第五十八話 where i was born, where you were born

 「鳴らず屁つり」を発って数十分、突然に草木が途切れると、そこは開けた場所だった。


「皆様、大変長らくお歩かせいたしました~。ここが、ワタシとお師匠が暮らしてたいおりでございま~す」


 少し先行して道案内をしてくれていたすいが振り返る。


「なんだか、不思議なところだね……」

「うん……」


 十メートル強くらいの円形の土地。周囲からするとゆるやかな斜面のようだけど、土でも盛ったのか、ほとんど平地だ。中央には木々の枝に守れるようにして小ぢんまりとした板張りの平屋――装飾や生活の気配はなく本当に質素――が建っている。その建屋の玄関口から少し離れたところには小さな畑。最近の手入れはされていないようだけど、支柱にからむ数本の茎の中でナスやトマトが実をつけて色づいている。正午を過ぎた木漏れ日が、優しく注ぎ込む空間だった。


「いらせられませ、いらせられませ~」


 ペコペコとお辞儀をして僕たちを建屋玄関へと導くすい。これは昨夜泊まってた温泉宿のお出迎えに影響を受けてる可能性が高いな……。

 建屋に入るとすぐ、土の地面のままの部屋になっていた。


「わあ。アタシ、土間って初めて……」

「すごい……。小さいけど、石造りのかまどもある」

「ジャパニーズ・古民家、イェー!」


 ソフィーが外国人観光客になるくらい、古風で情緒あるカンジ。


「人が住まないと、こうもすたれるものなんだね。家ってのはさ」


 土間を上がってすぐの和室の雨戸を開けながら、すいがぼやく。ホコリが舞う中に日の光が差し込んだ。


「ちょっとここで休んでて。水も持ってくるね」


 そう言ってすいはさらに奥へと消えていった。別室にも風を通しにいったのだろう。

 すすめられたとおり和室に腰を下ろして一息つくと、すいが開けた雨戸の先の、雑草が生い茂った景色――庭だろうか――の中に、草のまばらな箇所があることに気が付いた。こんもりと盛られた土の中心に、板切れがささっている。

 水を注いだ四つのコップを抱えて戻ってきたすいに、僕は盛り土を指さして「あれは?」と訊ねた。


「お師匠のお墓だよ。あそこで眠ってる」

「そっか……」


 板切れには戒名かいみょうなどもなく、ただ「平水」とだけ書かれていた。よれよれの字はどことなく僕も既視感があるから、すいが書いたに違いない。少し、もの哀しい眺めだ。

 「平水」さんはすいを育てた、親みたいな人。できることなら、会ってみたかった気もする。


「この水、美味おいしいね」

「山の湧き水、引いてあるからかな。たしかに水無みずなしの水道水は『なんだかなぁ』ってカンジしたんだよね」

「つくづく野生児ね、すいさんは」

「黙れ、金パツ。ワタシは人間だぞ」


 道なき道を歩きどおしだった僕たち。しばらく足を休めると、ここへ来た目的――何か「ダイチ」の手がかりがあるかもしれない、「開かずの納戸」に向かった。「向かった」というほど仰々ぎょうぎょうしいものではなく、その納戸は僕たちがいた和室から狭い廊下を挟んですぐの向かいの部屋だった。


「うりゃあ!」


バギンッ


 すいが、かけられていた南京錠を力尽くで壊す。

 すいが納戸の中に立ち入ると、先ほどの和室のとき以上のものスゴイ量のホコリが沸き立った。すいが「開いたところを見たことがない」と言うだけあって、十数年分はあるのだろう。


 室内は四畳半ほどの、うす暗い狭い部屋。光源は見当たらず、向かいの壁にある小さな窓からの光だけが頼り。入り口から両脇には木製の棚が三段ずつ設けられていて、それぞれの棚には木箱やら、ヤカンやら、なにやら巻物らしきものまで、種種雑多なものが置かれている。


「ホコリが落ち着いたら、手分けして探してみよう」


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「なんだこれ?」


 僕が開けた木箱の中には、五百円玉くらいのサイズの丸い物体がたくさんと、ひと切れの紙が入っていた。その紙には墨でなにか文字らしきものが書かれているようだけど――ミミズがうような文字で、読めない。


「どれ、強くん。見せてくださいな」

 

 隣にいたソフィーが僕の手の中の紙切れをのぞき込む。


「『だま、これを打たれるもの、屁をひるなり』……。この丸いのが『屁玉』という道具で、これをぶつけられた相手はオナラをするらしいですね。なにかの修行道具かしら」

「……なんで読めるの?」

「『門前の小僧』、というヤツよ」


 ソフィーの進化が、とどまるところを知らない。


「私、進化してる……」


 心を読むな。


 僕は箱の中からひとつ、玉を取り出して眺めてみた。ただの泥団子にしか見えないけど……。


「オナラを誘発させる道具……人知じんちを超えてるなあ。さすが屁吸へすいじゅつ本山ほんざん……」


 玉を箱に戻したとき、背後で詩織が「これ」と声を上げた。

 他の三人は、詩織のそばに寄る。


「なにかあったの? 詩織?」

「『命名、すい』?」


 ソフィーは、座り込んでいる詩織のそばの木箱のなかからノートサイズほどの紙を一枚、取り出した。


「命名書か? 子どもに名前をつけるときに書くヤツ」


 のぞき込むと、紙にはソフィーが読み上げたとおりの墨字が書かれている。続けてすいがその紙に目を通すと、「お師匠の筆だ」とつぶやいた。


「じゃあ、すいの名前はお師匠さんがつけたのかな……」

「う~ん……。誰がワタシの名前をつけたかなんて、訊いたことないからなあ……」

「そ、それもなんだけど……」


 詩織がとまどう様子を一層濃くして、僕たちを見上げた。


「これ……すいちゃんが赤ちゃんの頃のものじゃないかな」


 言われて、三人が一斉に箱の中身に注目する。

 まず目につくのは、箱一杯にぎゅうぎゅうに押し込まれている編みカゴ。詩織の言葉から、赤ちゃん用のゆりかごかと推測できる。そして、そのカゴの中には、月日のせいでせてしまっているけど、もとはキレイな青色であったろう毛糸の服。小さな、本当に小さな服。

 すいはその服を持ち上げて鼻に寄せると、「懐かしい匂い」とつぶやいた。


「ねえ、みんな。千代せんだいの『まりあ』で聞いた話、思い出さない?」


 詩織が目を大きく見開いて僕たち三人を見渡す。


「『ダイチ』の赤ちゃんが着せられていた服って――」

「たしか……『真っ青の毛糸のべべ』!」

「え……」


 詩織の言わんとしていることが判った。きっと……すいもソフィーも同じく悟ったのだろう。驚いた表情が露わになっている。


「『ダイチ』が連れていた赤ん坊の『青い毛糸の服』――。千代を訪れた『ダイチ』がその次に来たはずのこの『鳴らし山』で、『命名書』と一緒に長年収められていた、すいのものと思われる、この『青い毛糸の服』――。これが同じものだとすると……『ダイチ』が連れていた赤ん坊は、すいってことか?」


 さらにカゴの中を見てみると、千代名物、「カマボコ」の空になった包装紙。取り出して製造元をみてみると、やはり「千代」の文字が。この箱の中身、千代とのゆかりがあることは間違いがなさそうだ。

 ってか、カマボコ食べてゴミ入れたヤツ、誰だ? ちゃんとゴミ箱に捨てろ。


「ってことは……。すいの親は……『ダイチ』?」


 僕はその言葉を自然と口に出してしまっていた。言ってからすこし早計かと思ったけど、その内容については自分でも不思議と違和感がなかった。


 考えてみると、裏世界で名を馳せた、実力が最強とうたわれる「ダイチ」の実子であれば、その素質も多分に受け継いでいるはずだ。その点、すいの身体能力は、まあ修行の成果もあるだろうけど、一般人など及ばない、まさに破格。すいが「ダイチ」の子どもと言われたら、納得してうなずける。

 一方の僕は、自分でも弱キャラと認めるくらいに貧弱。みぽりんに師事して今ではやっと人並みの体力はついてきたけど、素質としては「壊滅的センス」とまで言われている。僕が「ダイチ」の最強の遺伝子を持っていないことは、最初から――火を見るより明らかだったんだ。


「僕が『ダイチ』の息子だってワワフポの記事は、誤報だったってことになるのか……。でも、なんでそんな……」

「ワタシが……。ワタシの父親が……『ダイチ』?」


 すいが呆然としてつぶやいた時だった。

 一同の静まり返った空気の中、「もしも~し」という、よく通る声が聞こえてきた。

 その声に振り向くと、納戸、廊下、和室、と見通した先、庭先に人影が立っている。


「そんな……。ここにはワタシたち以外、人が来れるはずが……」


 すいがその人影に目をみはる。すいの言葉に僕も思い当たった。

 この「鳴らし山」は今、呪術の効果で人が易々やすやすと登ってこれるような状況にはないはずだ。じゃあ一体、あの人物は?

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