第七章 君が育ったこの場所で

第五十五話 確かに同室っていっても宿メシ食べて温泉入って寝るだけならさほど意識する必要ないな。でもそのメンツのなかに想い人がいる人にとっては地獄だな

「や、やっとか。もう暗くなってきてるよ……」


 午前十一時に僕たちは地元、水無みずなし市を出発した。新幹線を乗り継ぎ、在来線に乗り換え、バスに揺られ……。実に七時間の移動を費やし、予約していた温泉宿にたどり着いたのは午後六時を回ろうかというところ。

 さすがに疲れた。


「ハイシーズンなのにいい宿やどに泊まることができてよかったですね。野宿しないで済んだわ。詩織しおりさんのおかげかしら」

「いやぁ……。父さんの伝手つてがあって助かったね。はじめはすんごい反対されたけど」

「まだ到着じゃないよ、ご一行! こっから山登り一時間はかかるからね!」

「すい……。それ、すいの足なら……だよね?」


 僕はイヤな予感がしたので、少し覚悟しながらいた。


「うん。ヨッシーに合わせるなら、屁吸へすいじゅついおりまで四時間ってところかな!」


 よ、四時間……。いとも簡単に死刑宣告をしてくれる。


 なにも僕たちは、温泉に入るためだけに富耶麻とやま県の山奥まで足を運んだわけではない。

 この地をはるばる訪ねてきた目的――僕が史上最強の男、「ダイチ」の息子であるという記事の真相を確かめるため。水無市内のワワフポ新聞社、千代せんだいときた調査行ちょうさこうが、すいの育った場所――「屁吸へすいじゅつ」の修行の地である「鳴らし山」にまで及んだからだ。

 なんたる巡りあわせ。こうなると、僕とすいが出会ったこともなんだか不思議に思えてくるよ……。でも、今はとりあえず――。


「は、はやく温泉入って寝たい……」

「あら。今日は寝れると思ってるんですか? 強くん」


 寝かせてくれ。意味深いみしんに僕の顔をのぞき込まないでくれ、ソフィーさん。


「アタシ、トランプ持ってきたけど……」

「小学生か」

「よ~し! ヤロウども! 突入するぞ~!」


 すいは山が近づくにつれ、どんどんテンションが上がって今や飛び跳ねんばかりだし。野生児か? いや、野生児か。


 ひとまず僕たちは、移動だけに費やされた一日目を終えるため、目の前の温泉宿の門をくぐった。


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「ええ? ひ、ひと部屋?!」

「ええ。そのように伺っておりますが……」


 僕たち四人に用意されていた部屋がひとつだけだと聞き、僕は受付カウンターからずり落ちた。


「なに? ひと部屋が何かマズいの?」

 

 すいがキョトンとするなか、僕はカウンターにもたれかかりながら詩織を見上げた。宿を手配してくれたのは、彼女のヒゲづらの父親だからだ。


「し、詩織……。どういうこと?」


 バツが悪そうに「あはは」と苦笑いする詩織。


「実は、父さんには『女の子の友だちと四人で』って言って許可もらったんだよね……」

「はっ? なんで?」

「いやあ……だって、ホントのこと言うと行かせてくれないだろうし……。空手の遠征えんせいのときとかも苦労するんだよね……。『男の子と同じ宿はダメだ』、とかって」

「うう……。任せきりだった僕もマズかったか……」

「アタシも今朝知ったんだけど、言いづらくてさ」


 僕は頭を抱えた。


「ヨッシーは何を気にしとんのじゃ?」

「いや、すいちゃん……? つよしは男女が同じ部屋なのを気にしてるんだよ」

「んん? 判らん……」


 頭に疑問符を浮かべんばかりのすいの様子。

 よくよく考えたら、僕たちの「家」での就寝状況――僕が寝てる横で、すいが襲撃を警戒しての浅い眠りと深い眠りを繰り返す――も、同室といえば同室だ。すいはそれに慣れ過ぎてるんだろう。まあ、ウチでは僕も慣れきってて、そんなに意識することはもうないんだけど。

 でもなあ……。今回はなぁ……。


「あら、いいじゃない。ちゃんと準備はしてきましたし。夜這よばいをかける必要がなくて楽だわ」


 この人、要注意のソフィーさんがおられるのですよ……。

 なんだよ、「準備」って。なんだよ、「夜這い」って。


「い、いまから新しく部屋をとることってできませんか?」

「それはちょっと難しいですね。本日は満室でして……」

「ぐぅ……。ハイシーズンめ……」


 ハイシーズンに温泉に来る客、爆発しろ!


「い、いいじゃない、強。同じ部屋で寝るだけでしょ? 昔はよくアタシたちも一緒に寝てたじゃない」

「昔ったって、小学生の頃の話だろ? 詩織は平気なの?」

「へ、平気だよ~。なによ、強。自意識過剰すぎない?」

「ワタシも平気だよ! オッケー、オッケー、おさわりオッケー!」

「さわらんわ」

「私たちからの逆おさわりはいいってことね?」

「さわらせんわ。……仕方ない、ともかく部屋に移動しよっか」


 廊下を伝って今夜の部屋に向かうあいだ、ぼくは「何も起こりませんように」と何度も心の中で唱えていた。


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「おそばおいしかったね~」

「山菜天ぷらもよかった! シャキじゅわ!」


 うん。食堂でいただいたお料理には大満足です。問題はここからです。


 僕たちが部屋に戻ると案の定、室内では布団が四組、敷かれていた。

 僕は部屋に入るなり、無言でひと組の布団を広縁ひろえん――和室と窓との間にある空間――に引きずっていく。


「ちょ、ちょっと強。なにしてんの?」

「なにって、さすがにマズいでしょ。僕はこっちで寝ることにするよ」

「こっちったって……」


 「こんなところで」、と詩織は布団が収まりきらない広縁を見渡す。

 そんな布団の頭側と足側に、ソフィーとすいがそれぞれ近づいていき、おもむろに布団を掴み上げた。


「すいさん」

「あいよ」

「「どっせい!」」


 ふたりが掛け声をあげると、僕の布団は宙を舞い、もとあった位置にキレイにもどった。比喩ひゆじゃなく、ホントにキレイに、しわひとつなく。

 この子たちのセンスは「仲居さんりょく」も抜群のようです。その掛け声はどうかと思うけど。


「ヨッシー。いくらあたたかくても、こんなところじゃカゼひいちゃうよ? いっしょの部屋で寝よ」

「ホントよ」


 すいとソフィー。ふたりが神妙な顔で僕をさとす。


「……本音は?」

「ヨッシーといっしょの布団に入りたい!」

「足元から潜り込みたいわ!」


 僕はガックリとうなだれた。普通、こういうのは逆だと思うんだけどなぁ……。

 これ以上抵抗しても同じことの繰り返しな気がするので、僕は彼女たちの気遣いに甘えることにして「わかった」と答えた。


「ただ、僕はこの広縁側。すこし布団離させてね……」

「ええ~?」

「あと、詩織。僕のとなりの布団になってくれる? そのとなりがすいで、いちばん入り口側がソフィーだと助かる」


 この僕のお願いは、身に危険を感じる順だということをおこがましくもご報告いたします。


「え?! あ、え? 強のとなり、アタシ?」

 

 すいとソフィーのジトッと見つめる目を浴びながら、詩織がアタフタしだした。


「なんで本妻ほんさいであるはずのワタシを隣にご指名しないの、ヨッシー?! いっつも隣で寝てるでしょ!」

「あ、うすうす判ってたけど、すいさん! やっぱりコイツ、毎日そんないい思いしてたんか!」


 ギャアギャアとやり合いはじめたふたりを尻目に、詩織はおずおずといった調子で「ア、アタシはいいけど……」と了承してくれた。


「よかった。詩織なら安心だよ」

「……ふう」


 僕の言葉に、詩織はチラと苛立いらだちのようなものをにじませてため息をついた。

 ……怖いです。


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チャポン……


「ああ~……。温泉なんて久しぶりだなあ……」


 タイミングがよかったのか、独占できている露天風呂の中で、僕はひとりごとを言った。


「富耶麻まで来ることになるとはなあ……」


 お湯で顔をこすりながら、これまでのことを思い返す。

 ソフィーが転校してきたこと。格技場での戦い。オナラを吸う少女、すい。みぽりんとの出会い、僕自身の鍛練たんれん……。いろいろ、いろいろある。

 僕の高校生活は、ほんの少し前では思いもしなかったことが次々と起こっている。日本全国探してもこんな体験してる高校生なんて、なかなかいないんじゃないの?

 この調査行も、そんな非日常からできることなら元の生活に立ち戻るためにはじめたことだったけど、今ではむしろ、これが日常になっているのだから可笑おかしな話だ。


「じゃあ、なんでまだ続けてるんだろう……」


 僕は自問する。

 僕が「ダイチ」の息子かどうか、その真実が明らかになったら、この日常は変わるのだろうか。すいは? 詩織は? ソフィーは? 

 そして僕は、僕自身は、その真実の先で、どうしたいんだろう――。


「なにを思い悩んでるの? ヨッシー」

「うん。ちょっとね……。って、すい?!」


 湯煙ゆけむりの中、すいが「むっふっふ~」と笑っている。

 いや、すいさん?! ここ、男湯ですよ?!

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