26話.励ましの言葉
アルスレイは急ぎ、黒竜の背に跨った。
「私も行く!」
カタリーナはそう言って彼女の後ろに飛び乗った。
空を見上げると、二人はこれまで見た事の無い異様な空模様に度肝を抜かれた。
天頂から灼熱色の竜の如き稲光が、放射状に幾つも水平線の遥か向こうに向かって落ちていく。バリバリバリッ! という凄まじい轟音、燃え上がる様な雷光は激しく、まるで空が怒っているかの様だった。
「ルビスさん! これは一体……!?」
『これは……この渓谷に張られていた結界が解ける現象です。これが意味するは、幻獣王バハムートが死に絶えたという事』
「なんですって?! と言う事はあの魔神は?!」
『なんとかハデスは討伐したみたい。皆消えていった。漸く終わったのよ』
「皆消えていった?……ルビスさん、ジェネシスドラゴンは!?」
『………』
「そんな……」
すっかりオレンジ色に染まった空の中、アルスレイは暫く黒竜に跨った上空で、九重の淵の方角をじっと見つめていた。
「気落ちしてる場合じゃないわよ、アルスレイ。これからあなたに結界が破れた影響を話します。そして今後渓谷での生活をどうするか皆と相談して決めるのです! きっとジェネシスドラゴンもそう言う筈よ」
(後の始末は任せたぞ……)
あの時の、ジェネシスドラゴンの顔が思い浮かぶ。
「……分かりました。それで結界が解けるとどうなるのですか?」
「それは……」
ルビスの話を聞き、驚愕の表情を浮かべるアルスレイ。
こうしては居れぬとカタリーナを急ぎ焚火に当たるミスティ達の下へ降ろし、皆を避難させ集まっている大地の裂け目の洞窟へ向かって行った。
◇
焚火を囲うUPのメンバーとジーク達。
そこへストンと降ろされたカタリーナ。
カタリーナは皆の顔をぐるっと見回した。
(まず、何て声をかけよう……)
カタリーナは言葉に詰まっていた。
「あ、あの……」
するとキトゥンがスッとカタリーナの脇に立ち、耳元で内緒の確認を取った。
キトゥンの目を見てコクンと頷くカタリーナ。
それを見てヨシっ!と頷くキトゥン。皆に向かって話し出す。
「あーコホン。コイツはカタリーナ。エスパニルであたしが見つけた逸材さ。男装させてスティープって名乗らせたのはあたしのアイデア。それは二人だけの秘密って約束した。姉御、黙ってて済まねぇ……。それで今、その秘密を話しても良いか確認はとった」
ミスティは「フゥ」と息をつき、やれやれといったジェスチャーを取る。
キトゥンはカタリーナの目を見て続ける。
「カタリーナ、まずはお礼を言わせてくれ。本当にありがとう! お陰で竜の爪を無事ゲットする事が出来た」
そう言って懐から、竜の爪を取り出した。
「ところで、変な聖杯の力でこんな姿になっちまったけど、意識は本人なんだろ? じゃあ変わらずあたしらの“仲間”って事だ! みんなそれで良いよな?」
半ば強引に、そう言い切る。
そこへキースが口を出す。
「ちょ、ちょっと待った! 確認してぇ事があるんだけどよぉ、ひょっとしてエスパニル3大商会の一つ、エランツォ商会のドン=エステバン=デ=エランツォの娘、カタリーナ=デ=エランツォってお前だったりしちゃう?」
(ギクッ! なんでコイツこんなに鋭いのよ?!)
「バカ野郎! んなわけ……(手を振り上げて)あれ? そーいやーあたしと初めて会った時、【セビーヤのフェニックス】って名乗ってたよなー。お前は【エランツォ三獣士】? それに航海に必要な道具を買い物してた。じゃあ、ひょっとして……」
皆がざわめき、視線がカタリーナに集中する。
(あーもうしょうがないなー、別に隠す事でもないし良っか)
カタリーナがうんと頷くと、
「うん、うん。そうか……そうかー!」
意味深な反応をするキース。
……とそこへオジキが叫ぶ。
「何だとーーっ!!お、俺は、心に決めた女性が居るというのに、何て事を……」
(ん?)
「お見合い候補の相手をこの両腕で抱きしめて……」
(“抱きしめて?” おいおいちょっと! 違うんじゃない? それ……確かにベアハッグされてはいたけどさ)
「しかも“思いっきり”!!」
(えぇ……悪魔の体じゃ無かったらあばらも背骨もへし折れてたわよ)
「頼む! 誤解しないでくれっ! お前があのカタリーナだったとは知らなかったんだ。俺にそんなつもりは無かった、そしてどうかこの事は内密にっ!!」
頭をペコリと下げるオジキにキースがバシッと啖呵を切った。
「バカ野郎! 自惚れんじゃねぇぞ、オジキ。そんな事で慌ててどーする?! 確かに今回お目当ての品は手に入れた。しかーし!それで彼女の心をゲットし無事ゴール出来るかはまだ判らねぇ。だったら! あらゆる可能性は取っとくもんだぜ、0じゃない限りなっ!」
キースはオジキの目を見て続ける。
「恋愛は一に好機、二に好機、三四も好機で五に好機だ! 何を隠そう俺はミスティ姉御にも、キトゥンの頭にも声をかけた。結果は……痺れたぜー。オジキ、俺のとっておきを見せてやる!」
キースはスッとカタリーナの傍らに立ち肩に手をかけ語りかける。
「なぁカタリーナ。俺と付き合わないか?」
(な、なんとぉーーーっっ!!)
オジキは度肝を抜かれた。
さっきキースはキトゥンと「励ましの言葉」をかけると言っていた。
その“とっておき”というのがまさか、これだったとは。
(お、男だ! あの大胆且つ積極さ! あれこそ、俺に足りない求めるべき姿なのかもしれん!!)
ザクッ!
大剣を逆手に地面に突き刺すカタリーナ。
キースは彼女から向けられた軽蔑の眼差しに気が付いた。
それは今までに見た事も、感じた事も無いもの。
まるで自分が虫ケラで、だのに畏れ多き者に触れてしまった様な。
(あ……やべぇ……)
キースは尿意を催していた。
「断る」
途端に、大剣にボオオオッと大きな獄炎が上げった。
キースは本気で殺されると感じていた。
あまりの恐怖に体は硬直、一刻も離れたいのに肩にかけた手を外せない。
(す、すげぇ……)
周りで見ていた者達は、感心の目でキースを見ていた。
オジキなどは圧倒的な拒否のカタリーナの態度にも、怯まず立ち向かう“男”をそこに見ていた。
そしてとうとうその時はきた。
ジョロロロ……
「ウッ……匂う!」
カタリーナはキースから飛び退いた。
だがキースは相変わらず肩に手をかけていた姿のままで、しかも泣いていた。
そこへ“はぁ~”と溜息を吐きながらキトゥンとキャサリンがやって来た。
『「このバカ!」』
キースの頭にポカリッ、拳骨が二つ落ちた。
周囲から笑い声が湧き上がる。
(あぁ、良いなーこの感じ)
カタリーナは、この姿になってこの時初めて、穏やかな気持ちになれた。
(続く)
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