エピソード. 悪魔の粉

10話.海軍大将アドミラル

ーエスパニル王国 軍の訓練所ー


 俺の名は<アドミラル>。

 エスパニル王国海軍の大将だ。


 え? そりゃー本名じゃなく階級名じゃないかって?

 いやー、親父が「大将になる位強くなれ!」と名付けた正真正銘、俺の名前だ。

 おかげで軍に入隊した時は随分からかわれたもんさ。

 まあ、名前に恥じぬようにと良いプレッシャーにはなったがな。


 そんなわけで俺の綽名はもちろん“提督アドミラル”だ。

 下位の者達にも「提督殿サー!アドミラル!!」と呼ばせている。

 ……と言ってもなんだが、海軍の歴史は浅い。

 俺だって元はバリバリの陸上歩兵で鍛えた質だ。

 主な軍務は港町に常駐し日々の訓練を兼ねた周辺海域の監視と航行する商船保護だが、俺は今、その訓練報告と今後の活動の打ち合わせでセビーヤに来ていた。

 そこで急に任された依頼があった、それは……。


 なんと、俺直々に精鋭部隊を鍛えてやって欲しいという。

 いわゆる特別訓練ってやつだ。


 こういうのは良い!

 大将ともなると最近は体より頭を使う仕事の方が多くてなぁ……。

 まぁそれだけ平和が続いているってことなんだが。

 しかしたまにはこういうので体を動かさんとなまっちまう。

 血沸き肉躍る!今日は気合入れてくぜぇーーっ!!



 訓練所の中庭は綺麗に芝が刈り揃えてあり、朝露が宝石みたいに輝いて美しい。

 周りには誰も居ない、流石に早く来すぎたか。これじゃあ体が冷えちまう。

 よし、ウォーミングアップでもして待ってるか!


 仮想敵は、陸軍大将<グレイサム>!

 俺の良き親友でありライバル。

 同期で入隊し互いに切磋琢磨しながらここまで出世した仲だ。

 あいつは良い奴だがあいつにだけは負けたくねぇ!


 こいつはイメージだけでも強ぇんだ。

 来たな!

 ほっ、はっ、……がはぁ!

 こ、こいつ……目線、肩、拳、いや全身で幾つものフェイント入れて連続打撃しやがった!

 やはり技術だけなら俺を上回っていやがる……流石グレイサム!

 

 だが負けちゃいられねぇっ!

 スタミナとパワーでゴリ押しするぜ。

 オラオラオラ――ッ!!


 隙あり!

 うらぁっ! ! 必殺のアッパーカーーット!!

 決まったぜぇーーっ!


 がっはっは!

 今回は俺の勝ちだな。


 気が付くと体からは湯気が立ち昇っていた。

 額を拭うとその手の甲が朝露の様に煌めいていた。

 すると向こうから幾人もの人影がこちらへ来るのが見えた。



 エスパニル王国率いる国王軍は陸軍と海軍からなる。

 その各部署から特に高い能力と特技の特殊性が加味され選定された選りすぐりの兵士、それがコイツら精鋭部隊だ。コイツらには陸・海の一般訓練の他、それぞれ独自の特殊訓練を積ませ、将来は状況と能力に応じ陸と海、どちらでも活躍してもらう事になる。


 皆、なかなか良い面構えしてやがる。こいつは訓練し甲斐があるぜぃ!

 ……おや? 一人だけちいと変な感じの奴がいるなぁ。

 まぁ良い、それじゃあ一発かましてやるか!


「整れぇーっつ!点呼ォォーーッ!!」


 カッカッカ!

 案の定、ほとんどの奴は俺の突然の“闘気”にビビって縮こまってやがる。

 ほぅ、あいつはしっかり気を保ってたみたいだな、大した集中力と胆力だ。

 確か……ヴァルツといったか?


「オラオラーッ! ボサッとしてんなよ。お前達は我がエスパニル王国が誇る精鋭部隊、他国のどの兵士にも負ける事は許されんっ! バシッと行くぜぇい!!」


「こ……ころ……コロス!」

「お、おい、馬鹿、お前! 提督殿、あぶないっ!」


 おっと! ヴァルツが羽交い絞めで止めに入ったか。

 やはりコイツは……ちいと頭がイカれてる様だな。

 初見から様子がおかしかったしな。


 しっかし悲しいぜ……。

 あんなちっぽけな、魔術も帯びてない普通のダガーナイフごときで、俺様に一突き出来ると思われているなんて。

 

「ケケケーーーッ! 邪魔だ、どいてろ!!」


 ほぅ! コイツ、自ら関節外してヴァルツの羽交い絞めを振りほどきやがった!

 やるじゃねーか、腐っても精鋭部隊ってわけだ。

 振り向きざまに蹴りを入れヴァルツを突き放したか。


 これで邪魔者はいなくなったってか。

 良いだろう、俺様の正義の鉄拳お見舞いして目を覚ませてやるぜ!

 ……っていうか他の連中はいつまでボサッとしてやがるんだー?

 どうも不測の事態で体が動かせん様だなー、良い課題が見つかったぜ! 


 来たぜ来たぜ来たぜーーっ!


 右手にダガーを振りかざし俺様目がけ一直線か。

 迷いがねえな、コイツ。

 まるで狂人みたいだぜ。


 いよっし! 目の覚める様な一発、ガツーンとぶちかますぜーーっ!!


「死ぃぃぃねぇぇぇーーーッ!!」

「ビシッと気合入れてやるぜ!!」


 ドゴンッ!!


 俺が放ったのはただの左ストレート。

 しかし王国軍の中でも俺のタッパはある方で、体重だって1、2番に重い。そんな俺が繰り出した豪の拳が、カウンターでアイツの顔面を見事捉えたぜ。


 コイツの誤算はただ一つ、俺様の初動に気が付けなかった事。


 この体格を見ればリーチで負けるのは一目瞭然、ならばダガーで最初に攻撃するのは、例えば手首の腱だとか繰り出した拳や腕のどこかで良い。

 毒が塗られていれば尚更だ。

 しかしコイツは俺の攻撃に全く反応出来ていなかった。


 なぜか?


 それはなぁ、俺様のフォームが一分の無駄も無い完璧なフォームだったからさ。

 恐らくコイツの目にはパンチを喰らったその瞬間まで俺の初動に気付けなかった事だろう。

 それが為せるのも弛まぬ日々の鍛練、その賜物だ。


 よし、今日の特訓テーマは常に実戦の緊張感、それと弛まぬ日々の訓練、それでいこう!


 「て、提督殿! こいつ、全身痙攣を起こし口から泡を吹いています!」


 俺が殴った兵士は3歩ほど後ろへ吹っ飛び地面に仰向けに倒れてた。

 そこへヴァルツが駆け付け様子を見ていたのだ。


「おや? ちいとばかり強過ぎたか……。急いでこいつを軍の魔術医療班のところへ搬送だ。今回の異常行動の原因究明を依頼するぞ!」



 エスパニル国王軍魔術医療班は、かつては陸軍、海軍と肩を並べる魔術軍として併設されていたんだが、『魔術封印』結界後は、戦力外と判断され今では医療や研究をメインとした部署として存続している。


 俺がぶっ飛ばしたあの兵士は早速この魔術医療班の下へ運び込まれ、治療が施されたんだが……彼らの必死の頑張りも甲斐なく兵士は息を引き取り、それは遺体調査に切り替えられた。


 おいおい、そんな強く殴った覚えはないぞ?! これでも手加減したつもりだ!

 俺は内心ヒヤッとした。しかしそんな不安も彼らの調査結果を読みすっきりした。


・異常行動は魔術の類による可能性がある。

・死因は顔面殴打に依るショック死では無く、急性中毒に依る。

・胃と血液より未知の成分を検出、また胃には黒い粉状の異物が確認された。

・最近他国でも噂に上がっている黒い粉、通称“悪魔の粉”が原因と思われる。

 この黒い粉については調査を続行する。


「何だぁ? この“悪魔の粉”ってやつは」


「聞いた事があります。東方より伝わるある植物を原料にコンスタンティンで加工され他国に出回っているとか。これを服用すると幸福な気分に溢れ、高揚感と興奮作用があり……」


 それはヴァルツだった。

 

「それで済むなら悪魔では無くむしろ“天使の粉”だな」


「はい。しかしこれには常習性があり使うと止められなくなるようです。やがて幻聴、被害妄想が激しくなり、末期になると恐らくあの兵士の様に……」 


 ふうむ……たしかこいつは大商人エステバン=デ=エランツォの長男。

 父の勧めと本人の希望により軍へ入隊。

 剣術はあの鬼気風神アイオロスことカイマン殿より小さい頃から鍛えられ、後にセビーヤ自警団に入団。実績も十分、【セビーヤのグリフォン】という綽名で街の人からも慕われている――か。


 たしか現在は銃術に魔術を取り入れた“魔導狙撃士”として育成、訓練中だったな。

 まさにサラブレッド、期待の星という訳か。それにしても……。


「随分と詳しいなヴァルツ!」

「はい。私の弟から行商の旅の話で聞いたのです」


 そうか、コイツには弟が居たんだっけな。その筋の情報という訳か。

 しかし、と言う事はその粉に接触するルートもあるってこったが……。


「成る程な。しかしこれは由々しき事態だ! まさかお前達の中にもこれを使っている奴が居るのではあるまいなー。一度軍全体で調べる必要がありそうだ。ヴァルツ、お前も手伝え!」



(続く)

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