第八十四話 彼女の帰結

『それじゃあ、またのちほど~』


 電話を切ろうとするみぽりんに、僕は「待った」と声をかけた。


「みぽりん。この事態って、警察に通報した方がいいです?」


 相手は『う~ん』と少し考え込んだ。


『ムダじゃないかな、今回は』

「ムダ?」

『「ブリーオン協定」っていってね、国家間の紛争やイザコザに繋がりやすいから、国の正規軍や警察機構は裏社会の組織には関与しないことになってるんだよ~。特に今回のような、他国由来のところにはね』

「はぁ……。そんな、歴史の教科書に出てきそうなのがあるんですね……」

『絶対出ないけどね。まあ実際のところは諜報や軍事活動に秘密裡ひみつりに利用したりする国も多いから、その協定も少しザルなんだよね~。でも、日本は比較的ノータッチなほう。個人の問題として収拾できるならまだしも、今回の組織だった件を警察に話しても、揉み消されるだけじゃないかな~?』

「……意外とアレですね。世界は思ったより、真っ黒ですね……」

『ね。ドス黒いよね~。掃除しないトイレみたいなもんだよね~』


 いや、それは意味が判らん。掃除しろ。二日に一回はしろ。


『裏は裏で始末をつけろ、が世界のルールってとこかな~』

「なるほど……」


 『それじゃ』と言って、みぽりんは電話を切った。


「三穂田さん、どうだって? 警察には連絡したほうが……」


 詩織が心配そうにたずねるが、僕は首を振った。


「ムダだろうって。でも、みぽりんが来てくれることにはなった」

「そっか……。それは百人力だわ」

「それだけじゃなくて、永盛さんも同行して来てくれるらしい」


 僕のその言葉に、詩織とソフィーが表情を固めた。


「永盛さん……?」

「誰です?」


 あ、また「究極の脇役体質」の効果か……。意外とコレが一番不可解な謎かもしれないな。

 僕は何度したか知れない、永盛さんのことをふたりに説明した。それでもピンときてないご様子……。

 そんな中、詩織のおじさんが眉をひそめて「強」と呼び掛けてきた。


「その三穂田さんって人と永盛って人は、強いのか? 信用できる人間なのか?」

「永盛さんは判らないですけど……、みぽりんは僕が知る中では、誰よりも強くて……ごくたまにですけど、頼りになる人ですよ」

「そうか……。しかし強、お前いつからそんなに女たらしに……」

「……みぽりんは、男です。むさいオッサンです」


 このやりとりも既視感がスゴい。


「とりあえず……謎も解決しそう。決戦も近い。いよいよ最終章ってところね」


 ソフィーが仕切り直すように言う。

 「最終章」ってなんだ? 何言ってるの? この子。


「物語でいえばクライマックス。主人公の運命やいかに?! ってわけね……」


 詩織もどうしたんだ? おかしな発言をするんじゃない。


「あとはその主人公が、おとなしくこの場にいてくれたらよかったんですけど、ね」


 ソフィーは大きくため息をいた。

 「主人公」ってすいか? すいなのか? すいは「主人公」ってカンジじゃ……ないよな? どちらかというと……。

 いや、僕も何を考えてるんだろう?


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 ひとまず僕たちは「鳴らし山」の観光案内地図の場所から離れたところ、開けた小さな草むらを見つけて、そこに拠点を作った。案内地図を離れる際、いろいろな人が助っ人に来てくれること――詩織の「先生」も、できるだけ早く来てくれるらしい――をすいに宛てたメッセージに書き加えた。それを見た彼女が僕たちに合流してくれる気になってくれたらいいんだけど。


 夕暮れに差し掛かったころ、助っ人の第一陣が僕たちに加わった。

 その人物は音もなく僕の後ろに立っていた。気が付いた僕は一瞬だけ腰が引けてしまったものの、とりあえずお辞儀をする。


「お、お久しぶりです……。れ、レオニードさん?」


 黒のタイトシャツ、同じく黒のタイトスラックスをまとう細身の長身。ツヤツヤと金色の髪をなびかせた、端正な顔立ち……。ソフィーのお兄さん、レオニードである。


「……おぉ! ソフィーさま! 愚兄が馳せ参じましたぞ!」


 僕の挨拶にはひとことも返さず、一瞥いちべつもくれず、テントを設営中だったソフィーの元へと彼は駆け寄っていった。

 ソフィー「さま」……。「調教済み」とソフィーは言っていたけど、男を無視するスタイルは変わってないんだな……。

 

 兄の登場に気が付いたソフィーは、遠路はるばるやってきた彼を、まずはローキックで出迎えた。


「オラッ! 強くんに挨拶返さんかい!」

「ひぃ!」


 僕のところにスゴスゴとやってきて、下を見ながら「チッス」と口を尖らせるソフィーあに。そのまま、ソフィーの元へと戻っていってしまった。

 これ、前よりヒドくなってんじゃないの?


 まあでも、ソフィー兄の参戦はかなり心強い。みぽりんもいるし、詩織の先生も来てくれる。ソフィーが兄とキスする必要性もなくなってきた。詩織の言じゃないけど、なんだか「クライマックス・オールスター戦」みたいになってきたな……。


 いや、と僕は浮ついた気持ちを振り払うように首を振った。

 「命を大事に!」。そして、すいがまだ籠城ろうじょうしきりなこと。忘れちゃいけない……。すい、早くメッセージ見て戻ってきてくれたらいいな……。


 ソフィー兄の登場からそれほどの間を置かず、助っ人第二陣――僕が待ちかねた人物がやってきた。


「あ~。気配をたどってきてみたら、こんな寝にくそうな場所に陣取ってたとはね~」

「みぽりん!」


 今回は我が師と誇ろう、三穂田浩の登場だ。


「来て早々、寝る気でいないでください!」


 目を向けた僕は、みぽりんの後ろに隠れるようにして立つ女性の姿に目をみはった。


「永盛さん!」

「ども~……。お騒がせしてましたっス~……」


 彼女は黒々としたショートカットに手を当て、伏し目がちに何度も頭を下げる。

 花火のときに見た永盛さんの姿は、僕に対して怯えきって逃げ惑うものだったから、こうして彼女を目の前にすると、僕はなんだか安心にも似た感慨を受けた。


 初対面のメンバーそれぞれの挨拶を終えると、据え置いた小さめのアウトドアテーブルにみぽりんと永盛さんが並んで座り、対面に僕が座った。詩織、ソフィー、詩織のおじさん、ソフィー兄は僕の後ろで立っていたり、木に寄り掛かるなどして話を聞く体勢になる。


 いよいよ……、永盛さんの口から、真相――「僕がダイチの子」との記事を書いた経緯を聞ける……。

 まずはみぽりんがカウボーイハットの上からポリポリと頭をいて「いやあ」と始めた。


「逢瀬くんたちのアイディアが活きたよね~」

「僕たちのアイディア?」

「そうそ。『脇役体質』を利用して永盛くんを引き寄せるってヤツ。水無みずなしの周辺の人通りが多いところで『マジックショー』をしたら、案外すんなり捕まえたよ~」

「はは……。マジックショー……」


 みぽりん、そんなこともできるのか。まあ、瞬間移動――じみた超スピード移動――も出来るし、何もないところから写真や体操服出したりしてたし、できそうではあるか。


「永盛くん、どうやら誤解してたみたいだね~」

「誤解? あの記事の内容はやっぱり、誤解だったってことです?」


 僕の聞き返しに、永盛さんが「それは」と引き取った。


「順を追って説明するっス……」


 それから永盛さんは、記事を書くに至った初めからを訥々とつとつと語り出した。


 みぽりんから「ダイチ」が最後に確認されたスナック「まりあ」の情報を得た永盛さんは、功名心がはやって単独で千代せんだいに向かった。そこで彼女は僕たちと同じに、おばあさんから話を聞くことが出来たという。


「そこでウチは『ダイチ』の風貌ふうぼうや容姿について、事細かくき出すことが出来たっス」

「「「あ!」」」


 僕、詩織、ソフィーは三人同時に声を上げた。


「そうだよ! 僕たち、途中から『子ども』の話が出てきたから忘れたけど!」

「『ダイチ』本人におばあさんが会ってたんですから……」

「『ダイチ』の背格好も訊いておくべきだったわね!」


 ううむ……。調査目的が「僕は本当に『ダイチ』の子なのか」だったから、バイアスがかかっていたといえばそうなんだろうけど……。なんたる失態……。

 永盛さんは僕たちが落ち着いた様子を見計らって「それで」と続けて話しはじめた。


「さすがにそれだけの情報だけではすぐには特定できなかったっスけど、水無に戻ってしばらくしたら、街中まちなかでおばあさんが話してたのと同じような風貌の人を見つけたっスよ……」

「水無で……『ダイチ』を見つけた……」


 永盛さんはコクリとうなずく。


「最初はウチも半信半疑でその人を調査したっス。だって、十何年も経ってるのに、まったくそのままの容貌じゃあないだろうって思ってたっスから……」

「それはそうですね……。老けるでしょうね……」


 「でも」と永盛さんは急に声のトーンを落とし、表情を青ざめさせた。


「『ダイチ』はその人で間違いなかったっス……。ウチは確信したっス……」

「それはまた……なんでなんです?」

「……ウチ、気配を消すことには自信があったっス」


 例の「脇役体質」か。「自信」なんて言葉じゃ片付かない、もはや超常現象のヤツ。


「三穂田先輩でさえも、こっちからアクションしないと気付かないくらいっス。だから直接対面せず、近づいても数十メートルくらいの距離でけてたら気付かれないって、絶対の自信があったっス。でも……」


 永盛さんは唇を震わせながら「相手を間違えたっス」とつぶやいた。


「相手は史上最強の『ダイチ』だってことを、ウチは忘れていたっス。一日も経たないうちにウチの尾行は見破られて、気を抜いたスキにはもう『ダイチ』は目の前にいたっス……」


 永盛さんが恐れおののきながら話す様子に、僕はあたかも今、圧を放つ男が目の前に立ったような錯覚をおぼえた。


「……それで?」

「『二度と近づくな』と、とんでもない殺気を放ちながらその人は言ったっス……」

「な、なるほど……。だから、か……」


 そんな経験があったから永盛さんは、僕を「ダイチ」からの追手か何かだと思ってて、「自分を殺すつもりだ」と勘違いしていたわけか。


「ン? でも、そんな忠告を受けても、なんで『僕がダイチの子ども』だって記事を書いたんです?」

「それは……、長年消息不明だった『ダイチ』の居所をつかんだっていう大スクープをみすみす逃すのが惜しくて、『本人』のことじゃなきゃいいかなぁ……と気が逸ってしまったっス」

「あ、あはは……」


 なんという楽天的な理屈……。


「でも、その記事を書いて少ししたら、逆にウチが『ダイチ』に尾行されている……、調べられていることに気付いたっス。ウチの体質だからこそ判る……、映画で言えば、画面の端っこの端。漫画で言えばコマ割りの角。小説で言えば、「人混み」という言葉の中――。そんな位置からずっとウチを見てる『ダイチ』に気付いたっス」

「だから……姿を消したんですね。水無から……」


 「お金無くなっちゃってコッソリ戻ってきたっスけどね」と永盛さんは苦笑いする。


「先輩から逢瀬くんの状況、聞いたっス……。ウチの記事のせいで、ホント、申し訳ないっス! 申し訳ないっス!」


 永盛さんは申し訳なさそうに身を縮こませ、僕に向かって何度も頭を下げた。恐縮しきりの彼女を僕はなだめる。


「いや、それは全然いいんですけど……。どうしてなんですか?」


 僕はいよいよ、真相を訊くことにした。


「どうして、僕が『ダイチ』の子どもだなんて、永盛さんは考えたんですか?」

「それは……、簡単なことっス」


 永盛さんはおそるおそる、といった様子で顔を上げると、僕を見つめた。


「一緒に住んでたからっス」

「一緒に……住んでた?」

 

 彼女の言葉を繰り返しながら、僕は背中に氷を入れられたような寒気を感じた。

 「一緒に住んでる」……。「ダイチ」と僕が一緒に住んでる……? その言葉で思い当たる人物は、たったひとりしかいなかった。たったひとりの……僕の家族。


「『ダイチ』――逢瀬愛さんと逢瀬くんが、同じ部屋に一緒に住んでたからっス……。『考える』とか『推理する』とかじゃなく、尾行で確認したふたりの姿は、『親と子が一緒に暮らしてる』当たり前の光景に、ウチには見えたっス」

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