16話.邪竜vs.悪魔
(なんだかフワフワするわね……)
カタリーナは宙に浮かんだような不思議な感覚に囚われていた。
自分の体なのに動かそうと思っても動かせない。
しかし別の“何か”が自分の体を動かしているのは判る。
(それにしても……なんて凄まじい“憎悪”かしら)
今、カタリーナは意識の主から外れ、肉体も別物に変化していた。
それはあの『穢れた聖杯』から移りし者――悪魔によって。
夥しい量の冥界の邪気を送られていたカタリーナは、その悪魔の意によって、元の肉体が悪魔のものと変わり果てていた。
これは“憎悪の化身”だ――隅の意識でカタリーナはそう感じていた。
◇
「あ、あれは……! カタリーナ様なのか!?」
エンリコは興奮していた。
その眼はヴァンパイアの赤眼とも違う、赤と緑のオッドアイ。
頭には不自然な片角。
体は闇を纏っておらず、燦々と照りつける陽光をその身に受けている。
ただ、悍ましい程の邪気を帯びていた。
「美しい、何にも勝る宝石の様だ! 」
エンリコは、喜びと感動のあまり涙を流していた。
あれこそは、我がヴァンパイア一族が聖杯の力で進化を遂げた姿なのだ! カラボス様の夢がかなったのだ!――そう確信していた。
その考えは厳密には間違っていたのだが、最終的にカラボスが目指していたのがこの事だったというのはあながち間違いではない。
聖杯の力がどの様な物かエンリコは正確には知らない。
ただ賛美一体教会やアル・サーメン商会総帥がそれを使って面白そうな計画を立てていたのを知っていて、それを実現するだけのポテンシャルがあるのは感じていた。
彼には、賛美一体教会やアル・サーメン商会総帥の思惑などどうでも良かった。
総帥の命で穢れた聖杯を探し求めて旅に出た訳だが、それも“自分がその聖杯の力を利用してやろう”と内心、ほくそ笑んでいたのである。
聖杯の力は素晴らしかった。
あとは、どうにかしてここを生き延び、カタリーナ様と聖杯をヴァラキアまで持ち帰るにはどうするか……などと考えていた矢先である。
(はっ!!)
気付くと悪魔化したカタリーナが、ウロボロスに対し攻撃の姿勢を見せていた。
「身の程を知らぬ邪竜よ。我が憎悪の力、その身を以って受け取れッ!!」
カタリーナの悪魔が、燃え上がる真っ赤な大剣を片手で軽く薙ぎ払う。
ゴオオオオオオオオッッ!!
大気を震わす凄まじい轟音。
迫りくる灼熱のタイダルウェイヴ。
圧倒的な暴力と破壊の蹂躪。
ウロボロスに向けて放たれた灼熱は周囲の木々を薙倒し、激しくそれらを焼き尽くしながら森を飲み込んで行く。
(マズイ! こっちに向かってくる! 間に合うか?!)
エンリコは全力で一か八か、あの巨木の裏に逃げ込んだ。
GUGYAAAAAAAAAAAAAH!!
辺り一帯は焼け野原となった。
ウロボロスはその一撃をまともに喰らい、池の畔まで吹っ飛ばされている。
地面に転がったその巨躯は、熱で肉がほとんど溶けて骨が剥き出しになっていた。
これではほぼ即死だろう。
エンリコが身を隠した巨木もだいぶ傾き、炭と化したものの何とか倒れずに持ちこたえた。彼は、ヴァンパイアの持つ細胞の再生能力を最大限に引き出し、熱風による火傷を高速修復で表皮までに留め、これをなんとか乗り切った。
(ぶはぁ!助かった!)
しかしそれは束の間の安らぎ。
黒こげの幹にもたれながらウロボロスの骨を眺めていると、
(肉が……再生している?!)
剥き出しだった骨は見る見るうちに新たな肉で包まれ、気が付くとまるで何事も無かったかの様に、傷一つない元の姿に、そう、完全な復活を成し遂げていた。
GUOOOOOGAAAAAAAAAAAAH!!
(フハハハハーーーッ!! 遂に遣り甲斐のある相手に巡り合えたぞ! 俺はこの日、この時、この瞬間を待っていたのだーっ! さあ、思う存分楽しませてくれ!!)
ウロボロスは、自分を焼き尽くしたその者を睨み、空気を震わす邪気雄叫びを上げた。
◇
目の前で起きた光景をカタリーナはぼんやりと見つめていた。
あの攻撃を仕掛けたのは“カタリーナ”の意志では無い。
彼女の意識はまだ宙に浮いた様にフワフワとしており、意識の主は“悪魔”によって支配されていた。さっきの攻撃もその悪魔に依るものだ。
カラボスが望んでいたもの、それは悪魔に乗っ取られたこの状態ではない。
これを望むのであれば、首の印は必要無かったのだ。
するとカタリーナ本人の意識に“声”が聞こえてきた。
(……カタリーナ、意識をはっきり持ちなさい。私が護ってあげるから。さぁ!)
誰だろう、でもどこか懐かしい。
そう感じながらカタリーナは言われるままに意識をしっかり保とうと集中した。
首元が熱い。
すると頭の中がスッキリとしてきて、自分の体の変化、身に付けた強大な力、己の体を支配する感覚がはっきりと戻って来た。
(くっ……なんて禍々しい力! でも今はこの力に頼らなきゃ)
復活したウロボロスが再び、カタリーナに向かい突進してきた。
カタリーナも其れに向け突進する。
ウロボロスが攻撃を仕掛ける。
カタリーナは難なく躱しカウンターで一撃、返す剣で一撃、向きを変え一撃。
それにも怯まずウロボロスは次の攻撃を仕掛ける。
しかしカタリーナはそれも難なく避け、その隙に反撃の5連撃を与える。
圧倒的な速度の差。しかもカタリーナの放つ1回1回の一撃は重い。
ウロボロスが受けた傷はかなり深かった。動きが鈍っていくのは当然だ。
ウロボロスが更に攻撃を仕掛けようとしたその時は、
「遅い!」
カタリーナの渾身の一撃が先にウロボロスの首を叩っ斬る。
邪竜は今日、2度目の“死”を迎えた。
◇
カタリーナは再び復活を遂げるウロボロスを眺めつつ、考えていた。
(この体もすごく強いけど……あいつも強い! 何度でも復活してくる。疲れてないのに息切れしそうね。どうすれば……)
とりあえずこの体なら十分ウロボロスと戦える事も伺い知れた。
ならば、やれるとこまでやるっきゃない!――カタリーナはそう覚悟を決めた。
ウロボロスはまたも完全復活を遂げていた。
そして自らを鼓舞する様に雄叫びを上げカタリーナを睨みつけた。
ウロボロスもまた、考えていた。
(強い! まともにやってもまるで勝負にならん。ふふ、良い感じだな。最後にとっておこうと思ったが“あれ”を使うか)
ウロボロスは呼吸を整え、精神を集中した。
それは己の体内にある邪気の“全て”を余す事無くこの“必殺技”に捧ぐ為のリミッター解除の儀式。
ウロボロスは口を大きく開けた。
青白い炎の“核”が口の中に浮かんでいる。
そして膨大な量の邪気がその核に向かって一気に流れ込む!
青白い炎は、急速な膨らみを見せまばゆい輝きと焦熱を放ち出した。
今、ウロボロスの目の前には、森の木々と同じ位の高さはあろう、巨大で眩しく輝く青い炎の球体が出来上がっていた。
GUAAAAAAAAAAAAH!!
大地を揺らす咆哮と共に、その巨大な青白き砲炎が放たれた。
カタリーナは大剣の柄を両手で強く握りしめ、その炎に向けて正眼に構える。
「スゥ………破ァァァァァァァーーーッ!!」
大剣より深紅の炎が燃え上がる。
それは見る間に巨大化し、カタリーナ本人をも飲み込む獄炎と化し、ウロボロスの青き火球と比肩するに至った。
カタリーナはウロボロスの放った火球に向かい大きくジャンプ。
大剣を振り上げた。
巨大な青き炎と紅き炎がぶつかり合う!
周囲に烈火の
膨大な炎の塊は、やがて一つに重なって、その炎球は更に大きく膨れ上がった。
どういう理屈が働いたのかカタリーナにも判っていない。
カタリーナの炎がウロボロスの炎を吸収したのかもしれないし、ウロボロスの炎の核が大剣により破壊され、合わさったエネルギーのコントロールをカタリーナの大剣が引き継いだのかもしれない。
『邪竜のありったけを受け切り、その上で完膚なきまでに倒す』
それだけを意識して向かったカタリーナの行動の結果が、考えてたより少しだけ良い方向に傾いた。それだけである。やるべき事は変わらない。
巨大な炎を纏う悪魔が、ウロボロスめがけ頭上より舞い降りる。
ウロボロスの眼前には巨大な灼熱の炎塊が迫り来ていた。
ありったけを放った其れに、最早これを避ける手は残っていない。
(見事だ!)
炎はウロボロスの肉という肉を全て焼き尽くし、大剣は其れの頭を骨もろとも一刀両断した。
(続く)
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