幕間七 誰が彼を殺したか~無下なる列車~

「いぇ~い! またまたしおりんの負け~!」

「みんな強すぎっ! アタシ、一回も勝ててない……」

 

 詩織しおりは手の中のトランプをパラパラとこぼしてなげいた。


「詩織……。すいとソフィーに引かせるときは、目を閉じたほうがいいよ」

「ヨッシー!」

「強くん! 言わないで!」


 「目?」と詩織は不思議そうにしたが、すぐに僕の助言の意味を悟って、得心とくしん顔になる。


「アタシの目の中に映ってるトランプを見てるの? どんだけ視力いいのよ! 強もアタシ以外のとき、目閉じたり、窓の外見てたりしてるな、とは思ったけど……もっと早く言ってよ」

「いや、野暮やぼかなぁと思って……。すいの場合は、見てるというよりは、目の細かい動きで察知してるみたいだけどね」

「ぷひゅひゅ~?」

「ぷひゅう~? ぷひゅ~?」


 そらトボけるにしても、口笛、ふたりとも吹けてませんよ?


 僕たちは今、「鳴らし山」からの帰途きと、埼玉で列車を乗り換え、水無みずなしに向かうところだ。ふたりがけの椅子をクルリと反転させ、四人で向かい合っている。

 帰りの僕たちにはちょっとしたトランプブームが起きていた。「ババ抜き」、「大富豪」、「ページワン」と来て、今はまた、最初の「ババ抜き」にループしたところ。


「ワタシ、ちょっとお花をみに……」


 そう言うと、すいは座席を立った。だが、途中でなにかに気付いたように足を止める。そのまま戻ってくると、配られ済みの自分の手札をつかんだ。


「おっと! こいつは持っていく……。トイレで……考えてくる」


 ニヤリ、と意味深に笑って歩み去っていくすい。彼女を見送ると、僕たち三人は目線を交わし合った。


「どういうこと?」

「ババ抜きに考える要素ないよね……」

「自分の頭の中のお花畑を摘みに行ってるんですよ。すいさんは」


 ソフィー……辛辣しんらつぅ……。


 異状が起きたのは、僕の視界の中ですいが、トイレのある隣の車両に移ろうとドアの前に立っていた、まさにそのときだった。


「きゃあっ!」


 そのドアの向こうから、耳をつんざくような叫び声。


「そ、『卒倒そっとう』した!」


 そ、「卒倒」……?!

 イヤに聞き慣れたその響きに僕は立ち上がり、前方の様子をうかがった。

 すいがいち早くドアを開け、前の車両の方に身体を向けながら、なにやら立ちすくんでいる様子……。


「なにかな?」

「ちょっと……見てくる」


 僕は前の車両へと通路を進んでいく。他の乗客たちも何事かとざわつき始め、前方の様子を気にしているようだ。


「すい? なにがあったの?」


 背後から声をかけた僕に、すいは「ヨッシー……」と一瞥いちべつをくれたが、すぐに顔を戻す。その視線の先では、人が倒れていた。

 トイレの入り口のドアに、胴体を挟まれるようにして倒れている男――。こちらを向いているその顔に、僕は大いに見覚えがあった。


切田きりた?!」


 クラス内で「卒倒」というあだ名をかんする、切田拓実たくみその人だった。


「え、ちょ、え?! 大丈夫なの?」


 僕の心配に、すいは彼に近寄ってかがみ込むと、「大丈夫、気を失ってるだけ」と答えた。


「そっか……。なら、よかった……」


 失神の原因はわからないし、どうして切田もこの新幹線に乗り合わせているのか、そこは不明だけど、すいならすぐに「気付きつけ」をしてくれるだろう――。


「あの、あなたたち、この子の知り合いなの?」

 

 近くに立つ女性――二十代くらいのビジネススーツを着た人だ。さっきの叫びはこの人のものだろう――が僕とすいに交互に、不安気に目をやり、いてきた。僕は「そうです」とだけ短く答える。


「気を失ってるのよね? 私、乗務員さん、呼んできましょうか?」


 女性の気遣いに、屈んでいるすいが「いや、ちょっと待ってください!」と食い気味に制止する。


「そう言ってこの場を離れ、『証拠』を隠滅いんめつされる気じゃ……ありませんか?」


 ん? なに? 「証拠」? 急に、どうした?


「詩織くん!」


 すいが叫ぶと、僕の背後で「はいっ!」と声が応じる。いつの間にか、詩織とソフィーも来ていた。


「びっくりさせないでよ、詩織……」

「詩織くん、目撃者の証言は?」

「はい、すいさん。駅を出てから、叫び声が上がるまで、アタシたちがいた車両からはこちらに行った人間はいないと、複数の乗客が証言しています!」

「さすが詩織くん。仕事が早い……」


 なに? なんなの? なにが始まってるの?

 すいは不敵な笑みを浮かべながら立ち上がると、自らの三つ編みをほどいた。彼女がその長い髪をうしろになびかせると、あたりにシャンプーの匂いが漂う。


「この『巨大密室オリエント新幹線切田卒倒事件』は、体は微妙に大人、心は子ども、『ダイチ』の親の孫である、この名探偵すいちーがまるっと解決するッ!」


 そのセリフ……いろいろと……大丈夫か? ってかホントに、なにが始まってるの?

 僕は、さすがに倒れたままの切田が不憫になってきたので、「早く起こしてあげようよ」とすいに向かって言った。


「それに、この倒れてるカンジって……「つまり!」


 すいは僕の言葉をさえぎり、女性に向かって人差し指をピンと立てた。


「犯人の有力な候補は、いまのところ第一発見者である『あなた』ということになるのです」

「すい、無関係な人を巻き込むな……」


 謝ろう、と女性の様子をうかがった僕だけど――。

 え? なに、この人。すんごい目が泳いで動揺してるんですけど。え? マジで? マジな人なの?


「な、なな、な、なにを言っているんですか、ねええ?」


 すんごい声が震えてる。ええぇ~、どういうこと? ホントなの?


「ふふ。安心してください。怪しいというだけでつかまえるほど、ワタシはヌケサクじゃあ、ありません」


 アゴを手でさすり、ニヤリ、とするすい。

 とりあえず、アレだ。僕はもう見守るしかないな、コレは。


「おや、コレは?」

「……トランプのカードですかね? すいちーさん」


 すいが切田の身体の付近から何かを拾い上げると、詩織もそれを、身を乗り出してのぞき込む。


「ハートのクイーン……。なるほど、犯人は判りました」

「早い、早すぎる! 事件に出会って五秒で解決っ! さすが、名探偵すいちー!」


 詩織はなんなの? ヨイショする助手なの?


「やはり、犯人はアナタ――第一発見者であるアナタです! このトランプは被害者によるダイイングメッセージ! 赤いクイーンは犯人が女性であることを示してる! 証明終わり!」

「し、しびれる名推理! ずきゅぅぅん! これぞ、名探偵すいちー!」


 暴論がすぎるだろ!

 なんだよ、クイーンで女性って! もっと特定しろよ! ヌケサクだよ、この探偵は!


「う……うう……」


 第一発見の女性も、今にも泣いて崩れ落ちそうな雰囲気。これきっと、動機として切田との愛憎エピソード語られるヤツだ。


「ちょっと待つんだワン!」


 おかしな語尾をつけて割り込んできたのは、ずっとおとなしかったソフィーだった。

 彼女はすいが手に持つトランプに顔を近づけ、クンクンと鼻を鳴らす。


「このトランプ、切田のにおいはしないワン! 探偵すいちーの臭いが強すぎるワン! シャンプークサいワン!」


 うん。だってそれ、さっきまで僕たちが使ってたトランプだからね。おそらく、すいがトイレに行くのに持っていった、彼女の手札の一枚だからね。


「名犬ソフィー! それ、ホント?!」

「私の口はウソをつくけど、私の鼻はウソをつかないワン!」


 ソフィーは人でさえないのか。もう、なにがなにやら……。


「それじゃあ……このダイイングメッセージは偽装、つまり犯人は……」


 詩織が驚愕きょうがくといった表情ですいの方にゆっくりと振り向く。

 いや、もう終わろう? 次の駅ついちゃうよ?


「むっふっふ。バレてしまったようね……。そう、犯人はワタシ。このワタシが彼を殺したの」

「そんな……。探偵さんが犯人だったなんて……」


 第一発見の女性も口に手を当て、目を大きく見開き驚く。

 この人も、よくもまあ付き合うな。その理由が一番の謎だよ。


「ドアに近づいたら、ちょうど切田がオナラしてたみたいで、ドア越しに無意識に吸っちゃってた。あちゃペロ~」


 舌を出すな。


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 とりあえず、くだらなすぎる寸劇「巨大密室オリエント新幹線切田卒倒事件」は終幕となった。

 すいを発端にして、全員アドリブだっていうんだから、ある意味スゴい。


「私、趣味で演劇やってて、『あ、これはなんか面白いの始まるな』って思ったんですよ。楽しかった! すいちー、またね!」


 すいは、アドリブでお付き合いいただいた女性と連絡先交換までしていた。

 さて、事件の実際としては、すいの言った通り、「誤吸引」だったらしい。


「『お山』の影響を受けたのか、なんだかちからが高まったみたいで暴発したっぽい」

「暴発て……。気を付けてね……」

「切田のは吸い慣れてたってのもあるかも。ま、気を付けまーす!」


 すいが「気付け」すると、切田はすぐに意識を取り戻した。彼はどうやら、東京まで遊びに行っていた帰りらしい。「災難だったな」と声をかけたが「いや、ラッキーだわ」と変に嬉しそうだった。


 その後の僕たちは、切田も加えて、水無までの間、「大富豪」で大いに盛り上がった。

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