まで私を追ってきたあの神父を思い出していた。

 やっぱりヴァラキアがキーとなる、そんな気がした。 


 デイビスとの面会はここまでだった。


「どうやらデイビスの力はお役に立たなかった様ですな。しかし良い情報も得た。ところで奴には何を耳打ちされたのか? あんなに素直に言う事を聞くだなんて」

 

「あぁあれですか、私はこう言ったのですよ。魔術封印を解いたのはお前では無いだろう? って」


「何?! それは本当か!」


「私が修道院で目覚めた後、ある記憶がありました。それは見た事の無い結界の印……恐らくそれが、操られていた時にデイビスと一緒に解いていた物なのでしょう。しかしその印はどう見ても魔術を封印する様な大層なものじゃなかった」


 その印は何かを隠す結界――それは魔女狩りが行われていた当時、聖ラピス教会で匿った魔術士らが身を隠すのに用いていた印、と似ている点が多かったそうだ。


 アーロンさんの見立てでは、恐らく魔術封印の結界は二重に結界が施されていて、賛美一体教会にあったあの印を解いて初めて魔術封印の結界に干渉出来たのだろうという。


「し、しかし、じゃあなぜ奴は大罪を覚悟しそんな噓を?」


「そうですねぇ……大方、後世に自分が、あの偉大なるエウロペの大魔女アリス=キテラの魔術封印の結界を解いたのだとを付けたかったのではないでしょうか? まぁ素直に従ったという事は図星で、バラされたくなかったのでしょう」


 なんて事。

 しかし……その見立てといい、それをあっさりここで口外する事といい、やっぱりアーロンさんは、大胆な行動を取る人だ。

 ……今まで通り信じていれば大丈夫かな?


「しかし……だとすれば真犯人は誰なのか?」


 アーロンさんは、両手のひらを上に向けて肩をすくめる仕草をした。


「そうですか。大変な情報をありがとうございます。これからヴァラキアへ向かうのでしたな? 出来ましたらその前に書面にて今の言質を頂いてもよろしいか? とはいえあくまで推測であり証拠はないわけだが」


「えぇもちろん構いませんよ。スパルタクス大佐殿、今日は本当にありがとうございました。さて、では次はグレースさんに会いに行きましょうか」


 ふと私に呟いたアーロンさんの言葉に、大佐が急に喰らいつく。


「いま、“グレース”と言いましたか? ひょっとしてあのグレースさんの事か?」


「え、えぇ。お知合いですか?」


「アーロンさん、実は私どもも彼女に大事な用があるのです。魔術封印も解けたこんな世の中ですからな。どうか部下を一人、ご同行させて貰えぬか」


 突然のその申し出に私達はびっくりしたが、彼の特別な計らいでデイビスとの面会が出来たのだ。この依頼は流石に無碍には出来ない。

 すると大佐は一人の部下を連れてきた、それは……。


「こいつの名は“ヴァルツ”、是非こいつをお供させて下さい」



(続く)


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