38話.真夜中の断罪

 陽は沈み、空が瞑色に染まる頃。

 賛美一体教会の扉を開く音が堂内に鳴り響く。

 教会内は作業を続けているデイビス、そして祭壇に横たわるアーロンだけだ。


「随分手こずったな、それで……ヴァチーカからの連中は追い返せたのか?」

「私だ」


 デイビスは勘違いをしていた。

 振り返ると濃紺色のローブに身を包みフードを深く被った姿の者。


「おぉ、これは失礼した“総帥”。そっちはどうだった?」

「上手くいった。ヴァチーカからの連中とはどういう事だ?」


「いや、どうやらアーロン奪還を企む者達が居たようだ。そいつらを追い返す為に我々も手を打ったんだが、帰って来ないという事は失敗したのかもしれん」


「なるほど、少し急がなくてはな……今から私の術でアーロンを操る。そしたら必要な手順をアーロンに命令しろ。そして仕上げにかかるのだ、今晩中に遂げるぞ!」


「え、ちょっと待て! “穢れた聖杯”はまだ無いぞ!」

「なに必要無い、事態は急を要するのだ。今回は、手を下そう」


「そ、そうか。では早速始めるとしよう! ふはははははー! 遂に今夜、新たながこの世界に訪れるのだーっ!!」


 デイビスにはそれがアル・サーメン商会総帥としか思えなかった。

 見た目も格好もそっくりなのだ、無理もない。


 グレースはアーロンに手をかざすと白い光が包み、やがてアーロンは体を起こしデイビスの傍らまで歩んだ。

 デイビスは指示を与えると、アーロンはじっと何かを凝視し、デイビスに呟き始めた。それをフムフムと聞き入り、デイビスは己の術に集中した。



 ここは元アリス=キテラが隠れ住む家のあった場所。

 その跡地に賛美一体教会が建ったのには理由があった。

 ここに教会を建てる様、勧めたのはあのアル・サーメン商会の総帥。

 ここに“何か”がある事に気付いたのは総帥に探索を依頼されたデイビス。


 総帥が悪魔の粉を開発し、それを糧に賛美一体教会にすり寄って陰の支配者となったのも、デイビスとエンリコという特殊魔術の使い手を手駒にしたのも、穢れた聖杯を入手し企んでいる事も全て、ある行動原理に基づく。


“復讐”


 総帥はそのたった一つの目的を果たさんが為、自身の分身を取り込み、自身がより強くなる事で、確実に目的を遂げんとしていた。

 しかしその目論見は中途に終わったと思われた。

 彼女は、別の分身に逆に取り込まれてしまったのである。


 主なる者から別の主の意識の一つ、力の欠片に成り果てた今、真の主なる者、即ちグレースがここに来た理由は何であったか。


「よし! 行けるぞ! もうすぐこの封印は解ける!」


 デイビスが声を上げたその時だった。


「悪行はそこまでじゃーーっ!!」


 白銀の大きなメイスを掲げ、教会の扉をバンと開けて入る一人の神父。

 その後に続き、グレゴリオ達が教会になだれ込む。


「おぉ、アーロンは無事じゃないか! 隣に居るのはデイビス! 貴様、何している」


 ヘイゼルが二人に気付く。

 しかしグレゴリオの視線はそちらでは無かった。


「あなたは確か、以前教会に来……」


 グレゴリオの目に映ったのは濃紺色のローブを纏いし者。

 眠りの呪いからカタリーナを救う時、同伴していた一人だ。


 言葉を言いかけてグレゴリオは突如金縛りにかかった。

 そして頭に響く不思議な“声”を聴いた。


(おとなしく見ていよ、悪い様にはしない)


「!?」


 どうやら他の仲間達も同様に金縛りの術をかけられた様だ。

 

「おいデイビス! アーロン神父殺害の報告は嘘だったか! それに我々へのこの仕打ち、ただで済むと思うなよ!」


 一緒に居た異端審問官ダニエーラの怒号にデイビスは笑いを堪え切れないでいた。


「ふはは、ははははははーーーっ!!ぶぁかめぇぇぇーーーっ!!めでたい奴だよっ、全くお前らときたら! 今から未来を予言してやろう。これから新たな“秩序”が誕生する! 喜べ!! お前達はまさにその決定的瞬間に立ち会えるのだーーっ!!」


 アーロンの手元が眩い光を放つ。

 同時にデイビスも強力な魔術の印を結び、赤黒い光が教会内を眩しく照らす。


「成功だーーッッ!!」


 目も眩む赤い光の中、響くデイビスの掛け声。


 その時、賛美一体教会の屋根の上には人影が一つ。

 人影は両手を高く掲げ、顔も夜空を見上げながら何かを呟いていた。


「ようやくだ……!」


 人影が被っていたフードがさらり、その顔が曝け出す。

 そこには、“無貌”の魔女が居た。

 魔女の手より真っ赤な雷が真っ暗な夜空へと放たれる。


バリバリバリバリーーーッッ!!


 異変に気付いた白銀の弓を持つ青年が皆に呼びかける。


「み、みんな!あの空を見ろーっ!」


 星が煌めく夜空には、いつの間にか青白い光の亀裂が無数に空全体を走っていた。

 やがて空一面が亀裂に覆われ昼と錯覚する程の青白い光が夜空を覆った。


 次の瞬間――、


パリーン


 粉雪に月の光が当たっているかの様な、細かな青白い光の粒が、遥か上空から地上に向かって静かに降り注ぐ。

 今まで見た事の無い幻想的な光景が夜空を彩った。


「や、やったぞ! 遂にやったー!! う……???」


 喜びの雄叫びを上げたデイビスの体は急に金縛りにあったのだった。

 同時に隣に居たアーロンはまた気を失ったかの様に、床に倒れ込んでしまった。 

 代わりに金縛りにかかっていたグレゴリオ達の体は自由になった。


(あとは任せる)


 果たして他の者達には聞こえたであろうか?

 グレゴリオは先程、聞こえてきた不思議な“声”と同じ声を確かに聞いた。

 見回すとあのローブ姿の者はどこかへ消えてしまっていた。


 こうしてデイビスは拘束され、アーロンは無事保護された。


 教会内部を捜査してた異端審問官のダニエーラは、大量の“黒い粉”が保管された部屋を見つけ出す。

 ヴィネツィを中心に問題となっていた悪魔の粉については異端審問官達の方が目敏く、素早くこれが悪魔の粉に疑わしいと判断したのだった。


 そこで馬に乗って駆けつけた白銀剣の修道女シスターと異端審問官の一人が共に馬に乗って一度中央に戻り応援を呼ぶ事にした。

 残りの者はアーロン神父の看病、デイビスの監視、証拠物件の保護の為に教会内で一泊し、応援を待つ事にしたのだった。



 街の明かりはとうに消え、すっかり静まる夜夜中。

 聖リモーニージス大聖堂、夜空は月が輝けり。


 誰がそれに気付くだろう、夜空に浮かぶ、人の影。

 月の光に照らされて、尚漆黒のその姿。


 その人影が生み出すは、夜の黒より深き闇。

 それが覆うは大聖堂、異端審問所が包まれり。


 闇の内にて生じるは、無数の赤き稲妻の、今輪奈落の落雷で、

 にも拘らず雷鳴や閃光全くかの外に漏れる事無き、静けさで、


 揺れる人影、静寂の舞曲ワルツが奏でられるよう。

 月にも見えぬその顔は、どんな表情かおであり得よう。


 舞曲ワルツは終わり闇が晴れ、瓦礫と化した大聖堂、異端審問所が現れる。


 空から2枚の“紙切れ”がひらりひらりと不規則に、規則正しくそれぞれの、瓦礫の山に舞い落ちる。


 あの人影は見当たらず、ただ静けさが笑ってる。

 いつもと変わらぬ月と星、静かに瓦礫を照らしつつ。



(続く)

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