11話.交渉その1

「あなたから教わったこの“読心術”は素晴らしい!! 今朝もお客様との商談を見事成功させたところですよ。相手の心理がこちらに丸判りだ!」


 ここはセビーヤの居酒屋バル「ムイピカン亭」。


 薄暗い店の奥、角の席でアルルヤースは話していた。

 相手は全身を覆った濃紺色のローブ姿、フードを深く被り口元しかよく見えない。

 その口にはローブの色とは対照的にやけに目に引く真っ赤な紅が差されていた。


「それは良かった。では次はあなたに簡単な占星術を授けましょう。これからの仕事にきっと役立つはずです。……その前にお客さんですね。ではまた後ほど」


 アルルヤース達の席を2~3人の屈強そうな男達が囲む。

 服装を見るに単なるごろつきとは違う。

 革製の防具を纏い、それなり金をかけた装備である。


「あんた、エランツォ商会のアルルヤースで間違えねぇな? うちのボスがお待ちかねだ。ちょっとこっち来て貰おうか」


 男達の言われるままに店の個室部屋に連れて来られたアルルヤース。

 そこにはどっぷりと太った体格で、随分と奢侈しゃしな衣装を着こんだ男が、豪勢なご馳走を並べ、くつろいでいた。


 その男にアルルヤースは見覚えがあった。


「あなたはひょっとして……“セリーヌア商会”の長、キモトー!?」


 “セリーヌア商会”とはエスパニル三大商会の一つ。

 エランツォ商会が手を広めてないエウロペ東部に拠点都市を多く持つ。

 更にヴィネツィ商人と“コネ”を持っているのが特徴だ。


「おーやおや、私の事をご存知とは光栄ですなー。お初にお目にかかる。如何にも、私がセリーヌア商会の長、<ドン=セリーヌア=キモトー>ですよ。以後お見知りおきを」


 ヴィネト訛りのあるその男、ドン=キモトーはアルルヤースにもグラスを勧め、クイッと自分のグラスを掲げて飲み干した。

 そして、ふぅと一息つくと、ニコリと不気味な笑顔を作り、言った。


「ところで、今朝あなたが商談していた話ですがねぇ……あれ、白紙に戻しませんか?」


(まさか……あの商談が見張られていたなんて!)


 アルルヤースは、背筋に凍るものを感じていた。

 

「あなたが話してた相手。あれ、ウッディーン商会の者でしょう? 困るんですよ、イスマールの商会と直接取引して貰っちゃあ。なんせうちらは“ヴィネッツィ”と繋がりが深いですからなぁ!」


 キモトーの言う事は当然で、それはアルルヤースの想定の範囲内だ。


 イスマール商人との取引は、イスマール皇帝との密約に拠り現在、ヴィネツィ商人が独占している。だからイスマールの商品、例えば珍しい東方からの交易品などは、ヴィネツィ商人を通さないと買えないのだ。

 そのヴィネツィ商人と強いパイプを持つのがセリーヌア商会。自分達の利権が脅かされては困るのは、もっともだ。


 だが、問題はそこじゃない。


 アルルヤースはクイっとグラスを傾けると一口、そしてフゥと息を吐いた。

 

「まぁキモトーさん、落ち着いて下さい。同じエスパニルの商人じゃないですか! 我々が争う道理などこれっぽっちもないのですよ?」

 

「ほぅ……どういう事かね?」


「むしろヴィネツィの連中には煮え湯を飲まされている仲だ。これからも受け入れ続けるんですか? 嫌なら手を組むべきだ! この僕と!!」


 アルルヤースは、遅かれ早かれこの提案を持ちかけるつもりだった。


 東方交易品は高い。それにはヴィネツィ商人が上乗せするべらぼうなマージンが含まれるからだ。


 それでも、それを欲しがる金持ちが居る事は確か。

 だが、そこに自分達の利益を上乗せする余裕はあまり残されていない。


(だが、ヴィネッツィを通さず商品を仕入れられれば……フム)


 アルルヤースの意図が読めたキモトー。

 ワインを注ぎ足し、お気に入りのベジョータの生ハムと一緒に流し込む。


(さて、この話……どう上手く食そうか)


 キモトーは、目の前に並ぶご馳走をじっくりと眺めていた。



(さーて……ここからが本番かな)


 キモトーを見つめるアルルヤース。

 彼の目に映る“色”がそう伝えていた。


「ここのムール貝のトマト煮、美味いですよねー。知ってますか? 店のマスターの拘りでこのトマトはエスパニル産のものじゃあないんですよ」


「あぁもちろん知っているとも。この奥深い味わいはシシリアンにしか出せん」


「そう……気に食わない事にあのヴィネツィ産だ。僕は、もっと気持ち良くこの料理を味わいたい、そう思っているんです」


 アルルヤースはお代わりのグラスをグイッと飲み干すと、笑顔で返した。

 キモトーは笑顔を保ってはいたが、内心は度肝を抜かしていた。


(こやつ……ヴィネッツィを喰らうつもりか?)


「フフ、それは愉快だ……」

「本気ですよ。それには!」

「なにっ!」


 キモトーは鋭い目付でアルルヤースを見た。

 先程の笑顔とはうってかわり、今度は真剣そのものだ。


「難しい話じゃあないです、ドン=キモトー。貴方はヴィネツィと手を切ってもっと儲けを出せば良い、それだけだ」


 キモトーは腕を組み、ジッとアルルヤースを見ていた。


「さて……あのヴィネッツィに喧嘩を売って、果たしてさんにどれだけメリットがありますかな?」


(しめた!)


 やはり、という予感が的中した。

 あの手下たちもこう言っていたのだ――“エランツォ商会の”、と。


 アルルヤースが商売を始めたという話は、ここセビーヤ界隈では有名になっていたが、どうやらキモトーはエランツォ商会の商会員だと勘違いしている様だ。

 

「その前に一つ、申し上げておく事があります。僕は、独立した新たな商会を建ち上げました。“アルヤンツォ商会”と言います」


 その言葉にキモトーは両眼を見開いた。

 その顔はやがて、これでもか、というほど口の端を吊り上げた。

 

(あぁ僕には見える! 貴方の全身を纏う赤い“色”が! 貴方はもうこの話に興味津々で好意的、あともう一押しで貴方は落ちる!)


「僕達アルヤンツォ商会の標的は、はっきりヴィネツィ商人です。この機会に彼等の拠点都市を一気に塗り変えようと考えています。そこでセリーヌア商会さんには東部地域をヴィネツィ商人が立ち入れぬ様、完全掌握して頂きたい」


「ふふ……あの“ヴィネッツィ”を相手に全面戦争というわけか、面白い!!」


 キモトーはニヤリとアルルヤースを見た。

 アルルヤースはこくんと頷くと、店員を呼び何か特別な酒は無いか注文した。

 すると店のマスターがグラスに並々と注がれた見た事の無い飲み物を運んできた。


「いやあ、お客さん。本当に運が良い! 実は偶然仕入れる事が出来た東方より伝わりし幻の酒“ポンシュ”があるんでさぁ。俺も仕入れの時に試したが、まさに絶品! 幼い頃からミルク替わりに酒を飲んでた俺だが、こんな美味い酒は生まれて初めてだ。是非試してくれ!」


「それは縁起が良い! さぁこれでヴィネツィの奴等を飲み干す祝杯を挙げましょう! 我々の新たなる一歩に乾杯!」


「はっはっは! 若いのに大したタマだな、気に入った! アルルヤースさんと言ったかな、これからもよろしく頼みますよ。んぐ……あぁ美味い酒だ!」



(続く)

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