エピソード.針が示すは商談日

9話.仕掛け

 セビーヤの街には、刻を告げる鐘の音が響いていた。


 そんな時、バル「ムイピカン亭」の店先に一台の荷馬車が停まる。

 荷馬車には“目”を象徴する紋様が幾つも連なって織り込まれた、非常に特徴的な装飾が施されている。それは誰が見てもイスマールの商人だと分かるデザインだ。

 そこへ店の従業員がやってきて荷台から樽を降ろし、店内へと運んでいく。


 すると客車からは頭にターバンを巻いた如何にもイスマールの商人な男とフェルトのベレー帽を着た商人風の男が、その後には占い師の様な出で立ちの者が一人、バルの中へと入っていった。

 その様子を少し離れた物陰からジッと伺っていた者が居た。


「よし、頃合いだ。行くぞ!」


 するとこの二人の軍人風の男達も、バルの中へと入っていくのだった。



「よぉ、親父! また飲みに来たぞ。ところで仕入れが来たみたいだな?」


「おや! 今日はまた随分と早いお越しで。 丁度いま、仕入れたところでさぁ。ほら、そこに座っている方が俺にこのポンシュの話を持ちかけて下さったんでさぁ」


 マスターの指差すその人物にヴァルツは驚きを隠せなかった。


「グレースさんじゃないですか! あなただったのですか? 」


 ヴァルツはその席に近寄り、じっと見つめた。

 大きなフードを深く被り口元しか見えないローブ姿、背格好と言い雰囲気と言い、どう見てもグレース本人だ。


 しかし彼女は手を口元に当て、少し俯き黙っていた。


「覚えてないですか? 私ですよ。アルルヤースの兄、ヴァルツです。先日、家でご一緒したじゃないですか!」


「済まぬが、最近忙しくてな。よく思い出せぬ……いや、よくある事なのだ、物忘れはな。その節は大変世話になった……」


(おや? 声が少し違うか。口調もちょっと違う様な……いや、気のせいだろう。何よりこの出で立ち。一度見たら見間違えるはず無いしな)


 すると店の奥から頭にターバンを巻いた商人が一人やってきた。


 ピンと外へ跳ねた口ひげ、片方の目はまるで義眼の様に不自然に艶があって大きく丸く見開いており、一方もう片方の目は、糸目で相手の心まで透かして見ている様な鋭い眼光を放っていた。ニカッと見せた歯はなんと全て金歯である。

 こちらも一度見たら忘れられない、そんな印象的な顔だった。

 

「おや、総帥に何か御用ですかな? 私共はこれから大事な商談を控えてますのでこれで失礼させて頂きますよ。ささ、総帥。準備が整いましたゆえどうぞこちらへ。マスター、ポンシュの用意をお願いしますよ。それでは」


 口早にそう言って商人は、そそくさと総帥と呼んだその女と共に、個室部屋の方へ移動していった。

 するとスパルタクスが訝しげな目で見ながら言った。


「ヴァルツよ。お前、あんな怪しげな女と知り合いだったのか?」


「か、彼女はあのキテラ一族の一人ですよ。私の弟が知り合いまして、一度我が家に連れて来たんです」


「あの雌雄眼の男は?」

「いえ、あの商人は初めてです」

「そうか……少し、探ってみるか」


 スパルタクスの勘が言っていた――彼女達は限りなく“クロ”だと。


 二人は軍の仲間内から犠牲者が出た黒い粉、通称“悪魔の粉”の入手ルートを調査中で、このバルに東方交易品を卸す商人に目を付けたのだった。


 商談が終わるまで、スパルタクスとヴァルツは彼女達を待つ事にした。



「おや、あなた達、まだ居たのですか? 一体何の用です?」


 雌雄眼の男は言った。

 商談を終え、客人が帰るのと入れ違いにスパルタクス達が部屋へ入ってきたのだ。


「実は、マスターから東方からの交易品を扱っていると聞いてな。他にどんな物を取り扱ってると思ってな」


 雌雄眼の男はねっとりとした目つきで二人を舐め回す様に観察すると、金歯をひけらかす様にニカッと笑った。


「手前どもと商談がしたいという訳ですね。ささ、中へどうぞどうぞ!」


 雌雄眼の男は店のマスターを呼びつけて、それまで商談相手が手を付けていた料理皿やグラスをさっさと片付けさせ、二人のグラスを用意させた。

 

 グラスにはポンシュが満たされていた。

 早速スパルタクスが話し出す。


「私の名はスパルタクス、こっちがヴァルツだ。実はあまり大きな声では言えないがな、兵士の給料なんてたかが知れてる。出来ればこっそり小銭を稼ぎたい、そう思っている。何か良い物は無いだろうか」


 相変わらず雌雄眼の男はニカッとした笑みを絶やさず、しかしその眼光は鋭く、二人を見つめながら答えた。


「えぇえぇございますとも! 小銭どころか大金持ちになれる商品が!」

「何? 本当か! それは今、ここにあるのか?」


「残念ながらサンプルは今、ございませーん。丁度切らしてまして……人気が高うございましてな」


「ムム……そうか、物がないのか。それで、値段は?」


 すると雌雄眼の男は、手持ちの羊皮紙にサッと書き渡した。


(た、高いっ!!)


 スパルタクスとヴァルツはその金額を見つめ、思わず硬直してしまった。

 それを見計らった様に雌雄眼の男が口を開く。


「如何ですかな?」

「ふむ……率直に言って、我々の安月給では中々手の出せぬ価格だ!」

「ハハハ正直ですねぇ。ただこれは卸値、販売価格は2倍、3倍にもなりますぞ!」

「誠か! だがこの価格は……弱ったな」

「例えばですが……物々交換など如何ですかな?」

 

 そういうと雌雄眼の男は、スパルタクスの腰に携えているものに視線を移した。


「成る程、“武器”か。それならやり様はある! 是非それで話を進めたい」

「良いでしょう。では……七日後に再度相談という事で如何かな?」


「了解だ。商談場所なんだが、ここはまずい。なにせ他の兵士達も贔屓にしてるのでな。顔が割れるとまずいのだ。場所はこちらで用意したいが?」


「えぇえぇ、お立場はよーく判りますよ。了解です。それでどこに致しますかな?」


 スパルタクスはヴァルツに目配せすると、ヴァルツはコクリと頷き、手書きの地図を雌雄眼の男に渡す。

 先程、彼等の商談が終わるのを待っている間に用意した物だ。


「ここなら、お隣の方も一度来た事がある様だ」

「総帥が?」


 雌雄眼の男は総帥に顔を向けている。すると総帥は男の耳元で囁いた。


「ふむ……いやぁそうでしたかーえぇ良いですよ」  

 

 男は暫くその地図をジッと見つめていた。


「はて、確かここは……」

「ところであなた方のお名前は? それになんという商会でしたかな」


 スパルタクスは男が何か言おうとするのを遮る様に、質問を被せた。


「やや! これはご挨拶が遅れましたな。私はしがないいち商人、名前は……<アノーニモ>と呼んで下さい。そしてこちらはアル・サーメン商会の総帥でございます。名前は、まあ、“総帥”とお呼び頂ければ十分ですかね?」


 総帥と呼ばれた女は静かにコクリと頷いた。

 


「あの商人め、何が “Anonimo名無し”だ!ふざけてる!!」


「ハッハッハ、そうだな。だがあの総帥は手強い。全く隙が無い。こちらの茶番にも気付かれてるかもな」


 そう言いながらスパルタクスは羊皮紙に彼女らの似顔絵をスケッチしていた。


「う、上手い!」


「そうか。では、こいつを早速魔術医療班の連中に模写させて国境警備の駐屯兵や港町の駐留軍に周知させよう」


 スパルタクスは、彼女達が今回の事件の張本人だと断定していた。

 部下に武器と引き換えに悪魔の粉を渡していたのだ、と。

 

(一体奴等は、武器を集めて何を企んでいる? あまり良い予感はせんがな)



「これでまた武器を入手する事が出来そうですぞぉ」


 帰りの荷馬車の中で、雌雄眼の男は総帥に興奮気味に話していた。


「浮かれるでない。それに次の商談は罠だ」

「ななっ、なんですって?! では、どう致します?」

「まぁ良い。敢えて受けようでないか。クックック……アーハッハッハー!」


 女は肩を震わせながら怪しげに笑い続けた。

 

(あのヴァルツという男、確かにこう言った……“会った”とな。まさか思わぬところでもう一つ、探し物が見つかるとはな!)



(続く)

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