12話.交渉その2

 交渉の大筋もまとまり、仕事柄の失敗談や冗談話などを酒のつまみに和やかな雰囲気に包まれていた矢先、キモトーはこんな質問を切り出した。


「ところで、ウッディーン商会さんはよく“ヴィネッツィ”と手を切りましたなー。皇帝が結んだ密約は、おいそれと変えられるものじゃないはずだがね」


 アルルヤースの箸が止まる。


 キモトーを見れば至って平静だ。

 酒を嗜みながら、次のつまみはどれにしようかと選んでいる。

 アルルヤースは思わずニヤリとした。

 

 肝が据わっている。流石はエスパニル三大商会の一つにしてその長。

 もっともな質問だ、自分だって当然聞く。もっと早い段階で。

 この男は、他の情報を聞き出しておいて、もう詰めというところで聞いてきた。

 

 つまりこれは彼にとって“切り札”であり、“最終確認”なのだ。


(掴み所の無い“老獪さ”を持っているね。それでこそ自分が手を組むに相応しい)


 さて、と一呼吸置きアルルヤースは至って冷静に、淡々と話し始めた。


「例の黒い粉、“悪魔の粉”をご存知でしょう? これがヴィネツィ商人経由でエウロペ中に出回っている事も。ウッディーン商会の総帥<アブラハム>は、この事態はイスマールの信用に関わる問題だ、と言っていましたよ」


「ふむ……確かにあの粉の影響は大きいでしょうな。もう、犯人を見つけ出し、喰い止める動きがあってもおかしくない」


「実際動いている様です。含めて、ね」


 チラリとキモトーを見やると目線を外し、ポンシュを啜り始めるアルルヤース。

 啜音が静かに響く。 


 キモトーは顎に手をやりながらじっとアルルヤースを見ていた。


(フム……つまり、我が商会も勘繰られているというわけか)


 イスマールの商会が悪魔の粉の出所を国内のみならず、ヴィネツィの商会も対象に広げており、そのヴィネツィ商人と関係の深いセリーヌア商会もと調査している。

 キモトーはアルルヤースの言葉と態度をそう理解した。


(ウッディーン商会がこやつに接触したのは、まだ建ち上げて間もないというのも大きいかもしれんな)


 自分達の商会の潔白が果たせれば、アルヤンツォ商会を介さずとも直接イスマール商人と取引するチャンスを持てるだろう。しかしその証明には時間がかかる。

 むしろ今はアルヤンツォ商会と手を組んでおいた方が、信用も得易そうだ。


(ふん、良いだろう。乗ってやろうじゃないか! だが、気に喰わんな!!)


 キモトーはグイッとポンシュを飲み干した。 

 

「ところで、“アル・サーメン商会”をご存知か?」

「? いや、初耳です」


「イスマールの商会らしい……どうやらここが例の“悪魔の粉”を扱っているという噂だ。ま、知り合いの商会の話だがね」


 アルルヤースは残りのポンシュをグイッと飲み干した。


 それを見たキモトーはうんうんと頷きながら、大好物のべジョータの生ハムを目一杯、口に頬張り、流し込む様にグラスに注いだポンシュを飲み干した。


「いやぁ、今日は貴方と話し合えて本当に良かった。美味しかったわい!」


「僕もです。あなた方と手を組み、ヴィネツィの奴等をギャフンと言わせるのが楽しみだ!」


「ハッハッハ! 私もだ。それでは、また」


 こうしてアルルヤースは見事、ドン=キモトーとの交渉を成立させたのだった。

 


 キモトー達が店を出るのを見届けるアルルヤース。


(最後にあんな情報を出してくるとはね。まぁこっちも色々教えたし、借りを作りたくなかったのかもしれないな)


 交渉結果は上々だ。

 セリーヌア商会と契約を交わせたのは勿論だが、それが齎すところの“意味”の方がアルルヤースにとっては大きかった。


 今朝のウッディーン商会との密談。

 アルルヤースは他の商会に出し抜かれ無い様、それなり準備に気を配っていた筈が、セリーヌア商会には筒抜けだった。

 

 果たして、ヴィネツィ商人と繋がって調べ上げていたのかどうか。


 それが重要だった点の一つ。


(これでヴィネツィの奴等に暫くは気付かれないかな。むしろあのキモトーさんなら噓八百伝えて、もっと時間を稼げそうだけど……ま、そこは期待だけしておこう)


 そしてもう一つ。

 

 ゆくゆくセリーヌア商会は今回の契約を破棄し、独自にイスマール商人との直接契約に漕ぎ着ける事だろう。何せ商会としての実績は、あっちが遥かに格上だ。


 アルヤンツォ商会が真っ先に掲げる目標は、拠点都市の構築。

 とは言えエウロペの重要都市はほぼ、エランツォ商会とセリーヌア商会が独占している。


(父はセリーヌア商会とは同郷のよしみとかって考えて“遠慮”してるけどさー。古いよね、そんな考えはもう)


 互いに切磋琢磨してエウロペ中を開拓し、遠慮して棲み分けする時代は終わった。

 これからは“奪い合い”の時代だ!


 アルルヤースはそう考えていた。


 だから自分達が拠点とすべく都市の目星も、幾つか見繕っていたのだ――どちらかの商会が独占している都市の中から。


 その一つがザグレヴ。


 ヴィネツィ共和国とヴァラキア公国を結ぶ街道の中間に位置する大都市で、そこから東方へ続く陸路を行けば、イスマール帝国の首都コンスタンティンに辿り着く。


 現在、セリーヌア商会が独占している。


(僕は遠慮するつもりは無い。遠慮無くやる、契約が破棄されれば……)


 つまり、破棄を見越してそれを宣戦布告と見做す為の、締結。


(契約が破棄されれば、遠慮も要らなくなる。民衆にどう映るかって大事だからね)



 教会の鐘が鳴り響いた。


 アルルヤースは再び店内へ戻りあの占い師を探したが、やはりもう見当たらなかった。するとその様子を見ていたマスターが呼び掛ける。


「お客さん! そういやぁそろそろじゃねえかなー、戻ってくるのは。ほら、そこにいた占い師の方ですよ。あんたが個室部屋に行ってすぐ、この時間頃に戻ると言って店を出たんでさー。実はその人なんですよ! 俺にこのポンシュの話を持ちかけたのは!」


「どういうことだい?!」


「昨日ね、2人で店に来たんです。多分ヴィネツィの商人じゃねえかなぁ、お連れさんは。それで“お前に良い商売の話がある”って持ちかけられましてね。あとはそのお連れの商人とトントン拍子で話が進んだってわけでさぁ」


(まさか占星術とやらで今日の交渉が見えていたのか? いや、まさかな……)


 だがアルルヤースは思い出していた、彼女が“また後ほど”と言っていた事を。

 すると丁度、あの占い師が戻って来たではないか。

 これにはアルルヤースもすっかり興奮してしまった。

 

(こ、この人の術は本物だ! これは是非僕も習得しなければ!)


 その時、アルルヤースはピンと閃いた。

 彼女の術を頼りにしたい事があると。


「グレースさん、もしよろしければこれから私の家に一緒に来ませんか? 家族にも是非紹介したい。実は……占って欲しい事があるんです」


 

(第6話.占い師グレースに続く)

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